第七章 第八節 無題
「ここかなあ」
アルスは適当に見当を付けて身を屈めて軽く瓦礫を払った。ひかりとフェイトが彼の背中から覗きこむ中、黙々と彼は作業を進めて行くと何か硬いものに当たった。
「何かある?」
「待って。まだ、もう少し」
アルスが最後の瓦礫を横にずらすと、地下への階段が現れた。どうやら壁のレンガのどれか一つをずらせば簡単に開くものだったらしい。これなら大した力も無く開けられる。
「壊す必要なかったなあ」
「ごめん」
他意なく発せられた言葉にしゅんとなるフェイトに、彼は慌てて否定した。実際、後で何を言われるか分かった物ではないが、何故かこれ以上責めてはいけない気がした。
「いや! まあ、直せば何とかなるよ」
「かなあ」
それでも尚表情の晴れないフェイトに困り果てたアルスに、ひかりが助け舟を出した。
「それより、これなんだろうね?」
「ここから来てるのかもしれない。あれ」
スペースとしては人一人分の幅しかないが、この下に何かあるのは間違いないだろう。もしかしたら何かしらの繋がりが出てくるかもしれない。
「僕がいって来るよ。何かあったら知らせるから」
「一人!?」
「狭い所じゃひかりは不利だし、フェイトも何あった時上に知らせる手段が無いし」
狭い所であんな高威力の技を使えば部屋ごと吹っ飛びかねないし、フェイト一人を行かせる気にはどうしても彼はならなかった。
「大丈夫。なにかあったらすぐに呼ぶから」
「本当?」
「うん」
その答えを聞いて尚心配そうな表情を止めないフェイトに、ひかりがそっとフェイトとアルスの手を取った。戸惑う彼らに、ひかりは三人の手を重ね合わせた。
「ほら。アルス君も約束してるし、フェイトも信じよ?」
「ひかり……分かった」
納得したのか、最後に少しだけ力を入れて握ったあと、静かに離した。
「じゃ、すぐに戻ってくるよ」
「やっぱりね」
それから少しだけ時間が経った後、カノンはメイル王国の領内に差し掛かっていた。アルスの例の術を追ってここまで来たものの、それからはパタリと信号が止んでいたため、カノンは少しの逡巡の後、適当に見当を付けて再び速度を上げた。
「暗いなあ」
アルスは地下への階段を降りていきながら、ともすれば不安になる心を懸命に奮い立たせて足を動かしていた。こんな所で弱気になっていては彼女たちに合わせる顔がない。
「よし!」
改めて気合を入れなおして階段を降りて行く彼の前に、一つの扉が現れた。古びた錆びだらけの鉄製の扉で、何やら彫ってあるようだが暗くて良く分からない。
「あっ」
輪っか状の取っ手を軽く引くと、見た目の重厚さとは裏腹にそれは簡単に開いた。
「電気とか……あるわけ無いか」
仕方たがなく彼は虎の子の小型ライトを取り出した。どれだけ広いかは大体先ほどの捜索で把握していたため、なるべく使いたくは無かったがこうまで暗いのでは何も見えない。
「え……?」
光を付けた瞬間、予想より遥かに狭い部屋が現れて彼は思わず周囲をまじまじと見渡した。古ぼけた木製の机と、椅子が一つ。他には何も無い部屋は、実際の温度よりも部屋の温度を下げている気がして、彼は自らの腕を強く握り締めた。
「これ、何だろう?」
机の古びた紙切れが一枚置かれてあるのを見て、アルスは紙の上に積もった埃を払って手に取った。この世界で使われている文字ではないが、何とか彼にも読める言語だ。その言葉の意味が分からないまま、彼は一文字ずつそれを読みあげた。
「リ、レ、イ、フ? 何だこ――」
紙から眩い光と衝撃が放たれ、アルスは部屋の外まで吹き飛ばされる。何とか意識を繋ぎとめたものの、何が起こっているのか良く分からない。すぐにひかりとフェイトに合図を送ったものの、あるはずの階段は消えていた。
「一体何が!?」
何とか立ち上がってはみたものの、再び襲ってきた衝撃についに彼の意識は途絶えた。
「何だろ?」
地面が震えた気がして、フェイトは柱によりかかっていた体を起こした。入っていってからまだ5分と経っていないはずだが、先ほどから体はそわそわして落ち着きが無い。
「何かあった?」
「よく分からないんだけど、まただ」
何も気付いていないのかひかりがきょとんとした顔をする中、また振動が伝わってきてフェイトが顔を顰める。何かあれば伝えるとは言われている物の、これでは心配するなと言うほうが無理な話だ。
「やっぱり行ってくる!」
「フェイト!」
走り出したフェイトが再び入り口に戻ってくると、そこにあったはずの階段がどこにも見つからない。確かに振動は伝わってくるものの、それだけだ。
「え? ここだったのに」
あるのは瓦礫と地面と、彼女だけ。試しに手で地面を抉ってみても、瓦礫をもっとどけてみても結果は同じで、彼女は困惑を隠しきれない。
「フェイト!」
「ない! どこにも!」
追いついたひかりの服を掴んでフェイトが焦燥に駆られた声で叫ぶ。いきなり迫られてどうしていいか分からない彼女は、フェイトの急変振りに事態が上手く掴めない。
「何が?」
「いないの!」
「階段、どこいったの?」
ようやく気付いたひかりがフェイトに詳細を尋ねようとした瞬間、彼女たちの傍らに降り立つものがいた。
「ずれてるね」
「カノン!」
敵意を込めて向けられたフェイトの視線を軽くいなして、カノンが状況をざっと分析する。何かの反応を感じて駆けつけてはみたものの、彼にもそれ以上の状況が掴めない。
「僕は何もしてないよ。それより、早くここから離れた方が……」
唖然とした顔で空を見上げたカノンの視線を追って彼女たちが空を見上げると、無数の、それでいて様々な何かが思い思いの表情でこちらを見下ろしているのが見えた。
「何……あれ……?」
前回見たような大型の物から、彼女たちと変わらない人間サイズの物まで、多種様々な物が入り乱れている様は、異様であり、ある種威容だった。
「来る」
ひかりが呆然とした表情で呟いた瞬間、それらはすさまじい勢いで彼らに降りかかった。