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塵壺の底  作者: みみつきうさぎ
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第拾二話 「夢」

影月 十太郎  



 本作の主人公 少々いいかげんな性格でありながらも、自称「やる時に、たまにはやる男」元締に頼まれた仕事を引き受けたゆえに、闇の地にて闇住者に追われる




霧雨 九蔵



 沈着冷静な霧消流剣術の使い手 十太郎と共に元締に仕事を頼まれたことで、事件に巻き込まれていく




菊川 保知



 鳳凰藩家臣 『朝露』の里より、忍びの者『草』を率いる。獄につながれた鷹田の救出を主君から命じられる。鷹田の救出を終えた後、丑寅の関の秘密に迫ろうと青葉藩に潜入する




鳳凰隆康側室




 現鳳凰藩主の母 息子のため一介の下人であった保知を家中に導く




明石 右近



青葉の赤鬼と恐れられる青葉藩家臣随一の剣豪  『丑寅の関』の関守に命じられる




ノーノ・サントス



 異国より遣欧使節団とともに密入国した少女




レイナ・ファルケ



 ノーノとともに密入国した修道女





 武器を操る子供ほどの大きさをした異形の者 群れをなして人を襲う





保知は夢を見ている。


 夢というのは不思議なもので、既に亡くなっている者と会い、知らない場所にいることに何の疑問をもつことがなく、その前後する時間の中だけに自分という存在が生じる。

 普通に会話をしながらその話す内容を考えたり、美しい景色に感動したりする行為が自然に行われ、そして朝が訪れ目覚めたとき、全てどこかに飛散してしまうはかなきものである。


 夢の中にいる保知はただ一人、奥の間前の小石の敷かれた中庭に頭を下げ静かに控えている。自分が貧しい農民と変わらぬ薄汚れた服装でこの場所にいることがつらく、一刻も早くこの場所を離れたかった。

 座敷には赤子を抱いた姫君に寄り添うように御中臈おちゅうろうと呼ばれる中年の女、それに従うように若い奥女中がいた。

 顔を上げて直接うかがい知ることはできないが、華やかな笑い声や流れ来る香のかおりに保知は屋敷の中に花が咲き乱れているような想像をした。

 保知は十二、三歳の少年の姿であった。

 姫君は抱いていた赤子を女中の一人にゆっくりと手渡した。


「殿の言っていたとおり、その顔立ちとふるまい、この者はただの『草』ではなさそうじゃの、その者、名をなんと申す?」


 保知は初めて聞くその美しい声に一層緊張を高め、ひたすら平伏した。


「奥方が聞いておるのじゃ、本来であらば汚らわしきお前のような『草』に声を掛けることさえはばかられるもの、すぐに答えよ」


 御中臈の野太い声が保知の耳をさいなむ。


「『しきみ』と申します」


「樒……そのような名であるか、年はいくつになられたのじゃ」


「この夏でかぞえ十三となりまする」


「やはり年もちょうどよい、若君は生まれつき病弱でのぅ、城中の優秀な者たちは尾張から参られた若君さま付きじゃ、我がままを言えぬのは当然じゃが、この若君に本当に必要なのは強き武者、主従の念でなくてはならぬと殿もおっしゃっていた」


 姫はそう言って大きくため息をついた。


しきみよ、この若君をずっと見守ってもらいたい」


 姫君の言葉に保知は地面に顔が付くほど平伏を続けた。


「そのようなこと、この下人には荷が重すぎます、ど、どうかお考え直しを」


「樒よ、すぐにその顔をお上げ」


 保知がおずおずと顔を上げると姫の声色が語気を強めた。


「『草』であるお前に断ることなどできぬ、このわたしが選んだのじゃからな」


 姫の顔を初めて一目見た瞬間、保知は人間離れしたその美しさに息をのんだ。

 長い黒髪は日の光に反射して燃えるように赤く、青みがかった猫のように輝きをたたえた瞳、その姿は天女が降りてそこに座っているのかとさえ思わせた。


(天女とはこういう方なのだろう……)

 

 保知はそう思って動揺した自分を恥じた。


「だが、そのまま低い身分では屋敷に上がるのにもこれから苦労するであろう、そなたには殿から名を賜っておる、こちらへ参れ」


 膝を地面にすりながら保知は座敷の一番近くまで寄り終えると、御女中の一人が奉書を高く持ち上げ御中臈にうやうやしく手渡した。


「草の者よ、お前はこれより鳳凰家御庭番衆菊川家第五代目、保一の養子となり、菊川保知と名乗るよう命ずる、尚、当分の間、鷹田家に起居し、作法はじめ文武に励み、若君を末代まで支えよ」


「菊川……」


「よいな」


「ははぁ」


 保知は半刻にて日陰者から表の世界にその活躍の場が変わったことが信じられなかった。


「保知よ、さぞ驚いたことであろう、だが、ことは急がねばならぬ、でなければ若様も長くは生きられまい」


 なぜ?などと疑問をもつことさえ許されないことは分かっていた。


「このような機会じゃ、わしより良い薬を与える、今、すぐここで飲むと良い、遠慮せずその場に立つのじゃ、ただし、噛まずに飲むのじゃ」


 姫の指示で御女中が膳を持ってきた。膳の上に白磁の皿と小指の頭ほどの黒い丸薬と水の注がれた杯がのっている。保知は姫に言われるまま、その丸薬を一気に飲み込んだ。


「この薬を飲んだ者はいずれ美しき蝶となり、鳳凰の家と若様を守るのじゃ、そしてあの地へふたたび……」




 稜線の間を吹き抜く風は笹を大きく揺らす。

 保知はどれだけ気を失っていたのだろうか、首の後ろの痛みはまだ残っているが、あの妙に首の奥に引っ張られるような感覚は無くなっていた。

 保知の身体は密集して揺れる笹のように男の背の上で大きく揺れていた。


「目を覚ましたな、青鬼さんよ」


 自分を背負っていたのが十太郎であることに保知はすぐに気付いた。手練れの片眼鏡の浪人はもう少し先を歩んでいる。


「すまぬ、だが、もう大丈夫だ」


「ここじゃ足場が悪い、あの谷筋までこのままでいきやしょう、鳳凰藩の菊川さん、それが青鬼さんの名ですな、ずいぶんうなされて何度も口にしておりやしたからね、いいえ、右近の赤鬼には決して言いませんよ、それだけ苦しい思いをしてきたんでしょうね」


 いつもの保知であれば、自分の出自を口にしたこの瞬間に十太郎の首を落としていたのだが、なぜか、この男には殺意がわかなかった。この男からみなぎる絶対的な腕の自信か、もしくは自分があまりにも弱っているのか、その理由まで今の保知にはたどり着くことができなかった。


「そうか……そんなにうなされていたのか、情けなや」


「いや、そんなことはねぇ……それだけ正直なお方っつぅことでさぁ」


 野を吹く風がまた強くなった。

 夢と現実の境が曖昧な中に保知の心はまだ残っている。

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