最終章 行方(1)
「では、行こう」
「いつでも」
朝、誰よりも早い時間に準備を整えたルークとリースはヘリに乗り込んだ。少し早い出発ではあったが、リースたっての希望だった。
「悪いね。こんな早く」
「別に、国外に出るのも久しぶりだし」
機内、隣同士で腰を下ろした彼らはお互いの方を見ることもなく、外の景色に視線を任せていた。目を閉じ微動だにしないのは周囲の雑音を全て遮断したいからだろうか、ルークは会話を諦めパイロットと苦笑を交わす。彼もこんな朝早くからご苦労なことだ。
「休暇を出さないとなあ」
人員もいつの間にか減り、本部からは見捨てられ、あの人はどこに行ったのか全く分からず、彼自身は結局ハムレスに残っている。
「我ながら、変わってるよなあ」
そう自嘲する合間にも、速度はぐんぐん上がり雲の上に出た。百年前はヘリも今の十分の一も速度は出なかったと言うが、ルークにはそれがどんなものなのか一切想像がつかない。
「あれですか?」
「そうだね」
と、そんな考えは前からの声で遮られる。見れば遠くに黒い群れが浮いている。この目で直接見るのは初めての光景に、リースも片目をちらと空けた。
「あれか」
遠目からでは黒いもやもやした物が漂っているとしか分からない。リースの目ならばもう少し分かるのだろうが、彼らの今の目的はあれではない。
「後、どれくらい?」
「一時間くらいですかね」
「そう」
ロイヤルナイツニは何も知らせていない、あちらから見れば彼らは勝手に領土に入り込んできた密入国者だ。当然こちらにも言い分はあるが、それをあちらが聞いてくれるか等、考えたくもなかった。
「反応があるけど?」
「来たんだろうな」
その三十分後、ロイヤルナイツの通信室に陣取っていたカインは、予想通りの展開に立ち上がった。アーバンとしてみればこのナイツがナイツとして全く機能していない現状の中、こんな所にわざわざ人を寄越す意味が分からないのだが、カインはそんな事を気にする事もなく部屋を出ようとする。
「カイン」
「ここは任せる。誰か来たら入れてもいいが、俺たちの存在は伏せてくれ」
「俺たちって、俺もか?」
完全に他人事として経過を見ていたジャスティが慌てふためきながら椅子から立ち上がる。何も言わない彼に、何を言っても仕方が無いが、マーだライクにもマーダライクナリの準備と言うものがある。が、そんな事はカインには関係がなかった。
「当たり前だ。出るぞ」
「出るって、どこに?」
諦めたジャスティに、カインはちらと接近してくる一機のヘリに目を向け、着実の接近している事を確かめてから、口を開いた。
「俺たちだけじゃ心もとないからな。あちらから戦力を寄越してくれたんだ。使わせてもらうさ」
そう言って部屋を出ていったカインをぽかんとした顔で見送りつつ、彼は顔を見合わせてため息をついた。
「あっちはそんな気無いと思うけどなあ」
「カノンが乗ってたらどうする気なんだよ。あいつ」
誰が乗っているか分からないのだ。能力者が来るならまだしも、一般の隊員が来たらそれこそ何の意味も無い。そして、強すぎる力が来てもそれは同じだ。
「……全滅?」
最悪のストーリーが脳裏に浮かびながらアーバンが冗談交じりに笑い、ジャスティは自身の境遇を嘆いた。
「もう、どーうにでもなーれ」
「見えるか?」
待つこと二十分少々、ロイヤルナイツから少し離れた所に移動していたカインは、傍らに佇むジャスティに声をかけた。
「まーな。直接ここに来そうにもないが」
既に自身の索敵可能範囲に入っていたヘリがどんどんスピードを落としていく。カインやジャスティの存在などあちらは認知していない今、警戒しているのはおそらく一般兵器だろう。
「いい判断だ」
「何しに来たんだよ」
もし情報の共有が目的なら行く所はここではないはずだ。上がいるのはここでは無いし、正直色々な意味で彼らの望むものがここにあるのか、ジャスティには半信半疑だが、
カインの反応を見る限りどうやらそういうわけでもないらしい。
「降りた!?」
と、ヘリから二つの何かが落下し、ジャスティは目を見開く。
「物か?」
普通の人間ならあり得ない高度に、カインがすぐにジャスティに確認を取るが、彼がその答えを出す間に、彼らは姿を見せた。
「大丈夫なわけだ」
納得する表情でジャスティが眺める先に、一人の少女が現れた。互いに挨拶代わりの視線を交わすが、すぐに彼女の興味はもう一方に移る。
「何とかしろよ」
「ああ」
特に驚く様子もないカインは数歩前に立ち、翼を開いた。
「何か言い訳、ある?」
それを見て戦闘態勢に入るリースに、カインは何も言わず周囲にトライデントを出現させ、その矛先全てを彼女に向けた。
「知ってる?」
軽々とかわされる拳にリースは言葉を乗せる。先ほどから続く攻防は、一見激しい戦闘に見えはする物の、その実カインからの攻撃は一切無く、リースの拳もまた軽い。
「誰にも何にも言わない奴は、一人ぼっちなんだよ」
「だから?」
翼に視界を遮られた次の瞬間、背後からトライデントが飛来し、それを弾くと翼の裏からもう一つが飛来する。それをジャンプ一番でかわし、着地した瞬間地面に拳を叩き込み周囲に衝撃波を発生させ、トライデントの動きを止める。
「マリアはどこに行ったのさ?」
「さてな」
トライデントに取り囲まれたリースが動きを止めた。少しでも動けばあの時の再現になる、そんな状態の中、リースはカインから視線を外さない。
「守るんじゃなかったの?」
「守るさ」
「その体らくで?」
「リース?」
一問一答が続く中、その戦いを眺めていたジャスティはいつもと様子の違うリースに、眉をひそめた。
「何であんなに熱くなってんだ?」
適度に戦闘を楽しみ、任務をこなす。彼の知る彼女の印象とはまた少し違う姿がそこにはあった。
「一人でどこに向かってるの?」
「世界には表と裏があるんだ」
小さく呟く言葉も、相手には届くと確信を込めて放たれた言葉は、その場にいる二人に確かに届いた。
「知ってるよ。そんな事」
「お前は深い所まで知らなくていい」
やはり小さく、リースをしても感度を上げなければ届かない言葉は、彼女だけに届けられた。
「嫌だね。そんなの」
「変わったな」
そんなジャスティの言葉は風に舞い、リースの拳は再び彼に向けられた。
「勝手に決めないでくれる? 私の道」
その気迫に周囲のトライデントが揺らぐ。気づけば、既に彼女の拳には十分過ぎるほどの気が貯められていた。
「波動烈弾」
「本気かよ!」
その言葉にジャスティが彼らと距離を取るも、すぐにその波動の奔流に飲み込まれる。無論周囲に展開していたトライデントはその全てが周囲に吹き飛び、木々に突き刺さった。
「教えて? カイン」
その威力を受け流すように立っているカインに、リースは初めて対戦した時のような好戦的な笑みを浮かべる。
「どうすれば教えてくれる?」
意地か、矜持か、責任か、誇りか。カインにも分からない笑みを湛えたまま、彼女は二発目を放たんと構えなおした。
「どうしてこだわるんだ? 他にあるんだろう? 守りたい物が」
守る物を決めたなら、それ以外の全てを犠牲にしなければ守れない。それでも守れないものが溢れている世界の中で、彼女の行動は彼から見れば理解不能だった。ただ、それに対する彼女の答えは簡潔だった。
「守りたいもの、増えたから」
先ほどよりもモーションの大きい構えから、一気にカインの方へと跳ねるように飛んだ彼女の腕は、今まで見たことないほどの大きさにまで膨れ上がった。
「波動激列弾」