第八章 第三節 つまり無能
「あらら、海の上か」
そうして世界が着々と現実を知り始めていた頃、リースはカノンの姿を視界に捕らえていた。ものの、その姿はもう水平線の遥か彼方だ。
「仕方ないなあ」
飛べないなら飛行ユニットを付けるのが常だが、そんな事ができる状態で無いことくらい彼女にも分かっている。彼女は一言自分を納得させるように呟いてから、一つ息を吸って海に飛び込んだ。
「あんまし上手くないんだけどねえ」
ぶつぶつと愚痴を吐きながら、それでも常人は到底追いつけそうも無いスピードで彼女は水中を進み続ける。が、やはりカノンとのスピード差はいかんともしがたく、
「何でロケットとか付けてくれなかったんだろ」
愚痴も同じような速さで吐き出され続けていた。と、
「ご苦労様ですね」
皮肉なのか本当に感心しているのかよく分からない声が直接脳内に響いてきて、リースは自分の頭を疑った。
「嘘!?」
使われるのは普通の人間が使う機械により生み出された信号ではなく、自分達が普段使っている信号に近い。もしや仲間かと急いで浮上した彼女が見たものは、
「こんにちは」
やけに愛想の良い笑顔を浮かべた金髪美人だった。
「……」
「泳ぐの上手いんだ。びっくりした」
「……どうも」
自分とそう見掛けの変わらない少女と言ってもいい女性が、背中にフライトユニットを装着して浮いている光景を目にして言葉を失うリースに、彼女はそのままの口調で思ったままを述べていく。
「カノンが止めとけ、って言うから来たけど、止めたほうがいい?」
「カノン?」
「そ、あのわがまま」
「知り合い?」
用件によっては、戦闘になる。とはいえ、この不利な条件化では一方的になるかもしれない、とリースが覚悟を固め始める。
「誘拐犯かな。私は寧ろさらわれた可愛そうな子」
「誘拐犯?」
「砂漠にいたんだけどね」
「ああ……」
その一言でリースが彼女の境遇を理解できたのは、一重に彼女たちの立場が非常に近かったからに過ぎない。となると使用されているプログラムも恐らく限りなく近いものだろう。
「あなた、ライト?」
「誰かから聞いた?」
「いや」
その容姿と、境遇を思えば特定は簡単だった。となるとカノンのした事はあながち間違いでもなく、むしろ好感が持てて彼女としては複雑な気持ちになる。
「それで、カノンはどうする気なの?」
「本丸を潰すんだって」
「ありがと。あと、カノン別に誘拐犯じゃないよ。感謝してあげて」
「え?」
短時間の会話で大した武装も無いと看過したリースは再び海水の中に身を沈めた。居場所は簡単にばれるだろうが、流石にあれを背負ったまま海の中に入ってくる事は無いだろう。本丸がどこにあるか知っているのなら、後は彼をつけさせてもらうだけだ。
「っていうか、性格似てそうだなあ」
言わば自分立ちの祖先のような物だ。初期に作られたリースはライトと共通してある部品も多く、先ほどの通信といい言葉といいどこか似通っている。
「ティスが羨ましいよ。ほんと」
と、今はいない妹の様な存在を思い返しながら、彼女はできるだけ深い海を猛烈な勢いで進み続けた。
「潜っちゃったけど?」
「分かってるよ」
一応二人の会話を聞いていたカノンは、予期していた通りの報告に、投げやりに答えを返した。結局これでリースが最後までついて来るのは目に見えており、目的地までの距離を考えれば振り切る事もできない。
「仕方ない。そのままリースの上で待機」
「つまんないなあ」
「来ても邪魔」
ライトの不満を一蹴し、通信を切り掛けたカノンの指を押しのけるような形で、ライトの声が割り込んだ。
「ああそうだ。あんた本当に誘拐犯じゃないの?」
「分かって言ってないか?」
「んー、半信半疑かな」
いい加減、自分が置かれていた状況を理解してもらいたいのがカノンの本心だったが、いかんせん単なる親切心だけで助けたわけでもないため彼女に教える事てはおらず、また教える気もさらさら無かったが、どうやらやっと疑問を持つレベルにまでは至ったらしい。
「その潜ってるのにでも聞いてみればいいだろ」
それでも素直に教えるにはまだまだ気が引けて、今度は彼は問答無用で通信を切った。
「ぷはっ!」
その数十分後、リースはようやく辿り着いた陸地に手をかける、とその手を取るもう一つの手があった。
「息してないだろ」
「気分、気分」
答えてからリースは何故自分は手を取られているのか、という疑問が浮かび、次に該当する人物が二名しかおらずその両名とも良好な関係ではない事を思い出し、すぐに腕を引っ込めた。
「何でここに?」
「それはこっちの台詞なんだけどね」
「さっさと用を済ませば?」
ここがどこなのかは知らないが、まさか馬鹿正直に待っていられるとは思っていなかったリースが口を尖らせる。自分の策的範囲内から出られないよう移動だけに意識を集中させたのが、こんな結果になるとは流石の彼女も予想していなかった。
「それがそうもいかないみたいで」
「制限がかかってる。それも翼を中心に」
ライトの言葉に続いてうんざりとした彼の言葉が続く。
「制限?」
「何らかの干渉がかかってるのは事実なんだけど、僕の力の波長じゃ歯が立たない」
「つまり無能」
カノンの目がライトに向けられるも、そんな事を気にせず彼女の言葉は続く。
「それで、他の方の力も借りたいと」
「ライトがどうにかすれば?」
「力不足。勿論、君を入れてもね」
立場が立場だけに少しつっけんどんになる口調で返した彼女に、カノンが仕返しとばかりに返す。
「じゃあどうするのさ?」
今ここにいるのは三名。そしてその誰もが役に立たないのでは、ここにいるだけ時間の無駄だ。だが、カノンは予想外にもその問いに対する答えを用意していた。
「都合よく馬鹿強い力が来る気配があるから、それ待ち」
「馬鹿強い?」
そんなものいたっけ? という表情で返すリースに、何故かカノンは不機嫌な表情で短く告げて、空を見上げた。
「まあ、見れば分かるよ」




