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まだ夜中だった。
昨日あんなことがあったから興奮してるのかもしれない。
俺は布団から起き上がる。
喉乾いた。水飲も。
おばあちゃんを起こさないように電気は点けない。
でも今夜は月が綺麗だ。その光だけで十分進んでいける。
廊下の奥で何かが動いた。
目を凝らす。
なんだ?
何かがこちらを見ている。
小さな、平たい......。
ツチノコ!?
思わず走り寄るとそれは姿を消した。
ネットでしか見たことないけど、色はよく分からなかったけど。蛇みたいで、平たくて、短かった。
ツチノコ、本当に居たんだ......。
もしかして郁が生き返った不思議な現象はツチノコが起こしたのかな。
更に興奮してしまった。
俺はベッドに戻っても寝付けなかった。
週に一回日曜の午後5時から7時までしか開かない小さな商店の店先に設置されたツチノコオブジェ。それを椅子にして俺は郁を待つ。
背にある、キャラメル色に変色してヒビの入ったガラス扉に体重をかけないようにして、今日も今日とて晴天の空を見上げた。
「はよ」
視線を下に写すと郁がいた。
「これってまだ有効なのかな」
俺は商店の入り口に貼ってある破れかけのポスターを指した。
そこには『ツチノコを見つけた人は賞金100万円!!』と書かれていた。村役場が村興しのためにばらまいたものだった。
「は?何言ってんだよいきなり」
隅まで見たが有効期限などは無さそうだ。
役場が回収していないんだから有効ってことでいいんじゃないか。
郁はわざとらしく溜め息をついた。
俺は俺と違う制服の袖を引っ張って郁を見上げる。
郁はもう一度溜め息をついて観念したように肩を落とした。
郁とは学年が違うので昇降口で別れる。
3年生の俺のクラスはこの高校で最も人数が少ない。
その数なんとに!2である。俺を含めて。
「やめとけ。絶対ダメ」
俺の唯一のクラスメイトは口を尖らせた。
「でも100万だよ?一人33万だよ?」
「1年の、伊類誘ったのか」
俺は頷く。
「俺胸騒ぎするんだよ。絶対やめたほうがいい」
ただツチノコを探すだけだというのに初はまるで俺が死ににいくトーンで言った。
「でもいるのは確かなんだよなー。昨日俺ん家に出たもん」
「本当に?」
「うん」
「......とにかく、ツチノコ探しなんて絶対ダメだ」
初は頑なにそう繰り返した。
「つまり1人50万になったってことだろ。割りきれていーじゃねえか」
山の入り口に虫取網を持って郁と俺は集合した。
初が手伝ってくれない、とぼやくと郁は心底どうでも良さそうに、むしろ嬉しそうに鼻を鳴らした。
「要先輩は夢がねんだよ。見たんだろ?ツチノコ」
「うん」
「だったら50万貰って、先輩に見せつけて自慢してやれよ」
「うーん......」
そうだね。そうしよう。
ツチノコといったら山だろ、という安直な考えでここに来た。
「よし、行こう」
俺たちは山道に一歩踏み出した。
ツタや雑草が生い茂り、まるで隠されているような入り口を掻き分けていく。
ツタを手で分けたとき、隣にツチノコが現れた。
いや、正確にはツチノコではない。ツチノコの像だ。
槍のようなものを持って立っている。
腹を前方に向けて滑稽な姿勢だ。
まるでこの山を守るかのように佇むそのツチノコ像と目が合った。
その時、
"いくな...いくな..."
と声がした。
「聞こえた?」
郁を見る。
郁は神妙な面持ちで頷いた。
「ああ」
俺たちは顔を見合わせた後、ツチノコ像の方を向いた。
"ツチノコは"
また声がした。
隣でビクリと郁が震えた。
どうやらこのツチノコ像が喋っているらしい。
"ツチノコはこの村の中にいる"
「いるんだ。やっぱりホントにいるんだ」
"ツチノコはこの村の中だ"
「ね、郁。ツチノコは村の中だって」
「ああ、けど信用していいのかよ」
「ツチノコが言ってるんだよ」
「ツチノコじゃねえよ。石だよ。つかなんで像が喋ってんだ」
「何でだろうね。聞いてみる?」
俺はツチノコ像の垂れ下がった目を見据える。
「何で像が喋ってるんですか?」
"私には意志が込められている。私には役割がある。だから話すことが出きる"
「返ってきた!」
「でも何言ってるか全然分かんねえよ」
「役割ってなんですか?」
ツチノコ像はその質問には答えなかった。
「じゃあ、ツチノコ村のどこにいるかわかりますか?」
これにも何も返ってこなかった。
「うーん......とりあえず山にはいないってことか」
この山の先は村の外に繋がっているのだ。
「戻るか」
「うん。じゃあまず俺ん家行こっか」
「よっしゃ山田さんの手作り饅頭美味いんだよな~」
「遊びにいくんじゃなくて!ツチノコ探しに行くんだよ!」
「わーかってるよ」
結局その日は見つからなかった。