第八章 第一節 偶像
「どこだ? ここ?」
目が覚めると見慣れない天井が見えた、という状況は彼にとってそう珍しいものではないが、どこをどう見ても重い当たる場所が彼の脳内には存在せず、彼は目をパチクリさせて飛び起きた。
「大丈夫か?」
「はい。寝坊さんが起きた所で」
「自業自得だ」
「まあそう言うなって」
四者四様の声が周りから聞こえてきて彼が見渡すと、そこにはそれぞれが壁にもたれ掛かる形で彼に視線を向けていた。
「さて、どうする? カイン」
「どうにもこうにも、契約破棄だ」
「カイン!?」
ようやく視界がはっきりした彼の目に写ったのは、さきほどまで目の前で戦闘を繰り広げていた四名の姿だった。とはいうものの、その雰囲気は険悪と言うより寧ろ穏やかなものだ。中々状況が読み込めずさっぱりしない彼に、ジャスティがクスクスと笑い声を立てる。
「お前、そこまで驚かなくても」
「どうなってんだよ?」
少しばかりの苛立ちが込められた彼の声にも、他の者の反応は柔らかい。結局ふて腐れて黙り込む彼を慰めるようにリースが説明を始めようとする。
「それがこの子はねえ」
「黙れ」
「マリア様守りたい一心でねえ」
「……」
説明になっていない説明にさえ俯くカインの反応に、戸惑うシンは救いを求めるようにキュラスの方に説明を求めた。
「契約だ」
「何のだよ」
「マリアの能力は我々の物を遥かに超える何かだ。それを渡せないと言うのなら、お前がその変わりになれ、と」
「もう少し分かりやすく」
「自分が犠牲になるからこの子だけは助けて」
結局必要以上に説明口調となるキュラスに変わって、リースが妙に演技じみた口調で説明を終えた。手を胸の前で組んでさぞ乙女のようなポーズを取っている何かのギャグだろうか、と考え込むシンにカインが何も気にしていないと必死に装って短く呟いた。
「王の頼みだ」
「かわいいねえ」
「男だが、少しやり方がな」
「王の?」
一人会話に取り残されたシンは、そのやり取りにマリアの存在をようやく思い出した。
あの場にいたのは五人、これでは一人足りない。
「なあ。それなら何でこんな事になってんだ?」
「体よく切り捨てられたのだろう。この男は」
「かわいそうに」
「俺はあいつらを信じてたわけじゃない」
「はいはい。王様のお願いだもんねえ」
関係なく再開される彼らのやり取りの中に、焦りは無い。どこか落ち着いた雰囲気が続行される中、彼は一つ気付いた。
「それで、マリアはどこにいるんだ?」
「ロイヤルナイツだろう?」
「何いきなり深刻な顔して」
間違いない、どう考えても落ち着きすぎている。というより、始めからその件が大した問題じゃないかのように振舞う姿は――。
「分かった」
そう彼が言葉を形にした瞬間、彼らの体は鎖に貫かれ宙に浮いた。
「お前たちは違う」
言い終えた瞬間、四つの彼らだったものは消え、消える前の森の中の景色が彼を取り囲む。ふっと息を吐き鎖を手の内に消した彼の肩は、その次の瞬間叩かれた。
「こっち」
「!」
「本物かい?」
「あ、ああ」
一瞬ぎくりとしたが、ニセモノなら今頃彼の体は遥か彼方だ。一瞬の緊張から解き放たれ息を吐く彼に、リースは周囲への警戒を続けながら口を開いた。
「そっちにも現れた?」
「そっちもか?」
そっちにも、というからには彼と同じ様な情景が彼女にも見えたのだろう。彼らの他にはまだ誰もおらず、まだあの夢の中にいるのか、あるいは既にどこかへ行ってしまったのか彼らには判断が付かない。
「カインのあれ。本当かね?」
「……」
考えるまでも無い問題だったことに気付くのに、そう時間はかからなかった。
「直接聞けばいい」
ニセモノなのか現実なのか判断は付かないが、そんな事はどうでもよかった。気配は無いとは言え、ロイヤルナイルに押しかければ全て片付く話だ。
「待って」
「うわっ」
飛び立たんと翼を広げた途端肩を掴まれシンは思わず前につんのめる。
「何だ?」
「何かおかしい。ちょっと待って、まだ上手くサーチできない」
シンの問いかけには答えず、彼女は頭に手を当てたまま機能停止したかのように全ての動きを止めた。完全に無表情となった彼女に何事かと身構える彼に彼女はすぐに表情を取り戻してその顔を険しい物に変えた。
「六千、いや八千?」
「今度は何だよ」
何やら不吉な予感がして、今度は彼がその表情を険しくする。段々と鮮明になっていく情報を整理したうえでリースが結果を彼に伝える。
「メイルの上を何かが覆ってて、中が隠されてる? あ、カノンが出てきた。ライトがいるみたい」
「次々だな」
現在がどうなっているのか彼らには全く掴めない。カノンが引き起こしたのか、ライトが何かを知っているのか。
「どうなってるんだろうね? カノンとっつかまえたいけど、少し遠い上に速い」
「カノンを追ってくれ。俺はメイルに行く」
シンにとってはメイルの方が気がかりだ。本当にそれだけの数がいるのなら中の人は悲惨な事になっているだろう。
「了解。また後で」
「ああ」
そう言って二人はすぐに別れる。シンはメイルに、リースはカノンに全ての機能を集中させ全速力で追いかけ始めた。
「どこだ?」
「さあてねえ?」
同刻、レイアーデラ南部にあるとある海岸でカインとジャスティは途方に暮れていた。何かに包まれたと思い目を閉じ、覚ました途端周囲は見慣れない風景な上、共にいるのは先ほどまで戦っていた男。
「メイルが凄いな」
「それがどうした」
ジャスティも目を覚ますなりメイルの惨状に目を丸くするが、隣のカインはしたり顔でそっけない反応を見せる。
「心配にならないのか?」
「どうせそこにはいない」
「誰が?」
決め付けたように吐き捨てる彼の反応をいぶかしむ彼の様子をあえて無視して、彼は翼を開いた。
「さあな」
「マリアか? いたもんな、あそこに」
「生贄は、誰だ?」
「はあ?」
無意識に呟かれたカインの言葉は当然彼の耳にも届いたが、そんな彼の問いかけにも彼は特に何も答えることは無かった。
「いい」
「どこ行くんだよ?」
「ロイヤルナイツに戻る」
「連れてけ」
飛び立とうとしたカインの足にしがみついたジャスティと瞬間目を合わせ、ため息をついた彼はそのまま強引に飛び立った。
「勝手にしろ」




