第七章 第六節 虚像の中で
「暑かったり、寒かったり」
ちらほらと雪も降る中を、アルスとフェイトが歩いていた。メイル中心部に人影は無く、寂しげに省庁が並んでいる。カノンの反撃から一転して追い込まれたメイル国は全てを他国の管理下に置かれ、国内を各国の役員が調査中だ。
「まだ服着る?」
そんな中、侵攻を食い止めた英雄だからかハムレスは特別に最初に中心部に立ち入ることを許されていた。カノンが暫定的に自身の身分をハムレスとしたためだったが、アルス達にとっては好都合だった。
「いいよ。どうせ中は暖かいだろうし」
「ここだね」
「誰もいないなあ」
フェイトと共に中に入ると、がらんとしたホールが彼らを出迎えた。王家とは一線を画していた政府の中心、大統領を始めとした政府はどこかへ亡命でもしたのか行方が分からず、現在は周囲の国が各種産業を管理していた。
「何も無い……」
「そういうレベルでもないような」
フェイトが試しにと入った部屋の入り口で立ち尽くすのを見て、アルスも彼女の背中から覗き込むとなるほど、机どころか塵一つ無い空間が広がっている。どこもかしこもコンクリート剥き出しの建物内はどう考えてもおかしい。
「使われて無いのかな?」
「でも、つい最近までここは使われてる」
カインにアーバンにシンにリース、内三名は今はこの世界にはいないものの、アーバンの証言は嘘では無いだろう。つまり、ここ数日の間に何かが起こったという事だ。
「ここにいてもしょうがないなあ」
「はい」
外に出ると心なしか雪が強くなっており、アルスは思わず身を屈める。と、制服の上からもう一枚制服がかかった。
「フェイト? 寒くないの?」
これではフェイトはシャツ一枚だ。いくら普通の人間とは違うつくりとはいえ感覚が無いわけではない。
「平気。調整できるから」
「ありがと」
何でも無いように首を振る彼女に対し、アルスはその好意をありがたく受け取った。
「どういたしまして」
「ひ、ひかりはどこに行ったんだろ?」
返された笑顔をまともに見返すこともできずに、アルスは空を見上げた。ここに来るまで同行していた彼女は周囲の安全を確かめるために空から偵察に出ていた。
「末端の施設に入っても仕方が無いね。軍司令部に行こう」
少し距離はあるが、歩けない距離ではない。いざという時に備えて首都から離れた所に目立たず位置する司令部には、安全が保障できないというカノンの忠告の影響でまだ誰も踏み入れていなかった。
「何が出るか分からないんだよ」
確かに今は何もいないが、いつ出てくるか分からないのだ。フェイトの危惧も当然だったが、アルスの興味はそれを上回った。
「大丈夫。対策はあるから」
「ひかりちゃんは?」
「フェバルエヲ」
九つの球が周囲に現れ、どこかへと飛んでいく。自らの居場所を知らせるそれは、アルスが呼び戻さない限りひかりに彼らの居場所を示し続ける。
「これで大丈夫」
「気を付けなくちゃだめだよ」
「分かってるよ」
改めて念を押され、ふて腐れるアルスは早足で歩き出した。
「こ、こ……?」
「そうみたいだね」
平然としているフェイトとは対照的にアルスは目前に建っている建造物の前に立ちつくした。似ているというレベルではない、瓜二つだった。
「どうしたの?」
流石に様子のおかしいアルスにフェイトが声をかけるも、答えが言葉となって出て来ない。
「似てる。僕のいた所と」
「本当!?」
もちろん規模は雲泥の差だが、形は丸々一緒だ。普通のビルの様な形ではあるが、ドアの形状や窓の配置、床や壁の色など共通点は腐るほど見つけられた。これで部屋の配置や机まで同じならもう彼のいた所と何も変わらない。
「何か、と言われても困るんだけど」
単純に彼が他の建物を知らないだけで、もしかしたらこの国とたまたま一致した可能性もある。これだけで断定はできないが、何故かアルスには胸騒ぎが鳴り止まなかった。
「どう? 三日でヒーローになった気分は?」
「別になんとも思わない」
逃げ込むように用意されたホテルのスイートルームに飛び込んだカノンは、着慣れないハムレスの制服を乱雑に脱ぎ捨てた。
「あらあら」
律儀に拾って畳むライトは、ベッドに倒れこんだカノンを見てやれやれと苦笑した。今もホテルの周りには数々の人間が取り囲んでいる。各国首脳にとっては厄介なものを排除できた上にマリアの失踪がカノンの陰に隠れて好都合なのだろう。数々の好待遇が用意されていたが、カノンの機嫌は優れなかった。
「見事な手のひら返しだよ」
「いいじゃない。石でも投げつけられたいの?」
「データは明日までかかるんだとさ」
少なくとも今日はここで足止めだろう。しかもこの状況では明日まで外におちおち出ることもできない。寝るくらいしかする事がなかった。
「膨大なんでしょ? 我慢しなさい」
「そうもいかないらしい」
アルスがひかりに送った術の気配を察知した彼は、ため息をついて起き上がった。せめて自分のいる時くらいまでは我慢しておいて欲しかったが、そこまで我慢強くもないらしい。
「助けてあげるんだ」
「お前のせいだ。これでデータ捨てられたらどうするんだ」
彼によって敵の大半は既に消されていたが、いつどこから出てくるか分からない。何かあって難癖をつけられてはたまらない。
「いってらっしゃい」
「ふん」
そうやって自身を納得させ、彼は窓から一気に飛び出した。




