第七章 第一節 諦めの中に
「誰の反応も無いのか?」
室内に単調な機械音が響き、その音の合間を縫うようにルークが通信員に声をかけた。あれから一日、ルークは突然いなくなった彼らの居場所を捜索し続けていた。後方待機していた彼の連絡に何の返事も帰ってこないことを不審に思った彼が見たのは無人の戦場だった。
「一通り見ては見ましたが、今の所はどこにも」
「この世界に限らなくていい、近い所から順に見ていってくれ。後、他の世界のハムレスにもデータを送れ」
「了解しました」
カイン、リース、ジャスティ、キュラスの失踪。これだけなら彼らはここまで必死に捜索してはいなかった。この四名は自分で異世界に移動することも可能であったし、過去に例も腐るほどある。問題は、後の二名だった。
「ロイヤルナイツから通信です」
「無視しろ。こちらから話す事も無い」
マリアとシンが揃いも揃って行方不明な事がロイヤルナイツを激怒させていた。まだ世界にこの事実は伏せられてはいるものの、いずればれるのは時間の問題だ。そうなればシンを欠いた今のハムレスに止める術は無い。おまけに本部からは何の連絡も無く、他に聞いても返事は無い。
「行方不明って本当か!?」
「聞いての通りだと思うよ」
白谷が扉を乱暴に開け、ルークはそんな彼を咎めることなく頬杖をついてため息をついた。レイブンもいない現状となっては、地位や権力など何の関係も無かった。
「カノンは?」
「さあ、取られたんじゃない?」
「誰に?」
「上にでしょ。使えそうなのは取られたって感じかな。カノンも多分いないよ」
現在この世界に残っているのはひかり、フェイトにアルス。そしてルークの四名。未だひかりの正体が分からないが、切り捨てられたのは間違いないらしい。アルスは上から見ればどこにでもいそうなレベルの能力者であったし、フェイトに至っては量産型もいいところだ。
「気になるとすれば、彼女かな」
ルークが彼らの消失に気付いたとき、当然沙耶香もいなくなったとばかり思っていた。マリアと同じく未だ能力の詳細は不明であったし、カノンの例を見るに今までいなかったタイプだ。当然上も興味を持つだろうと思って戻ってきてみれば、彼女は当たり前の様にそこに存在した。
「世界を渡る力は無いだろ?」
「そうなんだけどね」
白谷の反論にルークは一応の同意を示した。異世界を渡り歩く方法は全部で三つ。一つ目は自分の力で渡る最もオーソドックスな方法。二つ目はそれ専用の道具を用いて渡る方法だがそんなケースはレアであり、そもそもこの世界にそんな物は存在しないし、扱うにも何の知識も無い者が扱える物ではない。
「力が無くても世界は渡れるんだ」
ルークの懸念は最後の三つ目だった。あまりそういった知識を持っていない白谷や、周りの者達も心なしか彼の言葉に耳を傾けているように見えた。
「他の者の介入があったのかもしれない」
「可能なのか?」
「不可能とは言わないけど、僕はできない」
それこそ、裏で世界を一つ作れるほどの力があればの話しだ。それほどの力を持つ者はそう多くは無い。
「セイバーは?」
「まず無理だね、戦闘専門だから。魔女とかならできるかもしれないけど」
ルークの頭にいくつかの名前が浮かぶが、どれもこれもが怪しく思えて彼は考えるのを止めた。今はそれより厄介な問題がいくつもある。
「マリア一人いなくなっただけでこれか」
数々のモニターに映し出される映像はこの世界の住民の混乱具合を映し出していた。まだマリア関連のニュースは控えられているとは言え、必ず秘密はどこかしらから漏れる。そしてそれは波紋の様に広がり、来週にもこの世界の全てを包むだろう。
「支えだからな、この世界の」
「暴動が起きても安心ではあるけどね。カインやカノンもいないし」
「おまけにフェイニータルもいないってか?」
例えこの世界の住民が反乱を起こそうと、肝心の相手がいないのでは彼らも暴れ様がないはずだ。ルークはそうなった場合押さえつけようという意思はさらさら無いし、ロイヤルナイツは主を失って既に分裂を始めていた。援助が無くなって倒産する企業が続出するだろうが、それが本来の世界だ。
「潔いんだな」
「黒部さんもシンもいないから」
彼らのいない所がどうなろうとルークの知った事ではなかった。放っておかれるのなら、後は好きに生きるだけだ。一般人にやられるほど彼は弱くは無いし、それはアルス達も同じだ。
「ああ、セイバーズに人は返すよ。さっき知ったんだけど、残ってたのは全部この世界出身の者ばかりでね」
「なるほどな」
どうやらそれで白谷もルークの諦めモードに納得がいったらしい。一応の対応はし、何も指示が下らなければそれで終わり。後はセイバーズやキューエルやレイブンのいないフェイニータルが勝手にまた暴れまわる世界に戻る。それでいいのかどうかなど、ルークにとってはどうでもよかった。
「通信入ります!」
脱力しかけていた彼の耳に、通信員から緊迫した声が届いた。
「誰?」
深く腰掛けていた椅子から体を起こし、ルークは彼の方に視線を向けた。何やら確認する作業を経て彼が口にしたのは意外な名だった。
「メイルからです」
「メイル? 何の用だ?」
白谷が一人呟くのも気にせずルークは通信員の次の言葉を待った。どうせマリアについてあれこれ聞かれるのではという彼の予想は呆気なく崩れ落ちた。
「宣戦布告です」
「ここ? だったら降伏しといて」
少々椅子からずり落ちながらルークは短く答えた。まさか全てを通り越していきなり戦闘行為に入れらるのは意外だったが、こちらに戦力は無い。メイルならもしかすれば互角程度の戦いはできるかもしれないが、時間と金と血の無駄だ。黒部の嫌いなものは彼も嫌いだった。だが、またもや返ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ……対象は、この世界の全ての国です!」
「全部!?」
「嘘だろ!」
ルークと白谷が一斉に声を上げる、それだけあまりにも馬鹿げた行為だった。
「勝ち目が無い。周辺国から一気に攻め込まれて終わりだ」
「武装は旧式だろ? あそこは」
「ですが、すでに数カ国は占領されているかと」
「どういうことだ?」
「カノンかな? 違うな、あのプライドの塊がそんな事しない。あいつならまずここに来る。カインはいないし、フェイトシリーズでも援助されたのか?」
「どうした?」
突然ぶつぶつと独り言を始めたルークを周囲はいつもの事かと眺めているのを見て、白谷も黙って彼を見つめていた。
「ねえ」
「何だ?」
「この世界、どうしたい?」
「元に戻す。そのための今までだ」
問われるまでもない問いに即答した彼を見てルークは微かに笑い、くるっと椅子を回した。
「分かったよ」
次に前を見た時、その表情は一人の指揮官のそれとなっていた。
「ロイヤルナイツのアルスとフェイトを呼び出せ」