第八話「隙」
旧街道に至る獣道は、今が昼なのか夜なのか分からない薄闇の中に道筋をぼんやりと浮かばせている。
伴天連の女たちに守られるように右近がその笹藪の中をゆっくりとかき分けて進んでいく。
その後に十太郎、そして保知、殿に九蔵と続く。後ろの三人は誰が見ても旅人然な風体であったが、前を行く『雪の下胴』(数枚の鉄板を合わせて作られた甲冑)を着た大男の横に立つ二人の異国の女性の姿はそれだけで異様であった。
連れだって歩く九蔵は保知の後ろ姿を見て、その筋の張り具合から相当な実力を持っていると見抜いていた。
(しかし、本来の人の動きではない……これはどこか病んでいる……十太郎もそのことを早々と見抜いていたか、やはり、あいつらしい)
九蔵が感じた通り、保知は先の『獄』での毒が身体から抜けていない。どのような毒消しを試してみても、胸のしびれが治まる様子がなく、これを敵に悟られたら敗北は確実であると彼自身も分かっていた。少しでも情報を得られたらと保知は刺し違える覚悟で青葉藩の大将株に臨んだが、思わぬ十太郎の横やりである意味、命を長らえる結果となったのは本人にとっても皮肉であった。
「異国の御姫さん、笹場のふる道までどのくらいなんです、結構な進み具合なんだが、この霧だかなんだか分からねぇもんに隠れちまって目印になる山が見えないんで」
「関までこの歩みで戻るのならあと三の晩」
十太郎の投げ掛けた問いに先を進むノーノは振り向きざま短く答えた。
「冗談はおよしなせぇって、半刻もありゃ、街道のどこかに抜けるんじゃ」
「入りはたやすく出は難し……それが関を越えた忌み地、奥に行けば行くほど、底のない泥沼のように戻るのが困難になります、わたしたちの国の言葉では、このような所を『ギアモンの地』と呼びます」
「ギヤマンなら聞いたことがある、でも、それはえらいきれいな石らしいが、思っていたもんと違ってらぁ」
「それとは違う意味、あなた方の言葉であらわすなら『冥土』とでも言えばいいかもしれませんね」
「ほう、行きはよいよい帰りは怖い場所ってぇのが武蔵三芳野のお社以外にもあるのかい、こんなのは今まで聞いちゃいねぇ、けど、ここまで道迷いのついでの物見遊山に来た甲斐がありやした、おっ、ちょっと待った、赤鬼様、青鬼様もお疲れのようだ、ここらで少し休みやしょう」
十太郎は、そうは言いながらもここの地がやはり想像を絶した場所だということに気付いている、相当に難儀な仕事になるとは覚悟していたが、想像をはるかに越えた世界であった。水、食料、すべて今までの常識が通用しなくなるということは、『死出の道』へと直結するのと何ら変わりがない。
「どうした?怖くなったか?あれほど大口を叩いた奴とは思えぬが」
ノーノと十太郎の会話を聞いていた右近が足を止め、話に加わった。
「赤鬼様のように地獄にお似合いの御仁なら何も恐れたりはしないでしょうが、ただの探し人を請け負った町人にはなかなか厳しいところです」
「その探している子の名前……『ひそむ』と言う名ではないか?」
「右近様、その名は!」
ずっと黙っていたレイナであったが、右近がその名前を口にした瞬間、思わず声を大きく上げた。
十太郎は、この青葉藩の赤鬼がごまかしの効かない相手だと知り抜いている。
「よく、ご存知で、名は分かってもどんな顔だかはさすがに会ったこともないので、これっぽっちも分かりやせん、連れの九蔵さんも同じで、ただ、桃の宴の寺の坊さんに聞けばすぐに会えると聞いただけでさぁ、もし、赤鬼の旦那がよろしければ、その近くまで、いやいや、行く道だけ教えてもらえたら、旧街道を遡っていきやす」
「お前たちの依頼主は見当がついている、そこの忍びと同じよ、ただ、その子供がどうしてそのように重要なものだということまでは知るまい」
十太郎は考えた。
(なぜそこまで右近が自分たちに話をしているのか?信じている?そこまでの関係ではない、違うこと……違うこと……あの忍びの男だ……あいつから何かを引き出そうとしているのか?)
聞き耳を立てていた保知は急に首筋に何か虫が這いずるような違和感を感じた。
先を歩いていたはずのノーノが保知の後ろに立っていて、右手に持っている袋から彼の背中に何か粉のようなものを振りかけていた。
保知も心の隙をつくってしまったことを後悔したが、その時はもう遅かった。
「ぐわっ!」
首を押さえもだえ苦しむ保知を見て九蔵は自分の刀の鯉口を反射的に切った。
(毒か?)
十太郎も右近とレイナから反射的に離れ、藪ぎりぎりまで距離をとった。
「町人にやつした二匹のネズミよ、これから良いものをこの女が見せてくれる」
右近はどかりと近くの苔むした石に腰を下ろし、草むらの中に倒れ、苦しみ続ける保知の姿を冷静に見ていた。




