おれの義妹がこんなに強いわけがない~妹とはじめる将棋生活~【読み切り版】
後書きに用語解説があります。
よかったら、使ってください。
「やめろ、やめてくれ」
「そんなこと言って。義兄さんだって、合意の上じゃないですか~」
「せめて、ひと思いに……」
「いやです♡」
おれは、今……
密室で……
義妹と……
将棋を指している。
「くっ、負け、ました……」
おれは、のどから声を絞りだした。
おれは、佐藤桂太。高校二年生。都内の高校に通っている。
部活は将棋部で、アマ三段。棋風は、居飛車党で、守備的な将棋が好きだ。
「以上、139手をもちまして、私の勝ちですね? 義兄さん?」
目の前の義妹は、勝ち誇った顔で冷たくそう言った。まるで、日曜の朝のような声だった。乱れた長い髪を整える動作がとても優雅だった。敗戦のショックから少しだけ救われる。
こいつは、佐藤かな恵。おれと同じ高校に通う一年生。
いわゆるスクールカーストで最上位のグループに所属している。
おれとは3カ月前に、家族となった……。そして……。
変態だ。
変態とはいっても、将棋の話だ。こいつは、乱戦大好きな力戦派。自分から、定跡を外れて、見たこともない盤面にするのが大好きだ。
定跡から外れた瞬間から、攻めて攻めて攻めまくる。えげつない女王さまへと変身するのだ。
かな恵は、最後の一手をノータイムで指してきた。これは無駄なあがきをあきらめて潔く負けを認めろという無言のメッセージだ。「2二銀」からの7手詰め。完全に読み切られていた。
「本当に義兄さんは、奇襲に弱いですよね~」
ふたりで、対局をふりかえっていると、かな恵はそう言っておれにとどめを刺してくる。
「ぐっ」
おれはか細い声でそう返すのが精一杯だった。
かな恵の手は、最初の局面を振り返っていた。
先手「6八銀」と……。あいつは、いつもは見せないようなドヤ顔だった。やめてくれ。もう、おれのライフは0よ。
そもそも、初手6八銀ってなんだよ。そんなん考慮しとらんよ……。先手は飛車の前の歩を進めるか、角の斜め横を開くかのどっちかだろ。どうして、初心者が一番最初に教わる基本をやらないんだよ。おれは最初から泣きそうな気分で、指していたのだ。
その後は、見ず知らずの局面に誘導されてボコボコにされた。完全アウェーな状態の中、おれの狙った攻撃は完全に防がれて、カウンターをくらい、王は丸裸にされてしまったのだ。そこからは、ひたすらの蹂躙が続いた。そんなことが続いて心がボキボキに折れてしまった。
この妹、可愛い顔して、えげつない。
そして、変態(将棋)である。
「感覚を破壊された」
「またまた、大げさですよ。たかが、奇襲戦法をくらったくらいで……」
(おれには将棋しかねえんだよ~。リア充で人気者なおまえとは違ってな~)。これ以上言うと、兄としての威厳が崩壊するので必死に止める。
「でも、まさか義兄さんとこうして将棋を指すなんて想像していませんでしたよ」
「おれもだよ。まさか、清楚でかわいい自慢の義妹が、こんな変態だったなんて……」
「ちょっ、にい、」
かな恵は、顔が真っ赤になる。
あれれー、おかしいですよ。これってもしかして、これ頓死? うひょー。
やばい、変態はまずかったか……。まだ、一緒に住んでから、3ヶ月くらいしか経ってないもんな。距離感を間違えた。どうして、リアルにはゲームみたいに選択肢も定跡もないんだ。そして、おれは何度これで失敗しているんだ。バカ、おれの将棋バカ。
「違うんだ、かな恵。変態って言うのは、変態戦法大好きってことで……。おまえが、性的な意味で変態ってわけじゃなくて……。とにかく、おまえは最高にかわいいからな」
あわてて弁解してなんか墓穴を掘り進めているような気がする。かな恵は、小刻みに震えはじめた。
チェックメイト、いや、詰みです。即詰みです。母さんと継父さんに、ちくられて、おれは妹を変態呼ばわりしたやばい鬼畜兄貴というレッテルをはられてしまうんだ。
将来のことを考えて、おれは目をつぶる。絶望しか感じなかった。
ふわっと甘い香りが鼻に届く。顔にチクチクとしたかな恵の黒髪がふりそそぐ。
「えっ」
おれはヘンテコな驚きの声をあげた。
かな恵の手がおれの背中に回る。まさか、プロレス技か?
おれは、緊張から体が硬くなる。
かな恵の吐息がくすぐったい。
「あり、がとう、ございますっ。義兄さん……。私も……大……」
かな恵は、おれの耳元でそうつぶやいた。
※
「ただいま~、ふたりともいないの~?」
そう言って母さんが部屋の扉を開けた。
がさッとスーパーの袋が落ちた音がする。
うひょー。
※用語解説
①7手詰め
あと、7手進めば、勝利が確定する状況。
②先手「6八銀」
嬉野流という戦法。奇襲戦法に分類されるが、プロの対局でも使われる戦法。初手がまるで初心者のような1手となるが破壊力抜群。油断すると、一瞬にして敗勢となる。
③頓死
ミスをして、いきなり負けが確定してしまうこと。