第拾一話 「腐草」
影月 十太郎
本作の主人公 少々いいかげんな性格でありながらも、自称「やる時に、たまにはやる男」元締に頼まれた仕事を引き受けたゆえに、闇の地にて闇住者に追われる
霧雨 九蔵
沈着冷静な霧消流剣術の使い手 十太郎と共に元締に仕事を頼まれたことで、事件に巻き込まれていく
菊川 保知
鳳凰藩家臣 『朝露』の里より、忍びの者『草』を率いる。獄につながれた鷹田の救出を主君から命じられる。鷹田の救出を終えた後、丑寅の関の秘密に迫ろうと青葉藩に潜入する
明石 右近
青葉の赤鬼と恐れられる青葉藩家臣随一の剣豪 『丑寅の関』の関守に命じられる
ノーノ・サントス
異国より遣欧使節団とともに密入国した少女
レイナ・ファルケ
ノーノとともに密入国した修道女
骸
武器を操る子供ほどの大きさをした異形の者 群れをなして人を襲う
(あの光は何だ?)
九蔵も十太郎も彼女らの発する緑の光の輪に目を見張った。
その光はまばゆいものではない。何か光っているのは確かだが、光そのものは雲間を通った月の光のように、弱々しい。
だが、その光の輪は、澄んだ香りをまといながら、しっかりとその存在を主張していた。
大地の震えは、骸らの破裂した身体から生じていた。
骸たちの動きが静かになった。
祈りを終えた二人の伴天連は、何かを四方に振りまいている。
小豆大の光の粒が、目の前を横切ったように十太郎には見えた。
(また、伴天連の幻術か)
九蔵も同じく、彼女らの動きを注視していた。
彼女らが行動を開始してからほんのわずかな時間であった。ぼんやりとした光の輪を中心に周囲には折り重なるよう骸を形成していた肉塊だけが、黒い血糊まみれの草藪の中に四散していた。
十太郎は彼女らのもつ伴天連の術が、いずれ自分たちの仕事、何かそれ以上に大きな障害となるのではないかと脳裏をよぎったが、そのおぼろげな不信感は心の奥底にぐっと押し殺した。
彼の相棒の九蔵だけは、十太郎の真意を察していたが、胸元から取り出した懐紙で脂のついた愛刀の刃をぬぐいながら、すぐに何事もなかったかのようにふるまった。
(腐草の類いを使った光だな……)
九蔵が思った腐草とは、俗に言う『蛍』のことである。九蔵は、この伴天連の使っている妖しの術には何かしらの仕掛けがあると考えている。
先ほど彼女らの使った光輪をかたどった物は、ウミホタルを乾燥させたものであるが、そこまでは九蔵も見抜いてはいない。
時折、痛む自分のこめかみを押さえながら九蔵は、この粉に混ざっている薬草が骸を避けつつも人にも何かしらの影響を与える毒物と考えた。
「九蔵さん、あれが伴天連の呪術ってものかぇ?」
十太郎は首をかしげている。
「お主がそう思うのならそれでもよい、だが、お主が狐につままれやすい者だとようやく確信した」
「やっとかい、こちとら、おしろいを塗ったいい匂いのするお狐さまには、いつだまされても文句は言わねぇよ、ついでにって言えば、あの弾ける豆は何だと思う?」
「種子島の弾に何か仕掛けているようだが……まだ、分からぬ」
「火縄は付いていないようだし、伴天連さん、教えてくれねぇかな」
「手の内を自ら明かすのはお主くらいだ」
九蔵は脂をぬぐい終えた愛刀の状態を再び確かめると、するりと音もさせずに鞘の中に収めた。
「あぁ、九蔵さん以外の奴にもそう言われてきたよ、この忍びの青鬼様を担ぐとするか、九蔵さん、ちょっくら手を貸してくれ」
奮戦していた右近もようやく息が落ち着いてきたようだった。
「見よ、異国の女、この骸は侍の身体を使っておらぬな」
右近は大刀で突き刺した体液のしたたる骸の腐肉を、ノーノの前につきだして見せた。
「女の屍を使っています、あちらも手当たり次第なのでしょう、急いだ方がよろしいかと」
「むしろ、あの二人の町人や浪人、忍びの者を利用すればよろしいのです、特にあの二人連れは私たちからすぐに離れたがっているようですし、むしろ、『桃宴』の寺まで連れて行って、共にあがいてもらう方が、今後の青葉藩の利に繋がると進言します、特に軽口を叩く遊び人風の男は味方にしておく方が都合がよろしいかと」
「やけに買いかぶる」
「どちらにしても、あの者どもらは我らと同じ匂いを感じます」
「同じ匂い……面白いのぅ、レイナにも伝えよ、気が変わった、『ひそむ』の寺まで案内するとな」
「おおせのままに」
十太郎、右近、それぞれが画策している時、奥州街道の陸奥国の境、国見の関所で世間を大きく騒がしている関抜けがあった。
近くの宿場はどこもこの話題で持ちきりである。青葉藩の関所を昼間に堂々と正面から突破していく前例のない出来事がその理由であった。関守にも犠牲者が生じていることが一層、話を広めていった。
関所破りの手配書には、中年の侍と鎖に首をつながれた幼い男女の子が描かれた横に、その侍が陸奥の国の日和田宿で若い女を喰ったことが太い筆文字で付記されていた。




