第八章 第十二節 見えない明日へ 〜REBIRTH SIDE〜
「ふうん」
「わあ」
その一階下、普段誰もいないところでこっそりとメンテナンスを続けていたフェイト、ライトの二人は、上で繰り広げられていた会話に舌鼓を打っていた。
「熱いねえ」
「ふわあ」
赤面するフェイトに、余裕の笑みを見せるライトは何かいい事を思いついた、という意地悪そうな笑みを浮かべて彼女の頬を突いた。
「何を想像してるのかなあ?」
「な、何も想像してません。大体……これですし」
取り外された腕に、ルークから支給されていた部品を取り替えるたびに、彼女の視線は沈んでいく。
「あの子、それ知ってるんでしょ?」
彼女たちがわざわざこうして誰もいない一室にいるのは、フェイトの希望だった。どうせなら、と言う事でライトがそこに入り、事実上この一室を彼女たちの物にしていたが、先ほどから上の会話が進むたびにフェイトの表情は暗くなっていく。
「耳、閉じてもねえ」
どれだけ感度を下げようと、こうまで近くては恐らく一般人の耳でも充分届くだろう。ライトにしてみれば人間たちの微笑ましいワンシーンにしか移らないが、どうやらフェイトにとってはそうでもないらしく、心なしか作業するスピードも上がっているように見える。
「見せたこと、あるんでしょ?」
「見せたわけじゃありません」
こうしてメンテナンスをしている事だけではなく、彼女が一体どのような存在なのかも彼にはもしかしたらフェイト自身以上に情報が入っていてもおかしくはない。
それにも関わらずなおこうしてこんな所に隠れているのがライトには一切理解不能だ。
「ま、いいけどさ。あ、もう一人お仲間が来た」
その言葉の次の瞬間扉が開かれ、リースが姿を現す。普段から彼女もここを使用しているのか、それともライトたち目当てでここに来たのかは定かではないが、彼女は一応ライトの前で立ち止まった。
「何か用?」
窓に腰を下しているライトが自然とリースを見下ろすような形になる。用があるならナイツで共に過ごしていた時期のあるフェイトだろうという高をくくっていたライトは、足を組みなおして彼女のほうに体を向けた。
「フライトユニットは?」
「折りたたんで仕舞ったけど?」
「折りたたんだ?」
何の用かと思えばそんなことだったらしい。さきほど目の前で飛んだ事が何か彼女の気に障ったのか知らないが、ライトからしてみれば何でもないことだった。
「今飛んでもいいんだけど、上の邪魔しちゃ悪いしね」
声は聞こえなくなったが、何かが空気を裂く音は聞こえてくる。飛んでいるのか知らないが、そんな時間に飛んで入るほど彼女は野暮でもなかった。
「製造年月は?」
「あなた覚えてるの?」
「活動期間は?」
「さあ」
「過去の任務内容は?」
「知らない」
「ふざけてるの?」
「どうかな」
リースの口調が熱くなるが、ライトの言葉は嘘でも何でもない。もしカノンの言っていたとおり廃棄処分にされかけていたのなら、覚えているわけもない。
「あなたにそんな機能が付いてるわけがない」
「どうしてですか?」
フェイトの問いに、リースはそんなことは自明だと言わんばかりに吐き捨てる。
「私たちより旧式なのに、そんな便利な機能があるなら初めから私たちにも付けてるはず」
リース達の中でそんな機能を持つものはいない。もしかしたら付けられる可能性もあるにあるが、製造当時なかった技術が彼女についている理由が分からない。
「昔は重要だったのかもね、私」
「今も十分重要人物だよ」
「そう?」
「カノンと共に現れた」
「誰かが会わせた、とか?」
「じゃあ、リースとカインもそうかもね」
「そんなわけない!」
「何をそんなに熱くなってるの?」
突然の激昂に、ライトは本気で目を丸くする。そんな彼女とは対照的にフェイトは静かに息を飲んだ後、物憂げな表情で呟いた。
「リースさん……」
裏切られた、わけではない。ただ、強さだけがその存在の証しである彼らにとって、その頂点に立つ者の心の弱さが認められず、許せず。
「あんなの、何でもない」
それにも関らず何故こんな言葉が出てくるのか分らないまま、リースの口からは知らず知らずのうちに言葉が零れ落ちた。
「何か用かい?」
司令室前の廊下、引継ぎを全て終え自身の準備に取り掛かろうと部屋に戻ってきたルークは、部屋の前に立つ少年の姿を認めて足を止めた。
「彼女を、どこにやったんです?」
「彼女、と一言いわれてすぐに特定できるまでには、君の事を分かってきたかな」
本来あれは彼女、という言葉が当てはまらない。ただ、それを言えばこの少年がどういう反応を示すかも分かっているルークは、目の前でみるみる内に顔が高潮していく彼が何となく羨ましかった。
「何か彼女に」
「部屋を一つ提供してくれと言われたから、空き部屋を貸してあげたんだが」
「部屋を?」
本気で悩んでいる彼に、ルークはほとんど答えと言わんばかりのヒントを提供した。案の定すぐに気づいた彼の顔はすぐに元に戻り、沈黙がその場を支配する。
「何するか位分からないわけでもないだろう?」
「分かってますよ」
彼と彼女の間に何があるかなどルークには何の興味もなかったが、それを承知の上でこんな行動に出るアルスに、ルークは一つの試験を出した。
「狭間に行けば、君も分かるよ。見れば」
ルークの知る事実が真実かどうかも分からない。ただ、明日行く先々で起こる全てが、何かに繋がる事は間違いない。
「何を、知ってるんですか?」
結局、アルスには何も伝えないまま、ルークは部屋への扉を開けた。最後に一つ言い置いて。
「それでもなお君が彼女を気に掛けると言うのなら、賞賛に値するだろうね」
屋上から遥か上空、シンの飛ぶ空の遥か上に、ひかりはいた。
「きれいだなあ。月」
ふと、寂しくなっては外に出て月を見、ふと何かを思い出しては外に出て太陽を見上げ。
「何だろう?」
一人ではない。ここにいるこの時間が退屈だと思ったこともない。ハムレスに仕え、ハムレスのために撃ち、フェイトや綾香と一緒に笑いあうのも楽しい。ただ、それだけが全てではない様な気がして、胸のどこかが空いているような気がして、部屋の中にはいられなかった。
「ほんとに、何だろう?」