表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/119

最終章 第二節 行方(2)

「大丈夫?」

「一人で立てる」

「そう」

 とんでもない程の威力を持って放たれた彼女の拳は、カインを吹き飛ばすには十分だった。数メートルほど飛んだ後、背中から打ち付けた物の、彼はすぐにリースの手を跳ね除け立ち上がった。

「後悔するぞ」

 制服に付いた土を軽く払い、息を吐いたカインはそれでも尚彼女の真意が読めずに再度尋ねた。が、やはり答えは簡潔だった。

「それでも、放っとけないみたいだから」

「……分かった」


「えっと、何これ?」

「さあ」

 ようやく追いついたルークは、目の前の惨状に目を丸くする。リースとカインが何やら向こうで会話している一方、木に頭を打ち付けたのかルークの下でだらりと四肢を伸ばしている男の姿がある。

「誰?」

 ロイヤルナイツの制服ではないが、カインと共に行動しているのならこの状況は不味いが、何故か相手からは警戒心も敵意も感じず、ルークは歳相応の反応で問いかけた。

「ジャスティ。ま、リースと似た様なもんかな」

「え、あ、ルーク。まあ、カインと似たような感じ」

 初対面にもかかわらずあっさりと素性を明らかにされた動揺からか、ルークはあっさりと自身の正体を明らかにしていた。これが誘導尋問ならとんだミスだ。

「で、リースとの関係は?」

「仲間、かな」

 そもそも出会っでまだ間がない上、彼女の狙いもよく分からない。利害は一致しているらしいが、それがいつまで続くかと聞かれれば、答えようがない。が、

「なら俺も仲間だな」

「はあ?」

 何やら彼の中では一つ納得がいったらしいが、ルークにはただの変人にしか見えない。そもそも、リースと彼の関係も不明であるし、こんな所で何をしているのかも分からない。

「行こうぜ。終わったらしい」

「あ、うん」

 悪い人ではないのかなあ、と彼の人のいい笑顔に乗せられる形で、ルークは手を引かれるがまま走り出した。


「増えたね。お茶でも出そうか?」

 通信室、出迎えたアーバンが倍増した戦力をまずは冷静に迎えていた。最近、いろいろな事が起こりすぎたからか、これくらいの事で驚かなくなっている自分に、彼は密かにため息をついた。

「紹介は?」

 出迎えた一人の男に、リースとルークは一瞬身構えるもすぐにその警戒を解いた。というのも、すぐに彼が自身の正体を明かしたからだ。

「ああ、名前はアーバン。メイルの王子、かな」

「王族?」

「ははは、まあ、ね。意味ないけど」

 今は無いも同然の国だが、そういったものと縁の無い者から見ればやはり特異に映るのが王族というものだ。

「それで」

 この中で一番状況を飲み込めていないルークが軽く手を上げる。他の者の視線が集まる中、彼は本来の任務を遂行せんと口を開く。

「どうしてハムレスからの連絡を無視した?」

 と、シン達が消えた当初にロイヤルナイツにした事実をまずは無視して、ルークは詰問を始めた。

「知られたくないんだろう」

「何を」

「マリアとレイブンの不在を」

「知られたくないって、まさか知らないわけ無いよね? ここの人たち」

 確かに公にはニュースになっていないが、一月も姿を見せないならとっくの昔に疑問の声が上がっていてもいいはずだ。

「いなくなって一月だろう? その間もまあ、空中分解はしてないか」

 一旦は分裂を始めていた彼らも何故か今ではこの状態だ。支援活動は今日もどうせ続いているだろうし、市民もまた平穏そのものだ。

「レイブンがいなくなったのは上からしてみれば好都合だ。金は有り余るほど集まっているし、自分たちだけでどうにでもできると思い込んでる」

 そして最後に一つ間を置いて、カインは寂しげにその胸のうちの一端を吐き出した。

「別にもう、マリアは必要ないんだ」

「は?」

カインの論に、ルークは頭の回転がストップする。マリアあってのロイヤルナイツではなかったのか。そもそも、彼らにとってマリア以外の何を優先する必要がある。

「マリアの存在が目の前に無くても、彼らは彼女を信仰し、その崇拝をやめない」

「神様、ってこと?」

リースが自身には決して理解できない概念を口にするが、それでもなおルークは納得がいかない。長い歴史を持つ宗教でも、創始者は一定の期間の布教もしたし、最高指導者と呼ばれるものの存在もあった。

「そんなの催眠でもない、限り、駄目だ……?」

 否定しようと口を開いたルークの言葉は、いつのまにか自身への問いかけへと変貌する。

まさか、といった顔で俯くルークに、カインは気軽にその問いに対する答えを述べた。

「マリアのあれは能力だぞ。知らなかったのか?」

「あ、まあ」

「直接会った事が無いなら、実感もできないか」

 リースが仕方ない、とばかりにルークの肩を叩き、彼は改めてカインに向き直る。

「そっか、上が欲しがるわけだ」

 並々で無い影響力は知っていたし、何らかの能力を保有していることも知られてはいたが、そんな直接的で、凄まじいものだとは彼は予想してはいなかった。

「それだけではなさそうなんだが」

「まだ何かあるの?」

 うんざりとした表情でルークが尋ねるのを、カインは黙って首を振る。訳が分からずポカンとする彼に、アーバンが助け舟を出した。

「不明なんだよ。まだ」

「で、どうするの?」

「必要なのは、まずここの実権を握って情報を全て制圧する事」

「そだね。まあ、こっちも一応手は打ってるし」

 カイン自身に特に問題が無いのであれば、ハムレスがここに干渉する意味はどこにもない。アルス次第ではあるが、未確定項目を一つずつ潰していくのが今は一番効率的な方法だった。

「まあ、上があちらさんと繋がってる可能性も放棄できない事もあるしね」

「クレスタにいるんだっけ?」

「ああ、確かに彼らはそこにいるだろうね」

「だったらさっさと、って、え?」

 一見自然な会話の流れから立ち上がったジャスティが、聞きなれない声に反応してその動きを止めた。

「レイブン!」

 ルークが画面に映る男に気づき声を上げ、それに続いてカインが鋭い視線を向ける先で、彼は口元に笑みを浮かべ、何かの上に手を置いた。

「やっとここまで来たよ、カイン」

 写っているのは彼の上半身とだけ。真っ黒の背景の他には何も写ってはいないが、おそらく合成映像だ。

「場所分かるか?」

「ちょっと待って」

「背景は真っ黒だな」

「どこから送られてる?」

 レイブンが挨拶代わりに言葉を並べていく中、カインはリースに指示を出し、それを聞いたリース、ジャスティは何かを見透かすように目を細める。その一方、ルークは機材に取り付き慣れた手つきで解析作業を始めた。

「誰かいないか?」

「カイン、こいつ」

 ルークが彼の手の先の物に違和感を感じ、リースが何かをカインに告げようとするのを止めるようにレイブンは口を開いた。

「狭間、とでも呼ぼうか。先日小さな男の子が迷い込んだようだが、誰の力かな?」

「狭間……」

 偶然ながら一致した名前に、ルークは彼の居場所を特定した。とはいえ、ここからではどうすることもできない、ということが分かっただけだが。

「一つ入り口を紹介しよう。カイン」

 場面が切り替わり、地図の一点に赤い印が点る。ここからさほど離れていない、カインが行けばすぐにでも辿り着きそうな位置だ。

「一人で来ても、誰かを連れてきても構いはしないのだけれど」

「おーいおい」

「ジャスティ?」

 ジャスティがあきれた声を出すのを、それまで黙って画面を凝視していたアーバンが彼の方をちらと見やる一方、リースは険しい顔を更に険しくさせた。

「彼らがどうなるかは分からないね」

「なっ……」

 絶句するアーバンの目に飛び込んできたのは、銃を突きつける騎士と、突きつけられる王族の姿だった。

「どう……して……?」

 言葉を失うアーバンに、再びレイブンの顔が写る。状況の推移が全く見えない彼に、レイブンはあっさりと答えを提示した。

「この子がいるから、ね」

 画面が若干下に下げられ、少女の顔が画面に大きく映し出される。何の光も湛えていないその瞳は、まるで感情を失ったかのように視線を虚空に彷徨わせていた。

「人質に、取ったのか」

「外道」

「少し違うんだが、まあそう取ってもらっても構わないよ」

 ルークがまさかの暴挙に信じられない、といった顔で首を振り、リースは短く吐き捨てた。そしてそんな彼らの反応を楽しむように、レイブンはマリアの頬にそっと触れた。

「ここまで行くと清々しいな。敵役としてどっかの物語からスカウトが来そうだ」

「ジャスティ」

 そんな軽口を叩くジャスティを、ルークがカインとアーバンを気にしてか諌める。が、カインは何もそれらに対して反応を示すことなく、一人画面を真正面から見つめた。

「方針はまとまったな」

「まあ、あちらさん止めようにもこれどうにかしないとしょうがないしね」

「罠って事も分かりきってるしな」

 ルークが同意を示し、ジャスティが仕方ないといった表情ながら、その顔に戦闘意欲を漲らせる。この室内全体が戦意で満ち溢れる中、カインは顔を強張らせるアーバンの名を呼んだ。

「アーバン」

「え? 何だ?」

 不意に呼ばれた彼がカインの方に視線を定めるより早く、カインは言葉を発した。

「お前はここにいろ」

「だがこのままでは!」

「王家の血を絶やす気か?」

 条件反射的な反抗に対し、カインはあくまで現実的な視点から彼を止める。それ以外に方法が無いと知っているからこその冷たい口調でも、理解できないほど彼は愚かでもなかった。

「心配するな。命に代えても彼女は守る」

「ま、気楽に待ってな。その方が楽だぜ」

 カインがその口調を友人のそれに戻し、ジャスティがポンと彼の方を叩いて立ち上がる。他の三人もそれが合図だったかのように立ち上がり、リーダーの号令を待った。

「待っているよ。カイン」

 まるで彼の背中を押すように発せられた声もまた彼は無視して、扉を思い切り開いた。

「行こう」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ