第八章 第九節 開かれる扉
「二人だけで、ですか?」
「他に入れないんだから仕方ないよ」
批判的な意を込めて発言するフェイトに、ひかりがなだめるように彼女の肩に手を置いた。リースやライトに白谷も加わっての協議の主な議題は、一向に動きの無いロイヤルナイツと再三の連絡にいっこうに返事を寄越さないルーデに対する対策。そして、あれだ。
「確かに動いてるね」
「信じてもらってどうも」
最新情報を目にしたルークが事態の推移に目を細め、カノンが全く感情の篭っていない声で返し、ライトから張り手を食らっていた。
思い思いの席にばらばらに面々が座っている中、司会役のルークが現状を説明した後、シンと協議した上で役割をスクリーンに表示する。
「どうやらひかりとアルスしか入れないみたいだから、君たちには言ったとおり二人で言って貰う。わざわざヘリ使うのも勿体無いし、シンがまた運べば一石二鳥かな。調べたい事がある様だし」
「ロイヤルナイツにもか?」
怪しさ満点のルーデはともかく、ロイヤルナイツは今の所救助にも出ている真っ当な組織にも思えるが、という白谷の疑問にルークが丁寧に答える。
「それはそうなんですが、カインは出てきませんし、レイブンの情報も教えても貰えず、おまけにマリアは行方不明なのに救助に専念しているというのもどうかな、と」
あの他から見ればありえないと思わせられる団結は、マリアあってのものだと考えているルークにとって、何故彼らが普通に作業をこなしているのか、不思議でしょうがない。
「ですから、ロイヤルナイツにはライトと僕が――」
「私が行く」
「リースさん」
アルスが気遣うように視線を向け、ルークは何事かと突然の意思表示に目を丸くする。
「行く」
「分かった。では、リースはロイヤルナイツに」
これ以上の問答は時間の無駄だと判断したのだろう。シンがすぐに切り替え、ルークは何も言わずに表を書き換えた。
「カノン、君はルーデに言ってもらっていいかな?」
「どこでも」
ルークの言葉の裏を読み取ったのか、カノンは不満も無い様子でうなづく。
「ライトとフェイトを連れて行くといい。フェイトはルーデ出身だから」
それにこの三つの中ではアルス達に次いで過酷と思われる場所だ。戦力はできるだけ投入しておいたほうがいいという、作戦の王道だ。
「白谷さんは、ここで指揮を。暫定的にですが、僕の権限を与えて置きます」
「随分サービスがいいな」
完全な部外者にいかなる情報も与えるということだ。破格の待遇に、本来なら捕らわれの身である白谷は苦笑するが、ルークの顔は真剣そのものだった。
「適役かと。構いませんよね?」
「了解した」
その後出発時間やら何やらで各自それぞれ隊員から細部の計画を練っている最中、シンが白谷の方へ歩み寄った。
「綾香の様子は?」
「後で飯を奢らされる。君も来るか? まさか帰ってきているとはな」
その言葉だけで彼女の様子が目に浮かんだのか、シンがくすりと年相応の笑みを見せる。
「いえ、お願いします。全部終わらせないと。後」
「どうした?」
その場で立ち止まったまま言いよどむシンの顔はいまにも泣きそうなもので、白谷は初めて見る彼の表情に、片手間に目を通していた資料から目を上げた。
「沙耶香さんから目を離さないでください」
「意味は、いつか教えてもらえるのか?」
その言葉を言うためにどれだけの覚悟を決めたのか、白谷には分からなかった。今はどうせ教えてはもらえないだろう、と知りながら問いかける勇気も無く白谷は一つだけ確認した。
「はい」
彼の推定を肯定する様に頷くシンに、白谷はいつになく真面目な表情で彼と、姉妹の顔を思い浮かべながら口を開いた。
「背負える物ならいくらでも背負ってもらって構わんが、それで潰れたら泣く子がいるってのは理解しておけよ」
無力感と、自責と、今はいない彼女に向けての申し訳なさ全てが込められた彼の言葉は、彼の予想以上にシンの胸に届いていた。ただ、それを一切表に出すことなく、彼は再び笑みを見せた。
「怒り出しそうだけどな。あいつ」
「違いない」
二人で一時笑いあった後、二人は背を向け合った。それぞれの役割を果たすために。
「いいのか? これで」
「まだ、な」
もう何度とも知れないハムレスからの通信を無視し、アーバンは面倒くさくなってハムレスの使用周波数を拒否リストに入れた。
「どういうつもりなんだ? お前」
三人しかいない通信室で、ジャスティが興味深そうな視線をカインに向けるも、彼は腕を組んで目を閉じたきり、微動だにもしない。
「どういうつもりでもない」
隊員の姿が見えないのは、誰も彼もが救助活動を行っていたり、メイルを追われた住民の援助を行ったり世界中の住民への説明へと追われているからだ。アーバンが残っているのは謹慎中であるからで、それなら何故カインはここでのうのうとしていられるのかというと、
「隊長さんに伝えなくていいのか?」
「まだ、な」
先ほどと同じ言葉を繰り返したきり彼はうんともすんとも言わなくなる。受付で帰還した事を数少ない隊員達は目にしていたものの、彼はそれを上に報告する事を禁じていた。特に裏側も何も知らない彼らは、カインに抵抗して痛い目を見るくらいなら、と彼の行動を黙認していた。
「いい加減な組織だねえ」
「言い返す言葉も無い」
ジャスティがそんな彼の様子に頭を掻き、アーバンは肩を落とす。上がメイルの尋問に必死になりハムレスのいかなる要請も突っぱねているのは意地なのか何のかアーバンには理解不能だったが、カインまでがそんな立場を取っている所を見ると、案外何かあるのかもしれない、と思わずにはいられなくなる。
「これからのご予定は?」
「あちらから用意してくれるだろうさ」
「あちら?」
「早ければ明日、といったところか」
あちらとはどこなのか、それとも人なのか、とそこまで考えてジャスティは考えを放棄した。人に話す気が全く無い男に何を聞いても無駄だ。
「なあお前さん、王族なんだろ? 何も知らないのか?」
話を向けられたアーバンは直接ジャスティに返事せず、世間話でもするようなノリでカインに話しかけた。
「許可って、結局何なんだ?」
「終わったのかもしれないと思った。けれど」
「今度は何だ?」
また相変わらずの禅門問か、とジャスティが賽を投げるも、アーバンは苦笑して続きを待った。
「もしかしたら、まだ続いているのかもしれない」
「終わらせたくないのか?」
「終わったほうがいいのかもしれない。少なくともそれさえ終われば、巫女は救われる。けど」
独り言を言っているように見えて、視線の先にはアーバンがいた。息を呑む彼に、カインは選択を迫るように事実を突きつけた。
「それが終われば、彼女は助からない」
「彼女って、誰だ?」
既にアーバンの心の中には答えがあった。ただ、それを誰かに否定してほしくて縋った問いも、あっさりと彼に打ち砕かれる。
「お前の妹だろう? マリアは」