第七章 第十節 侵食領域
肩が外れ、その中に収納されていた小銃が顔を出した。味方に当たる心配もなくなったフェイトは遠慮もなく周囲に銃弾をばら撒き続けていた。
「まだまだあ!」
限りある銃弾がどれだけ持ってくれるかは相手の数次第だったが、後の事など何も考えていない彼女の戦闘は圧巻の一言だった。大型の相手にはひたすら距離を取り、地道に時間を稼ぐ戦闘方法は戦果こそ少ない物の充分な時間を稼いでいた。
「どこにいるんだろ?」
そんな彼女の脳裏に浮かぶ少年の姿はいまだどこにも見えない。彼女の聴力と視力をもってしても見つける事のできないまま、いつしか彼女は自分が追い詰められていることに気付いていなかった。
「行き止まり!?」
振り返れば大群が見え、見下ろす崖の下には何も見えない。
「どうしよう……」
ここまで来てしまったのか、はたまた相手の狙い通りなのか。底知れない恐怖を感じたまま一歩ずつ後ずさる彼女に、とうとう彼らは追いついた。迫る手を振りほどいた先に闇 が見えて、彼女は踏み越えてはいけない一線を越えた。
「っつ!」
覚悟を決めて目を閉じた闇の先に、誰かが見えた気がした。
「フェイト!?」
「クロノ!?」
半ば宙に浮いた形となっている彼女を支える形で、クロノが立っていた。お互いにわけの分からない、といった顔をしている内に、後ろから何かが動く気配がした。
「カノンさんは?」
未だクロノを見つめ続けるフェイトを自分の方に引っ張りながら彼は周りに視線を向ける。
「え、離脱したけど」
「探さないと」
それからフェイトの手を引いて走り出した彼に引かれながら、彼女はまるでヒーローの様な彼の登場に笑みを隠せないまま問いかける。
「何かあったの?」
「分からないけど、何か」
そんな彼女の笑みにも気付かないまま走っていた彼は突然何かに気付いたように立ち止まり、後をフェイトは走っていた彼女はそのまま彼の胸に飛び込む形になる。
「って、フェイトどうしてここに?」
カノンがいないのならひかりもとうの昔に離脱しているのだろう。ざっとクロノが感じ取った数だけでも並みの数ではない。ここで一人で戦っていた意味が彼にはとっさには分からず、間抜けな発言をした彼に彼女は怒り半分悲しみ半分で彼の胸を叩きつけた。
「心配だったからだよ!」
「あ、えと……ありがと」
考えて見れば自分でも同じ事をしたかもしれない、と悟った彼はそのまま視線を合わせる事もできず、あらぬ方向を見ながら小さく呟いた。
「いいよ。生きてるから」
「は、早く探そう!」
結局彼は彼女の顔を最後まで見れないまま話題を元に戻した。が、その理由は未だ彼女には説明されていない。
「それ、どうして?」
カノンならば放っておいても何とかなるだろう。何せ現在世界最強の存在だ。寧ろ自分たちが呼びに行けば彼の足手まといだろう。
「何かが下にいる。それが何かは分からないけど」
「どこにいたの?」
「分からない。こことは違う気もするし、でも何か嫌な気がする。良く分からなくて、ごめん」
もし彼らの事を話せば、彼女はきっと気にするだろう。もしかしたら探しに行くかもしれない。追われていた時の恐怖を今は振り払い、彼は少しの嘘を付いた。
「探そ」
「急ごう」
そんな嘘に気付かず彼女は手を彼に伸ばした。そんな彼女が何となく頼もしく思えて、彼もまた手を伸ばした。
「じゃ」
「やっぱりこうなるんだ……」
と、伸ばした腕は彼の手を通り越して体を担がれ、彼は例の体勢となった事にため息をついた。緊急事態ではあるが、正直心地いい気分ではない。そんな拗ねた表情もおかしいのか彼女は充分に足に力を込めると、先ほどとまでは比べ物にならないほどのスピードでかけ出した。
「急ぐよ」
「誰か、聞こえない?」
少しいらいらした口調でカノンは全周波数を使って辺りに緊急事態の旨を告げていた。彼でも経験した事のない規模の集団は徐々にその侵食領域を拡大している。このままでは一週間とこの世界は持たないだろう。
「どうでもいいけどね」
「何してるの? 全世界に声響かせて」
返ってきたのは期待していた人物とはかけ離れた声だった。カノンはスピードを緩めることなくうんざりとした口調で返した。
「そこから応答できるのはお前くらいだ」
「何? ゴキブリでもわんさか出た?」
「もっと性質が悪い」
どうやら状況は把握しているようだが、どこか口調が軽い。密集度が高すぎて正確な数が把握できていないのだろう。彼が倒そうと思えば一月はかかりそうな莫大な数の相手をしている暇は今の彼には無かった。
「逃げてきたんだ」
「元が分からないと意味がない。それこそ無駄死にだ」
からかっているのか非難しているのかイマイチ掴めない言葉にカノンはいつもの如く反論を返さずにはいられない。
「他の子達置いて?」
「勝手に残っただけだ。そこまで世話好きじゃない」
「じゃ、何で必死になってるの?」
こうなると最早ごまかしようが無かった。あまり直視したくない現実を、彼は憎憎しげに吐き捨てた。
「切り離される。表から」
「もう少し詳しく言うか分かり易くしてくれる?」
初めて聞く単語に彼女が戸惑う中、彼の頭は別の方に向いていた。答えを簡単に返しつつ、彼の瞳には殺意が宿る。
「この世界から出られなくなる」
「緊急事態ね」
流石にライトも口調を改めた。このままではこの世界どうこうで無く自分たちの安否でさえ保障できなくなる。
「首謀者が内側にいる。誰かは知らないけど、大方ハムレスの誰かだろうさ」
ここまで大規模だと流石に外からだけでは無理がある。おおかた相手の予想が付いていたカノンはとある場所へと進路を向けた。
「ルーク?」
「違う。抜けてった連中だろうね。暇だね、全く」
彼にここまでの力は無い。疑うなら彼より上にいた人物、となるともうそこに位置する人物は限られる。
「どうする気?」
「本拠地を叩く。今から探せる?」
「ありったけの情報寄越しなさい」
早ければ早いほどこの彼らの命もこの世界が助かる可能性も高まる。何やら上手い事協力させられているようでカノンは面白くなかったが、いかんせん状況が彼のプライドを優先している場合ではない。
「周波は多分この世界のものだろうね。アルスが狭間に落ちてたからひょっとすると彼から何か信号が来るかも。まあ、ここまで大規模だ。必ずなにかしらのひずみが出る。時差とか、気温とか、」
「見つけた」
「島?」
「知ってたの?」
拗ねたような素直に驚いているのか相変わらずの良く分からない感情が込められた言葉にカノンは自身の勘の鋭さを呪った。場所が場所だけに彼一人でやるしかない。
「今向かってる。アルス達から連絡が来たら逃げ回っとけって伝えて置いて」
「はいはい」
そういい置いて彼女は通信を切った。カノンはカノンでこのまま世界が切り離されるのを黙って見過ごすわけにもいかず、渋々そのスピードを上げた。
「全く、舐めた真似をしてくれるね。この世界は」




