第七章 第四節 命拾い
「どうしてここに?」
てっきりとうに異世界へ飛ばされたものだと思い込んでいたアルスが、敵だったことも忘れて問いかけた。隣に立つ彼女に良いように言いくるめられた事が気に入らないのか、カノンは不機嫌なままぼやいた。
「おさらばしようと思っただけだ」
「異世界へ?」
「勝手だろ」
とはいえ、わざわざ戦場真っ只中に降りてきた理由が見当たらない。他の世界に行きたければ勝手に行けばいい話しだ。こんな所にやって来ても彼にメリットはどこにもない。
「助けてあげればいいのに」
「ライト?」
隣に立つ彼女の顔を確認したアルスが半信半疑で尋ねた。資料で確認した顔と風貌が近い事からの推測だったが、彼女は驚くことも無くあっさりと肯定した。
「よくいる顔だし。他にも見た事ある?」
「いえ、でもどうして?」
「廃棄処分だったのを拾っただけだ。役にも立つし」
「廃棄処分?」
その言葉にアルスが首を傾げた。シリーズ化されているライトとフェイト等のシリーズは失敗品ならばともかく、ここまでの完成度を誇るなら実践投入されてしかるべきの存在だ。無傷のまま放置というのもアルスは聞いた事が無かったし、何か都合の悪いものでもあるなら記憶を消すなりしてしまえば言いだけの話しだ。わざわざ壊すメリットは彼らには無いはずだ。
「おかしいだろ? だからこうして運んでやったんだ」
「何言ってるの? あなた勝手に誘拐してきただけでしょ?」
「ちゃんと説明しただろ!」
「それで、どうしてここに?」
またもや始まった口げんかを制する形でアルスは待ったをかけた。助けてくれるなら現時点彼ほど心強い存在もいないが、前回の件でフェイトは完全に彼を敵視している。現に今も何も口を開かず、密かに戦闘態勢を取り続けていた。
「何で言わなくちゃいけない」
「ならば、通すわけには行きません」
歩き出したカノンの道を遮る形でアルスが前に立った。この先にあるのは第二ブロックだけ。先の戦闘で自分がメイルに通用しないことなど分かってはいたが、それでも黙って通すわけにもいかない。
「斬られたいのか?」
圧倒的な威圧感に震える足を懸命にこらえて、アルスは黙ったまま九つの球を周囲に展開させる。フェイトももはや殺気を隠すこともしないまま、三人が対峙する状況を崩したのは、彼女だった。
「何やってるの!?」
「痛!」
突然頭をはたかれ、前につんのめったカノンを思わずアルスは支え、二人は一瞬触れあった後、すぐに互いに距離を取った。
「何するんだ!?」
当然の様に彼女に詰め寄るカノンを簡単にいなしてライトは彼の胸に指を突きつけた。
「何意地張ってるの?」
「張ってない!」
「またそうやって逃げるの? 助けてあげればいいじゃない。困ってるんでしょ?」
「ええ、まあ」
戦力的には猫の手でも借りたい状況ではあるが、正直な所彼をルークやロイヤルナイツが欲しがるとはアルスには思えなかった。力はあっても心が子供なのでは使い道が著しく限られてしまう。
「敵わないんだ?」
「見てただろ!? さっきの!」
「見てた?」
「いえ」
「早すぎて」
ライトの意図を察したアルスとフェイトは顔を見合わせて、同時に首を振った。
「ほーら。弱いんだ、カノンって」
「弱くない!」
「だったら、この位朝飯前だよね?」
「当たり前だ! 見てろ!」
「単純なんだ」
飛び立っていったカノンを見送りながら、フェイトがぼそりと呟いた。続いてアルスが理想的な展開にライトの方に歩み寄る。
「まあ、こっちとしたはありがたいですけど」
これで少なくともここは無事だ。さきほどの戦闘を見る限り彼が負けるのは考えにくい。改めて彼の力と自分の力の差を嘆く彼に、彼女はひらひらと手を振りさらりと髪を手ですくった。
「私はそっちの事情知らないし。面白そうだったから言ってみただけ」
「面白そうって」
「あ、ごめん。不謹慎だった?」
死者は恐らく現時点で一万や二万と言うレベルではない。数億で済めば儲け物と言う現実を意識できないのはいかにもシリーズらしい考え方だが、アルスにとっては故郷も終わりかと思うと胸が少し痛んだ。
「それで、どうしてここに?」
「データが欲しいんだって。他の世界の場所とか何とか」
「データ?」
「必要なの?」
フェイトの問いにアルスは微妙な表情で頷いた。元々習得に大した技術を必要しない異世界への旅が広く行われていないのは行った先に何があるのか分からないからだ。着いた瞬間何者かに襲われて終了、という事も珍しくは無い。
「まあ、ハムレスはデータも豊富だから」
ならば、と言う事でハムレスが出した対抗策が世界のデータを集め統計化することだった。セイバー等の実力者を送り込んで蓄積された膨大なデータはハムレスに蓄積されている。
「けど、何で必要なんだろ? どこに行っても彼なら大丈夫そうだけど」
世界の場所など、彼ならそれこそ朝飯前に特定できそうなものだ。世界を渡れば渡るほど、そういった場所の特定は容易になりそうなものだが。
「何かおかしいんだって、この世界」
「おかしい?」
「って、カノンは言ってた」
「戻ろう。ここはもう大丈夫そうだ」
アルスは一つの仮説を立てた。信憑性は半々といった所だが、考慮しておく価値はある。
「行ってらっしゃい。私はここで待ってるよ。けしかけたの私だし」
ライトが手近なブロックに腰掛け、ばいばいと手を振った。相手の数次第ではあるが、そう大した時間はかからないだろう。一人でいても大した危険はないはずだ。
「ええ。何かありましたら、これを使ってください」
フェイトと共にハムレスに一旦戻る胸を告げ通信を切り、それを彼女に手渡してアルスは踵を返した。