第八章 第二節 顕現
「ここまで来れば大丈夫かな?」
「まあ、もう国境も越えたし、だから――」
国境どころかすでにいくつかの町も超えているだろう。いい加減この態勢を終えたいアルスは体をひねってフェイトの体からの脱出を試みた途端、そのすぐ前に降り立つものがいた。
「でもないな」
「シンさん!」
突然の登場にアルスが声を上げ、フェイトも目を丸くする。どこか慌てている印象を受ける様子の彼は、アルスたちの姿を認めてほっとした表情を見せた。
「大丈夫か?」
「今までどこに?」
「どこって、お前たちは?」
お互いの会話がかみ合わず、両者はこの緊迫した状況にもかかわらずポカンとした表情で現状を確認し合う。
「メイルにいたんですけど」
「あれ、何だ?」
「僕たちにも何がなんだか」
「メイルの人たちは?」
「とっくの昔に国外に」
「どうしてだ?」
シンにとぼけた様子は無く、本当に彼の説明を疑っているのが目に見えて分かる。さすがにフェイトも不審に思ったのか、遠慮がちに彼に尋ねた。
「……本当に、知らないんですか?」
「今、いつだ?」
アルスが今日の日付と時間を言い終えると、シンは難しい顔で思案に入った。
「ずれてる」
「え?」
「それとも俺たちが隔離されたのか?」
「シンさん?」
ようやく目の前の彼らの存在を思い出したのか、彼は何かを振り払い直面する現実に目を向けた。
「あれは、倒さないとやばいな」
「そうなんですけど、倒すには――」
「カノンと俺とカインで何とかってところか」
「カノンさんどこかに行っちゃってて」
「カインもどこ行ったか分からないからな」
戦力として考えれば、カノンがシンに変わっただけで大した変化は無い。寧ろ一対多数を得意とする彼に対してシンはそもそも戦闘向きですらない。
「本丸を潰さないと、どうしようもないな」
おそらくカノンも同じ考えに至ったのだろう。実際に戦った彼がそのような行動を取ったという事は、シンが行っても結局は同じ事だ。
「ここからなら、ロイヤルナイツか」
「シンさん?」
シンにとってみれば今のこの危機よりも気になることが一つあった。彼女の存在が、まだ誰からも耳に入ってこない。
「行くぞ。運んでやる」
そう言ってシンは二人を抱き上げる。スピードは出ないが、ここに置いてけぼりにしてもかわいそうだ。
「またこの格好……」
「かっこいいよ。アルス」
またもお姫様抱っこの態勢となりため息をつく彼に、シンの背中からフェイトが慰めの声をかけるも、アルスのぼやきは止まらなかった。
「ここまで嬉しくない褒め言葉貰ったの始めてだ」
「レイブンが行方不明?」
何故ロイヤルナイツに行くのか、というアルスの疑問にさも当然だと言う風に答えたシンは、アルスから聞かされた現状に首を傾げた。
「それどころかマリア様もどこにいるのかさっぱりで」
『聞こえる?』
と、現状の説明はふいの通信で途切れ、アルスは通信機を引っ張り出して耳に当てた。
「え? は、はい?」
『ライトだけど』
「はい」
フェイトとシンも意識を通信機からの声に向け、次の言葉を待った。
「シンかカインいる?」
「シンだけど」
「ああ、今から場所言うからそっち行って」
何故か突然の上からの口調に、シンの眉が若干ひきつる。そんな彼の様子を察したのか、アルスがすぐにフォローを入れた。
「誰だ?」
「カノンさんと一緒にいた人です」
「味方か?」
「多分」
敵では無いだろう。この世界から出たいのは確実であろうし、でなけてばわざわざこちらまで連絡を取ろうとはしない。とある場所を告げられたシンは、その聞き覚えのある場所に、一つの可能性を想定して問いかけた。
「カノンには?」
「もう伝えた。早く行ったら? 不味いんでしょ?」
「……分かった。進路変えるぞ」
決断を迫る彼女の言葉そのままに、シンは進路を間逆へと変えた。
「不在? こんな時に?」
「随分と暢気な組織だな」
受付でレイブンの所在を尋ねたカインは返ってきた答えに目を丸くし、隣のジャスティはその不可解な状況に首を傾げ、応答する隊員はその反応に苦笑を返す。
「迷子か? まさかお家が分からなくなったとか」
「馬鹿にするな」
「トップの居場所も分からないんじゃ馬鹿にしたくもなるって」
というよりそんな緊急事態にも関わらず、隊内の空気は異様だ。何より、いるはずの存在の気配が無い。
「カイン!」
「アーバン」
「お次はなんだよ」
ふいに後方から声がかかり、カイン、アーバンは両者驚きの声を上げた。
「お前どこ行ってたんだ! こんな時に!」
「こんな時?」
何の状況も分かっていないカインのアーバンが胸倉を掴む。抵抗しようともがくカインノ目に、泣き出しそうな彼の顔が写って、カインは動きを止めた。
「レイブン様もマリア様もお前までいなくなって!」
「マリア?」
「いなくなった!?」
アーバンがああ、という風に辺りの気配を探り、とっくの昔にその事に気づいていたカインはいなくなった、という確定された事実に語気を荒げる。
「あ、ああ」
「どこに!?」
「それが分からないからこんな事になってるんだ!」
一方的に攻められるアーバンもついに語気を荒げ、二人の間に一触即発の空気が生まれる。
「そんな話は聞いて無いな。報道管制でも敷いてるのか?」
そんな二人を他所にジャスティは受付の脇に置かれている新聞を手に取った。書かれているのはこの地域のニュースばかりで、特に世界の混乱は見受けられない。
「世界はそれどころじゃなくなってるから、まだ目立たないだけだ」
「それどころじゃない?」
カインから手を離したアーバンはもう一つの新聞をジャスティの眼前に突きだした。一面にはメイル王国の現状が詳細に述べられ、これからの展望などを有識者がコメントを出していた。
「読んでくれ。話はそれからだ」
「お前さん、苦労してるな」
ジャスティが労わりの言葉を思わず送り、カインは予想以上の事態の進行に顎に手をやって何かしら考え込み始めた。
「お前、どこに行ってたんだ?」
「どこって、なあ」
ジャスティが困ったようにカインに目をやるが、反応は無くアーバンは途方に暮れる。
「何かあったのか?」
たまりかねて放った質問にも、アーバンの答えは歯切れが悪かった。
「意識が途切れてそれっきりだ」
「意識が?」
「その間にメイルが戦争起こしてカノンにフルボッコされたなんて、こっちとしては驚き以外の何物でも無いさ」
意識、というよりも存在そのものがこの世界から消えていた感覚に近い。本来ならあるはずの空白すら存在せず、眠っていたというよりは時間を飛び超えてワープしてきたような気持ちだ。
「宣戦の理由は、分かっているのか?」
「状況が錯綜しているらしい。そもそも、彼らの間でさえどうしてこうなったのか分からないらしいから」
現在行われている政府上層部への尋問は進んでいるが、未だ目ぼしい情報は得られていない。拷問や自白罪の使用も辞さない構えのロイヤルナイツを他の国がかろうじて食い止めている状況だが、それも時間の問題だ。
「推定ばかりか」
「現地からの報告があってもいいんだが、まだこちらには届いていない」
「んで、どうするんだ? ここは?」
考え込む二人を余所目に、ジャスティは備え付けられているテレビに目をやる。別室に移動していた彼らに動く術は無く、時計の針は刻々と進んで行く。
「ハムレスは今誰が指揮を取ってる?」
「お前、ハムレスの指揮権持ってなかったっけ?」
「今は違うだろう。恐らく」
アーバンの疑問は最もだが、一番の緊急事態に行方不明になっていた人間を待っているほど素直な集団でも無いだろう。そもそも、あんな体制が長続きしないことなど下院本人も分かっている。
「邪魔者扱いされてるんじゃねーか?」
そんなジャスティの軽口も冗談には聞こえない。あの実力者が多数集まっている空間を支配し尚且つ時間を止めるなりしても、何のメリットも無いだろう。存在を消されていないという事は、まだ自分たちにも利用価値があるのかもしれない。誰かにとっては。
「可能性なら幾らでもある。今考えても――」
ふいに言葉が途切れた。テレビに映る画像に視線が向けられるや否や、その表情が止まる。すぐに様子がおかしい事に気づいた事にアーバンとジャスティがすぐに彼に視線を重ね、同じように固まった。
「おい……」
「ジャスティ」
「ちょっと待て。少し時間がかかる」
アーバンが言葉を失う間にも、カインの言葉に応じてジャスティの表情が固まる。
「何だよこれ!? 数が!?」
何故これまで気付かなかったのか、という数がメイル上空に漂っている。何か頭がもやもやした感じが取れず詳細な数は掴めないが、一つだけ言える事があった。どう考えても異常だ、この事態は。
「カイン!」
部屋の外も騒がしくなってきた。どこが中継しているのかも分からないデータに、世界中が動き出すのも時間の問題だ。
「本気なんだろう。奴らは」




