第六章 第八節 二転三転
「話してくれないか? 私もこんな事はしたくないのだ」
「ぐっ……ん……」
「仕方ないな。これでは」
「うんっ……う……」
「始めるかの?」
「そうしてくれ。ああ、彼はこちらへ呼んでくれ、使えそうだ」
「腕が鳴る」
「ね、もう少しだよ」
「久しぶりだな」
「何の用だ?」
模擬戦の翌日、わざわざ入り口のホールまで呼び出され、何事かと駆けつけたシンは彼の姿を認めるや途端にその歩調を緩めた。以前戦った時に名前は把握していたが、最悪の第一印象であったため友好的な空気とはかけ離れたものが彼らの間に流れた。
「好きで来たわけではない、命令だ」
「カインのお手伝いか?」
そんな事はシンとて分かっていた。ハムレスから送られるなら真っ先の候補は彼らだろう。前回会った時と全く変わらぬ様子の彼は、その冷静な表情で彼の言葉を正した。
「正確には」
「何だよ?」
「ロイヤルナイツの殲滅だ」
「……あほなのか?」
折角味方についた相手を一気に突き放す理由などどこにも無い。最初からそれをやるつもりならとっくの昔に行われているはずだ。
「正確には」
「どうした?」
無表情のはずの彼に、痛みが見えた。抑揚の無い言葉の裏側から隠されているはずの何かが聞こえた気がした。
「リースと、ジャスティの処刑だ」
「はあ?」
突然出てきた名前にシンは面食らった。処刑という言葉を使うのであれば、寧ろそれはシンやカノンを対象とするはずだ。
「命令だ」
「誰のだよ?」
彼らなら倒すまでも無く自らハムレスに付くだろう。これではただの内戦と代わりが無い。戦力を投入する気があるのなら、それこそ完全制圧すればいい物を、何をもったいぶっているのか。
「命令だ」
「お前はそればっかだな」
シンの軽口にも似た言葉にも、彼は相変わらずの無愛想な表情で答えた。
「命令だからな」
「どうしたんだい? 随分と外は騒がしいみたいだけど」
「ルーク」
「誰かと思えば貴様か。ご自慢のあれは出さないのか?」
顔を出したルークにキュラスは挨拶代わりといわんばかりの皮肉を浴びせ、ルークは微笑んで丁寧に返した。
「誰かと思えば君か」
「知ってるのか?」
「以前少しね」
何故かピリピリした空気が険悪なものに変わりシンは思わず彼らから一歩引いた。関わってはいけない、そう誰かに忠告されたような気がした。
「あの男は去ったのだろう? いい気味だ」
「君こそこんな辺境に何の用だい? 役立たずのいる場所なんじゃないの? ここは」
「命令だ。最も、出なければこんな所に来るはずも無い」
「それはそれは、大層な命令なんだろうねえ?」
「貴様では一生かかっても無理だろうが」
「関わらせていただけるなんて光栄だね」
「……」
矢継ぎ早に繰り広げられる光景に、シンは為すすべも無くそれを眺めていた。介入しようにも隙が無い。
「まあいい。ここの現在のトップは誰だ?」
「カインだよ。今はここにいないけれど」
「あの男が?」
今のハムレスの統治体制ははっきり言って異常だった。人事異動の改編期だから仕方が無い事ではあるが、それでもトップに翼が来る事などこれまで例が無かった。
「どういうわけかね」
「……なるほどな」
「何か知ってるのかい?」
何故か納得した様に頷いたキュラスは、シンの方を向いて一つ問いを発した。
「貴様、何故彼らが処刑対象となったか分かるか?」
「俺に聞いてんのか?」
「処刑?」
シンが突然話題を振られ面くらい、ルークは突然出てきた物騒な単語に顔を顰めた。
「リースとジャスティだってよ」
「何かやっちゃったの?」
名前をシンから聞いてもまだルークにはピンと来なかった。いつもとやり方が違う。
「そうではない、見せしめだ。あいつへの」
意味も分からず沈黙する彼らをおいて、キュラスは全てを振り払うように歩き出した。
「行くぞ。命令は絶対だ」
「命令するなよ」
去っていった背中に悪態を吐きながら、ルークがやれやれと首を振った。対してシンは先程の言葉の意味を考えていた。
「あいつらが死んだら悲しむ奴がいるのか?」
「さあね、興味ないよ。そもそもあいつら僕たちとは根本的に在り方が違うし」
「ふうん」
仲間だと言う事は聞いていたが、どうにもシンはまだ彼らの事を知らなさ過ぎた。後で一通りのデータは頭にいれておく必要があるだろう。
「カインと君に、あいつに僕に、ロイヤルナイツの強硬派以外は味方だろうから」
「相手にならないな」
正直な所、戦力差は明らかだ。どう転んでも処刑される側に勝ち目は無い。事情は知らないが、待っているのはおそらく一方的な戦いだろう。
「そうなればね」
「お前までそういう言い方するのかよ」
もったいぶった言い方にシンが口を尖らせた。子供のような反応にルークは笑いながら言葉を続けた。
「ごめんごめん。だって、わざわざ彼ら寄越さなくてもいいじゃない。というより、ここで処刑する理由がどこにもない。彼らが言うにはここは辺境なんだろうし」
「カインが要請したとか?」
「だったら彼が行けばいい。何で僕らの仕事増やすんだろ、嫌がらせかな」
他の世界に無く、この世界にしか無さそうなもの。といえば、シンには一人の人物しか思い浮かばなかった。
「マリアか」
「影響は無いでしょ。知る機会も無いでしょ。あ」
その言葉に難色を示した彼の胸からアラームが鳴った。慌てて彼が胸ポケットから携帯を取り出して応答に出た途端、顔色が変わった。
「え!? は、はい、はい。了解しました。彼らは? あ、はい、分かりました」
「どうした?」
「レイブンからだった」
あまりの礼儀正しさにシンが興味を持って尋ねると、彼は信じられない、といった表情で着信履歴をシンに見せ、その番号の主を告げた。
「何の用だ?」
「メイル王国のとある場所に彼らを向かわせるから、僕とカインとキュラスで始末して欲しいと」
三人でかかれば事は足りるだろう。アルスとフェイトを入れないのは彼らなりの配慮なのかもしれなかったが、これではシンは何も分からない。直接聞きに行きたい所だが、こんな命令が出ている状況下で一人会いに行けばシンも彼らの仲間入りを果たしかねない。
「俺は蚊帳の外か」
「それでね」
肩を落とすシンに、ルークは本題に入った。
「まだ何かあるのか」
「君はマリアの所に行って」
「何しに行くんだよ」
先程の議論した通り、彼女に対して今回の件で何かをする意味はどこにも無いと結論は出した。処刑の対象にするはずが無いし、また関わらせることも無い。が、ルークの言葉は彼らの推測の斜め上を行っていた。
「彼女にそれを見せろって」