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第七章 第二節 そして明日の世界より

「何でそんな落ち込んだ顔してるの?」

「え? そうかな? いつもと同じだよ、私」

 学校から並んで帰る姉妹とひかりの後ろに宮田がついて歩くという、定型化された光景の中、沙耶香から突然尋ねられ綾香はしどろもどろになりながら何とか答えた。

「本当? シン君に何かされたとか?」

「されてないよ!」

「確かにそんな度胸はあいつには無さそうだ」

「度胸はあるもん!」

「あ、はい」

 綾香の振り返り際の一撃に宮田が口をつぐみ、変わりにひかりが先の戦闘後の綾香の反応を思い出し一人噴き出した。

「強いもんね」

「だから手加減すればいいのに!」

「それじゃ訓練になら――」

 またもや空気を読む事を知らない彼の言葉を遮って、沙耶香が彼の腕に自分の鞄を押し付けた。

「はいはいこれよろしく」

「また?」

「そ。また後でね」

 綾香が心配そうな顔で沙耶香の顔を見上げ、宮田も沈痛な面持ちとなった。シンすら止める権限を持たない彼女の検査の詳細を知る術を彼らには無かった。一人犠牲にしているようで後ろめたい彼女に沙耶香は昔のように笑みを返し、そのまま彼らとは違う方向へ去っていった。

「何かあるの?」

「検査だよ。能力の詳細とか」

 まだ付き合って日の浅いひかりの問いに、綾香に代わって宮田が答え沙耶香の鞄を抱えなおして歩き出した。これからまた雑務に駆られる彼や訓練に携わるひかりと違って、綾香は基本施設内では一人だ。学校というにはあまりに縛られたフェイニータル直属の校舎内に彼女と気の合う者は存在しなかった。

「今日あいつ来るかな?」

 一人愚痴を吐いて鞄を机に置いた彼女のドアが控えめにノックされ、扉を開けた彼女に、馴染みの隊員がこっそりと隙間から顔を出した。

「綾香ちゃん」

「どうしました? 珍しいですね、まだお仕事中では?」

 まだ日が沈むには早い時間だ。二十四時間態勢のこの施設も常に全員が勤務状態であるわけではないが、この時間、彼女は確か通信室に入りびたりのはずだった。

「ちょっとこれから会えそうにもないから。白谷さんも」

「何かあったんですか?」

「テレビ」

「え? あ、はい」

 言われた通り電源を入れると、大きな爆発音や倒壊するビルの映像が次々と映し出されていく。呆然とする綾香の隣に立った彼女は、綾香の頬をパチパチと叩き彼女を正気に戻した。

「あの、これって」

「マリア様が行方不明みたいなの」

「行方不明!? シンは!?」

「分からない。他にもまだ行方の分からない人たちが多くて」

「そんな……」

「大丈夫。強いから、彼。それじゃ、留守番よろしくね」

「あ……はい」

 隊員の足音が遠ざかるのを待ってから、彼女はすぐに部屋を飛び出した。

「どこ行ったの! あいつ!」


「急に呼び出されるなんて」

「いったりきたりだ」

 時を同じくして屋上から階段を降りる足音が二つ。一方はこの事態にかなり困惑したように、もう一方はこの事態にどこか疲れたような顔をして、ルークの元へと向かっていた。

「やっぱりハムレスと共同戦線張るのかな」

「だといいけどね、かなり血気盛んだったから。どうなるかは分からない」

「前面衝突?」

「全面衝突だね。まあ、そんな事してる場合じゃ無いこと位、どっちも分かってるだろうけど」

でなければ主戦力であるはずの彼らが呼ばれるはずが無い。ロイヤルナイツが未だ彼らの能力を知らない事も関係しているであろうが、今はこの戦いを止めることが先決だった。

「だから私たち呼ばれたんだろうね」

「ま、頑張ろう。フェイト」

「期待してるね。アルス」


「レイアーデラはすでに制圧、か」

 次々と送られてくる戦況報告にルークはついに途中で読むのを諦めた。隣で各地域との連絡を交わしていた白谷も、ついにイヤホンを投げ出した。

「早いな」

 地域に散らばっていたハムレスの部隊も既に鎮圧され、残っている中で対抗できそうなのは、ロイヤルナイツ位のものとなっていた。

「乗り換えられちゃったのかなあ」

「電車みたいだな」

「全くだね」

 幾ら何でも早すぎる制圧の背景には、間違いなく他の世界からの技術供与があるはずだ。見たことも無い兵器が存在する事は既に報告にあがっていたし、でなければここまで早急に制圧できるはずが無い。

「対抗できるか?」

「せめてここだけは死守したいね」

 現実的に考えれば、メイルと互角に渡りあうのは不可能だ。せめて翼のうちの誰か一人でも残っていれば話は違っていただろうが、今はそんな事を嘆いていても仕方が無い。

「三人と、俺たちか」

「ロイヤルナイツを説得する時間も惜しい。何とかするしかないよ」

「四大陸の制圧、明日中には完了するかと」

「分かった、第二ブロックを封鎖して。一般人も誰もいれるな。僕とアルスとフェイト以外は中で防衛線を張れ」

 入ってきた続報にルークは素早く指示を飛ばす。一般人がどれだけ被害にあっているか正確な情報はどこにも無かったが、祈るより仕方が無いのが今の状況だった。

「大丈夫なのか?」

「数で押しても仕方が無いよ。相手はこの世界の常識で攻めたって勝てない」

 それに、と続けてルークは言葉に力を込める。

「僕らが死んだら、それまでの世界だったってことだし、まだ終われない」

「何で意地になってる?」

「黒部さんがまだ終わってないと言ってるのなら、僕が諦めるわけにはいかないんだ」

「意地になりなさんな。俺たちも頑張ってやるよ」

「ドサクサに紛れて僕を殺せば、本格的にここのハムレスは終わるよ」

 ポン、と頭を叩かれ、彼は少し顔を赤らめながらそっぽを向いた。

「力で何でもできる世界なんてつまらん」

「なっ」

「ま、頑張ろうか。リーダー」

 そう言って手を差し出した彼の手をルークは少しの躊躇の後に掴んだ。黒部とは全く違う、おちゃらけた雰囲気を持つこの男に少しの信頼を重ねながら。



「騒がしいね」

「便利な機能だね。それは」

 日本国内第二ブロック、ハムレス本部から数十キロ離れた所に位置する、かつて自分が滅ぼした機関の一つにカノンはいた。隣ではライトが窓際に腰掛け、時折何かに耳を押さえている。

「段々近づいてる」

「銃声かな。それともまたなんか作ったのかな。あの連中は」

「どうしたいの?」

「リベンジはもうしたし、あの連中には用は無い。早いとここの世界からおさらばしたい  

 ね」

 確かに三人を圧倒はしたものの、結果ひかりに同じように吹き飛ばされた結末には目を瞑っていた。これ以上関わっているとろくな事にならないのは目に見えていた。という言い訳なのかプライドを守るための何かだったのか、という事には彼女は気にすること無く外に目をやった。

「すればいいじゃない」

「そんな簡単なものじゃない。世界は常に動いてる。自分でそれを把握できればいいけど、何だか今のこの世界は変だ。一度ハムレスで外の時間や位置と把握しないとどこに飛ぶか分かったもんじゃない」

「下手なんだ」

「そうじゃなーーーーーーーーーーーい!!」

 静かな夜に、カノンの声が一際大きくこだました。


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