第五話「おさなご」(二)
<登場人物>
影月 十太郎
本作の主人公 少々いいかげんな性格でありながらも、自称「やる時に、たまにはやる男」元締に頼まれた仕事を引き受けたゆえに、闇の地にて闇住者に追われる
霧雨 九蔵
沈着冷静な霧消流剣術の使い手 十太郎と共に元締に仕事を頼まれたことで、事件に巻き込まれていく
六道 三右衛門
江戸の口入れ屋の元締め 旧知の知人 夢戒僧正に依頼された仕事を十太郎に任す
夢戒僧正
『丑寅の関』向こうの地にある旧寺の住職
鷹田 康三郎
鳳凰藩士 主君の密命を帯び、十太郎と接触する。家臣の砂田と土呂は青葉藩にて捕縛斬首
菊川 保知
鳳凰藩家臣 『朝露』の里より、忍びの者『草』を率いる。獄につながれた鷹田の救出を主君から命じられる
月草
『朝露』の一草 年長の少女 数え十五 青葉藩潜入途上で死亡
銭巻
『朝露』の一草 二番目の少年 数え十四 鷹田を獄から奪還する途上で死亡
田菜
『朝露』の一草 三番目の少女 数え十三
茅
『朝露』の一草 四番目の少年 数え十
堅香子
朝露』の一草 一番年若の少女 数え九つ
明石 右近
青葉の赤鬼と恐れられる青葉藩家臣随一の剣豪 『丑寅の関』の関守に命じられる。
川田 長兵衛
青葉藩家臣 明石の重臣
支倉 兼嗣
青葉藩筆頭家老 『丑寅の関』の事変に深くかかわりをもつ
大谷 古四郎
青葉藩随一の豪商 遣欧使節に乗じた密貿易で得た富で青葉藩に武器を供与
ノーノ・サントス
異国より遣欧使節団とともに密入国した少女 兼嗣の命で大谷家に寄宿している
レイナ・ファルケ
ノーノとともに密入国した修道女 兼嗣の命で大谷家に寄宿している
射干玉の化生
青葉藩の獄にて保友と対峙 幻術で保友を翻弄する
丹羽 勘兵衛
鷹田と同じ獄の囚人 鷹田に丑寅の関内での一端を伝えるも刑死
鳳凰 崇宗
鳳凰藩主 爽やかな風貌で家臣の信頼も厚い 人前で声を発さず二人の小姓を使って家臣を動かす
葦毛 坊丸
崇宗の小姓 右目が蒼い 感情を表に出すことなく崇宗の言葉を家臣に伝える
栗毛 峰丸
崇宗の小姓 左目が赤い 感情を表に出すことなく崇宗の言葉を家臣に伝える
闇住者
詳細不明
右近の体力の回復は十太郎も舌を巻くほどであった。まだ、太刀を軽々と振り回すほどの力はないが、鞘ごと荒縄を使って右腕に巻き付け、杖代わりにしていた。
「みちのくの丑寅峠の裾原に鬼こもれりといふはまことか」
「その名聞き弁慶※むぐす青葉の赤鬼でござるな」
※漏らすの古語
十太郎と九蔵は、苦虫ばしる右近をよそにざれ歌を口ずさみつつ草の道を進んだ。
「まさに歩くダンビラじゃございやせんか、これだったら妖しもおいそれと出てきやしやせんぜ」
山道に生い茂る草を踏みかためながら十太郎は右近のために足場をつくっている。
「油断するな、昨晩は少なかったが、あれは物見だ、今晩は蚊柱が立つほどの数で食らいに来るぞ、骸は闇と濃霧を好む」
「さようでございやすか……だからこんな昼間でも……」
十太郎は明るい声で言葉を返しつつ、懐中から三寸ばかりの釘を取り出し近くの樹木の幹をめがけて投げた。
「あんな変わった虫に、物見をさせているんでやすね」
幹の真中には男性器の形をした虫のようなモノが身体の真ん中を釘に貫かれ、六本の脚を忙しなく動かしている。
「おぬしらの言葉とその腕前、どこぞの※乱波か?」
※主に関東地方の呼称で忍びの者
「とんでもねぇ、信じようと信じまいと本当にただの浪人くずれのつまらねぇ野郎どもでさぁ、青葉や片倉のお殿様のことなんざぁ手前どもには興味がとんとございやせん、本当に人探しを頼まれただけのことでやす、ただ、お役目上、今回のような関所抜け裏街道を行くことが多いもんで知らねぇうちに、こんな見様見真似の護身の術を身に付けたんでさぁ」
「もそっと上手い嘘を言え、このような身でなければ石の二、三枚でも抱かせているところだ」
「そんな肌の女郎は抱きたくありません、人を見付けたらすぐに抜けさせてもらいやす」
十太郎も九蔵もこの右近という男の心中を図りかねていた。もし、この男に対し藩の捜索の手がのびていたとすれば、切ってでもこの場から逃げ出そうとさえ思っている。ここで起こっている一端でも知り得ることができたら、それがこの右近という腕の立つ侍を生かしておいている単純な理由である。
「だいたい予想はつく、お前たちが探しているのは大法房様が開山した『根冥寺』にあるのだろう」
「よ、よくご存じで」
十太郎はここで秘するのは得策ではないとすぐに判断し、正直に打ち明けた。
「そこにある※『伏見前中納言』伝来の秘薬を求めて、関所破りをした者を何人も捕らえたものよ」
※源 師仲、平安時代後期の公卿・歌人
「秘薬?それが一体どういうものかなどに手前どもはまったく興味がありやせん、その寺なんですが、そこで小僧をしている子供を迎えに行くだけです、この依頼もその母親に人づてに頼まれたものでさぁ、親一人、子一人らしぃんで」
十太郎は潜入の目的を少しずつ話すことで、右近の出方を探った。
「母一人?ふっ、その小僧に親などはあるまい」
「難しいことは分かりやせんが、それは親を捨てて仏門に入ったって言うことですかね」
「それはたとえ知っていても言わぬ、だが、お前たちの目的が本当にそれだけなら仕事を依頼した狸どもに騙されておる、くれぐれも首のない子には気を付けよ」
「それは何で?」
「自ら確かめよ、さすれば命をながらえん」
霧を含んだひんやりとした空気が三人の足元に絡んできた。クヌギやブナなどの広葉樹林はものの数分で白一色に包まれた。
「十太郎……」
先に進んでいた九蔵は、鯉口を切りながら右近を支える十太郎に声を掛けた。
「そこのでかい『※そばのき』を背に迎え入れるか、右近様もご移動を」 ※ブナの木
「うむ、痛みも引いてきた、十太郎、頼みがある、この業物の鞘を抜いてくれ」
「承知しましたが、まだ休んでいても……」
「誰に言っておるのか」
「へへっ、峰を丁度越えようとしているヒバリにでさぁ」
止めてもこの男は思っていた通りの反応をすると十太郎は既にふんでいる。
(分からねぇ奴らとけんかするなら手数は多い方がいい)
骸の集団が笹をかき分けて突進してくる音が霧の中にこだました。
霧にまぎれた骸の動きは速く、その数を把握することもできず、三人はただ防戦をするのみであった。骸の手にする錆びた大刀は切れずとも、身体をかすっただけで病を引き起こしそうな不浄な気を漂わせていた。
「この生き物は何なのだ、この地方だけに住む※マシラなのか」 ※猿
九蔵は飛びかかってくる骸の頭を両断しながら、腕に結び付けた大刀を必死に振り回す右近に尋ねた。
「黄泉国より地上にはい出てきた醜女、いくら切られようと亡骸を食らえば増すことをやめず、我らもこの者らを関にて押し込めていたがこの有様よ」
「なぜ、江戸に告げぬのか」
「上様のお心うちを知ることなど、我ら武士は命じられたことを行うだけだ」
「そのようなこと、塵壺に捨てておけばよいものを」
「そう考えるのはもうお主が武士でないからよ」
右近はそう言って樹上から降ってきた骸を生い茂る枝ごとたたっ切った。
「まだ、二十……いや、それ以上はいるな」
藪の葉擦れはさらに辺りに広がっていく。
十太郎は骸を迎え撃ちながら九蔵だけであればここは退散する手もあるが、手負いの右近を連れての動きは不可能であると考えた。だが、右近と九蔵の会話を耳にし、この未開地の貴重な情報元を失うことは得策ではないと判断している。
「!」
突然、火柱のようなものが藪のいたる所から上がった。鹿の鳴き声のような甲高い悲鳴が十太郎たちの周囲でおこった。炎の波はある一点から草々の表面を舐めるように広がっていく。
「誰だ?」
炎のゆらぐ先に十太郎は二つの影を見とめた。南蛮人の少女と女性が骸を炎に包みながら動揺することなく歩み寄ってくる。
「右近様、お約束の時がまいりました」
右近の前まで歩み寄った少女は両手を組んで細く白い首を静かに垂れた。




