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第八章 第七節 見えない未来

「この世界のどこか?」

「と、思う」

困惑するフェイトとアルスを置いて、シンの表情は深刻だった。アルスの報告に対する彼の表情は困惑と言うよりも躊躇いだった。

「でもない、な」

「シンさん?」

戸惑う様な表情の揺らぎを見せるシンに、アルスはただならぬ物を感じて彼の顔を見上げる。

「この世界に鏡の一端があって、どこかにもう一つあるんだな?」

「はい。ただ、そちらがどこにあるかまでは。遠すぎるのか、そちらには防護がかけられているのかまでは分かりません」

「それで、もう一つは誰かの体の中」

「鏡だけの気配じゃないんです。何かと混ざっている様な、人間とか、動物とか少なくとも生きて動くものの中にいます」

一つ一つ確認して行くように発せられる質問に対し、アルスははきはきと答えていく。ただ、その確認作業が進むにつれ、彼の表情は暗い物となっていった。

「鏡と一体化したのか……?」

 誰にも聞こえないはずの呟きをぼそりと口にした後、彼は意を決して翼を開く。

「戻るぞ」

「どこにですか?」

 突然担ぎ上げられたアルスが驚きのままに問いかけると、彼は即答したまま飛び上がった。

「ハムレスだ」

「ハムレス?」

 翼を開いたタイミングでシンの背中に既に飛び乗っていたフェイトがその行動の意味が分からず首をかしげる。も、シンの目つきは真剣そのものだった。

「守るって、約束したから」


「全数値以上ありません」

「今日はこれで終わりかな。終わったらどうする? これから」

「今日はさすがに無理だろ。外で遊びほうけてたら何言われるか分からんぞ」

「ああ、あれか。来るならさっさと来てほしいねえ」

「じゃあお前が相手しろよ」

「はは、そりゃ勘弁」

 壁一枚向こう側から聞こえてくる研究者と思われる声から逃げるように、彼女は黙って廊下への扉を開いた。繰り返される検査と言う名の実験に対して、彼女は大した感想を抱いていなかった。ただ時が過ぎるのを待っているというだけの生活は、今の彼女にとって心地いいものだった。

「しっかしあの子まだ高校生だっけ? よくやるよ」

「上からの命令だ。とはいえ、研究部は独立してるからな。いい餌だろ」

「ま、前例の無い研究対象はそれだけで価値があるし」

 こうした会話も一度や二度ではなかった。学校でさえ交わされた事もある会話に、彼女は友達という概念を自身の中から消した。以前の学校でさえ結局彼女はハムレスの研究職に就いているエリートの娘、という評価でしかなかったのだろう。

 最近誰かと仲良く話したのはいつだったろう? と自身に問いかけてもても、あまりの記憶の少なさにすぐに彼女は考えるのを止めた。自嘲したくもなる自身の現状を笑ってくれる存在もいないというのは、不幸なのか幸福なのか、それさえ彼女には分からなかった。

「終わったのか?」

「はい」

 微笑を湛えながら返事をするのも様になってきていた。白谷が気づいてるかどうか等、彼女には関係なかった。

「綾香が探してたよ。もう少し――」

「分かりました」

 彼の言葉を最後まで聞くことなく、彼女は歩き出していた。今では教室とどこかの部屋と、自分の部屋を往復するだけの毎日だ。綾香に見せられる顔など無いし、もし知られればそれこそ彼女の生きる理由などどこにも無くなってしまう。

「無理だよ、もう」

 結局綾香の部屋に向かうこともせず、彼女は自身の部屋の扉を開けた。ライトも時計も取り外された、静かな部屋。昔は嫌いだった暗闇が、今では唯一の心安らぐ場所となっていた。

「このまま目が覚めなければいいのに」


「お姉ちゃんが?」

 食堂で他の隊員と語らっていた綾香は、白谷の姿を認めて駆け寄った。聞きたい話題は一つしかないと分かりきっている白谷の声は、期待に応えられない自らの自責の念で溢れていた。

「さっき声を掛けたんだが……駄目か」

「後で様子を見に行ってみます」

 それでも健気に微笑む綾香の笑みは、彼女と違ってこちらに痛みを与えないものだ。どうすればそんな表情ができるのだろう、いつも彼は心底不思議に思っていた。

「すまんな。シンもどこに行ったんだか」

「大丈夫ですよ。すぐに戻ってきます」

 結局、何をできることも無い日々が続いていたのは彼も同じだった。今も緊急事態であることは間違いないのだが、感覚が麻痺したのか、この世界の住民たちは今の状況を静かに迎え入れていた。犠牲者が出ていないこともあるのだろうが、マリアの影響力の大きさもそこには影響していた。

「そうだな」

 彼女なら何とかしてくれる。そういう期待を、綾香もシンに持っているのだろうか。どうにもならない希望でも、持たないよりはまだ心を保つには必要なのかもしれない。

「また後で、夕飯でも奢ろう」

「何でもいいですか?」

 意地悪げな表情で微笑む彼女に、彼もまた精一杯の笑みを浮かべた。

「ま、食堂だけどな」


「どう考えてもおかしいのは、これだけじゃない」

「はい?」

 アルスとフェイトの帰還を待つ司令室で待ち続けているルークとひかりは、これからについて協議していた。異世界からの情報は全く入ってこず、異常事態だけは次々と起こるというかつてない状況に加え、主要な戦力はどこにいるのやらという状態の中、今の所あてにできるのはひかりだった。戦いぶりを見る限り純粋な戦闘力だけならフェイトやアルスやルークを超える彼女は、現在この世界のエースだ。

「ルーデもロイヤルナイツからも返事が無くてね」

「ルーデ?」

「まあ、この世界の変なもの研究組織、って認識でいいよ。巫女寄越せっていう要求を突っぱねたらその後音信不通。子供じゃないんだから」

「巫女さん?」

大仰にため息をつく彼に、ひかりは一つの単語に反応して一人の人物を思い浮かべる。最近は顔を見ないが、穏やかな笑みを湛える静かな女性。

「止めろとは言ってるんだけどね。こんな長い間調べて何も分からないんじゃ、やる意味も無いし。けどあっちもトップも頑固でね」

「沙耶香さん?」

やはりそうらしい、とひかりの顔が明るくなる。最近は用があるから、と会う機会も少なくなっていたが、何やら大変なんだな、ということは理解できた。

「ああ、知ってたの? そうだよ、妹さんもっていう要求を突っぱねて引き受けてるんだから凄いと言えば凄いけど、近いうちに潰れるね、あれじゃ」

「そう、なんですか……」

「ま、そう言っても仕方ないし。近いうちに僕や君も直接行く事になるだろうから」

「分かりました。全て終われば、する必要も無くなりますよね?」

 強い意志を持つひかりの言葉に、ルークは何か言っただろうかと首をひねる。

「何が?」

「何でもありません」

そんな彼の問いかけに、ひかりはただ微笑んで友人のためにひっそりと心の中で誓いを立てた。

「頑張ります」

「アルス、フェイトそれから……シンの反応もあります」

 直後、電話のベルが鳴り響き、隊員がすぐに応対に出る。短いやり取りの後、ルークの方に振り返る。

「シン!?」

「本当ですか?」

 驚きと、喜びが入り混じった声にひかりも何だか嬉しくなって歓声を上げた。ようやく役者が戻りだした感のある事態に、室内の意気も次第に上がる。ルークはそんな喜びを一旦胸にしまい、すぐに冷静な声に戻して指令を出した。

「すぐにここに通してくれ」


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