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塵壺の底  作者: みみつきうさぎ
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第九話「蟲」

<登場人物>


影月 十太郎  

 本作の主人公 少々いいかげんな性格でありながらも、自称「やる時に、たまにはやる男」元締に頼まれた仕事を引き受けたゆえに、闇の地にて闇住者に追われる


霧雨 九蔵

 沈着冷静な霧消流剣術の使い手 十太郎と共に元締に仕事を頼まれたことで、事件に巻き込まれていく


菊川 保知

 鳳凰藩家臣 『朝露』の里より、忍びの者『草』を率いる。獄につながれた鷹田の救出を主君から命じられる


明石 右近

青葉の赤鬼と恐れられる青葉藩家臣随一の剣豪  『丑寅の関』の関守に命じられる


ノーノ・サントス

 異国より遣欧使節団とともに密入国した少女


レイナ・ファルケ

 ノーノとともに密入国した修道女



 肉体が損傷したとき、その緊急信号が脳に送られ、そこで「痛み」という感覚を自覚する。追っ手に捕らわれたときに拷問は避けては通れない時代でる。忍びという者たちは衆派問わず、痛みに対し精神と肉体で押さえ込む術を幼少より訓練すると言われている。

 

 だが、この時の保知はその痛みが心の奥から何度も引き戻され、それが繰り返す、今までにない感覚に支配されていた。


(わたししたことが、このような痴態を……)


 保知の霞む目に、刀を支えに石に腰を下ろす右近が、冷たく自分を見下ろす様子が映る。痺れるのどの奥から錆びた味の液体が噴き上がり、一気に呼吸を妨げていく、保知は息が止まらないように自ら何度も吐瀉としゃした。


(いったい、こいつに何をしているんだ)


 冷静を絵で描いたような九蔵でさえ、刀の柄からは手を離さず、保知の姿を凝視するしかなかった。


「赤鬼様、このまま何も聞かず、殺してしまうのだけは勘弁くだせぇ」


 十太郎は、初めは驚いたもののすぐに、右近や二人の伴天連の女を睨んでいる。その表情は笑っているように見えるが、九蔵には殺意を持っていることがすぐに伝わった。


「浪人くずれの町人がようやく我らに手向かう気になったか、だが、わしはそこまで力が戻ってはいない、まぁ、見ておれ」


 うつぶせとなった保知のうなじ「盆の窪」から、三寸ほどの長さをしたコロコロと肥ったウジ虫が肉を割って這い出てきた。


「レイナ」


 ノーノが合図したときにそのウジ虫が蒼い炎に包まれた。ウジ虫は燃えながら草の上で激しくのたうち回っている。蒼い炎は草に燃え移ることなく虫だけを焼いていく。


 十太郎はその虫の頭部を見て、唾液を飲んだ。


「子供……」


 男女ともしれぬ幼児の頭がそのウジ虫の頭部を形作っていた。幼児の皮膚がただれ、目玉が白く変色し、やがて骨が塵となって炎の中に飲まれていった。


「忍びの頭領だと思われるこの男、なかなか隙がなくお前たちに見せることができなかった」


「なぜ、こいつにうずすまる『蟲』がついていたことを知ったんですかぇ?もし、よかったら御教授願いたいんですが」


 十太郎は右近に素直に問いを投げ掛けた。


「急に神妙になりおるか、この浪人くずれが、まぁ、わしには分からん、この娘どもに聞いてみよ、だが、教えてはくれまいよ」


「この男の命は?」


「女どもがいたからまた命を得たのよ、こいつにとっては余計なことかもしれぬが、こいつの中の虫が仲間を呼び寄せるかもしれぬからな」


「そう、この『首蟲』はわたしたちに嗅ぐことのできない匂いを出して仲間を集めます、時には寄生した主の脳みそや腐肉を喰らい、そこで卵を産み増殖、時には刺激を与えることによって、寄生した主を別の魔物にその姿を変容させたりもできます」


 そう言いながらノーノは気を失った保知の首に薬草を当て、その上から細長くちぎった布を巻いた。


「そろそろ、焼いた蟲の断末魔を嗅ぎ付けて集まって来る頃です、さぁ、みなさん、こちらに集まって」


 十太郎が言われたとおりに耳を澄ますと、遠くから笹藪を大きく揺らす音が次第に四方八方から拡がってきていた。


「久藏さん、もう夢なら覚めてもいい頃だと思わないかぇ」


「うむ、それには同意しよう」


「珍しいねぇ」


 二人の戯れ言を聞いていた右近も大刀を右腕に布を固定し終えると、仁王のように立ち上がった。


「この災厄が青葉の地より生じたのなら、青葉の者で始末を付けるのが筋であるとは思わぬか?浪人くずれの町人どもよ」


 十太郎は右近の言葉がまぎれもなく事実だと、もう疑う余地はなかった。

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