第一章 第六節 邂逅
そして、五日後。
「同じだ。また」
カインはまたも同じ島にいた。最初にここに来た日から今日まで、彼は同じ作業を繰り返していた。敵の戦力も攻め方も、力を見せ付ける様に戦っても、手加減しても彼らはただこちらに向かってくるだけ。戦略も何も無い戦い方に流石のカインも眉を顰める。
「おかしい」
本来、軍もとい、集団を編成し戦う者はまず無謀な事はしない。死にたいのか指令官がそういう戦い方を嫌うのかは彼の知った事では無かったが、何も遮蔽物の無い空間をいくら相手は子供とはいえ、強力な能力者相手に特攻をかけるというのは自殺行為以外の何物でもなかった。
「まさか、俺の存在を知らないのか?」
カインは一人自問自答する。周囲の敵を薙ぎ払いつつ、後方にいるカイとリューエの安全にも気を配る。能力が無いなら一層の事いなくても彼は全然構わないのだが、研究員は彼らを施設に置いておく気はさらさら無いらしい。
「六槍」
気付けば、残りの敵の人数もいつもの如く残り僅かとなっていた。彼が最後に放った言葉により、ツイントライデントは無常にも果敢に攻めてきた者達へ平等に降り注いだ。
「終わり」
もう相手に何の興味も無くなった彼は振り返り彼を待つ者達の元へと向かう。
「少し時間がかかった」
「お疲れ様」
「おせーじゃん。お前にしては」
「ちょっとな」
リューエとカイが生きている事に安堵しつつ、彼は再びヘリコプターに乗せられ元の施設へと戻っていく、明日何が起こるかも知らされぬまま。
「起きて、カイン」
「フェイト?」
翌朝、目が覚めると目の前にフェイトがいた。布団から抜け出した彼にフェイトは不安げな声で今の状況についての説明を始める。
「何だか変なの」
「変?」
「誰もいない」
確かに、昨日まで隣に布団を並べて寝ていたはずのカイとリューエの姿が何処にも無かった。
「この部屋だけじゃない。他のどの部屋にも人が一人もいない」
重ねてフェイトの口から発せられる不安げな口調にカインも頭をフル回転させ状況の把握に努める。
「まさか」
もしやと思い、カインはすぐに部屋から出て周りを見渡す。あれだけ人でごった返していた空間は嘘の様に静まり返っていた。
「いないでしょ」
「ああ、一体どこに」
カインはそのまま外へと出る。待機しているはずのヘリコプターも何も無い。ただ施設に彼らが取り残される格好となっていた。
「どうする? 逃げちゃう?」
フェイトの言葉に彼は首を振る。
「いや、見張られてるかもしれない。待とう、もう少し」
カインのどこまでも真面目な表情にフェイトは吹き出した。
「冗談だよ」
彼らは二人、そのまま海の匂いのする風を感じ続けていた。
「少しばかりの安息の時間はお気に召したかな?」
「どこだ?」
数分後、どこかから男の声が響いた。島の各地に設置してあるスピーカーで音が反響しあい、島全体に彼の声が響く。
「入ってくるといい」
「どこから?」
「勿論、入り口からだ」
「入り口?」
カインが怪訝に思ったとき、施設の入り口の前に四角形の穴が開き、階段が現れた。轟音と共に彼らの前に現れたそれは、優に大人が横に十人は並べそうな巨大な代物だった。
「入れって事か」
カインとフェイトが並んでその中へと足を踏み入れる。
「暗いな」
電気もついていない真っ暗な空間を手探りで進んでいく。
「どこに繋がってるんだろ」
「さあな」
ぶっきらぼうに答えたカインにフェイトは何故かさっきから顔が綻びっぱなしだった。さっきから微かに漏れる笑い声にカインは気味が悪くなり尋ねた。
「何さっきから笑ってるんだ?」
「いや、慣れないなあ。その口調」
「いやなら返る」
いきなり元に戻ったカインに、フェイトは慌ててその口調の素晴らしさだとか親しみやすさなどを説く事になった。
「だったら何で笑うんだよ」
「嬉しいからだよ」
「嬉しい?」
よく分からない、という顔をするカインにフェイトは少しずつ教えていこうと思った。空の色の移り変わりとか、海の青さとか、花の匂いとか、多分カインはそんな事を今までまったく気にすることなく過ごしてきただろうから。そんな自分の知る世界の全てを彼に教えてあげたいと彼女は思った。
「それが普通に話すって事なんだよ」
「よく分からん」
「いいよ、今はカイの真似でも」
フェイトはぼそりと呟いた。いつか本当にカインの心ができるまで、今はこのままでも良かった。後少し、ほんの少しの時間さえあればきっとカインは本当の意味でカインになれる。そんな気がした。
「何?」
「何でもない」
そう言ってフェイトはカインの手を掴んだ。強く、離さないように。
「ここは?」
入り口らしき扉を開き、目の前にガラスが一面に張ってある部屋に出た。ガラスの向こう側の空間は暗闇で何も見えず、彼らはそのまま立ち尽くしていた。
「割る?」
動かない状況に業を煮やしたカイン力の展開を開始する。風が巻き起こりガラスがその風圧に悲鳴をあげる。と、その展開を待っていたかのようにして突然明かりが点いた。周囲の明るさに目が慣れたころ、彼らはガラスの向こうに良く知った顔を見つけた。
「ねえ、あそこ!」
「何で」
フェイトが指を指す方向にカイとリューエの姿があった。さらにその向こうにはもう一枚ガラスで仕切られた空間があり、そこには黒部が立っていた。
「あの人」
視界に捕らえたフェイトが憎憎しげに呟いた。過去の経験から、ここから始まる展開は手に取るように彼女には分かった。
「誰だ」
「黒部さん」
「ルークが言っていた人か」
「止めて」
「え?」
「今すぐ止めて!」
フェイトの言葉にカインはすぐさま反応し、トライデントを自身の周囲に展開、ガラスを割らんとその矛先を向け八本を同時に正射した。
「無駄だ」
トライデントがガラスに当たる瞬間、天井から声が響いた。先ほど外にいた時聞こえてきた声と同じ声色。ようやくフェイトも先ほどの声の主が彼だと分かった。
「弾かれた!?」
カインは弾かれた結果よりも、何故これを昨日までの連中に与えなかったのかという事が頭にちらつき、怒りに震えていた。
「無駄死にさせたのか?」
これさえあれば少なくともこちらの攻撃は防げる。後はあらかじめ敵のいそうな場所にトラップでも何でも仕掛けて相手の動きを見ればいい。何ならガラスで取り囲んで餓死を狙うのも手だ。
「どうする?」
カインは一人考える。自分の力が通じない以上、ここにいてもしょうがない。けれど、一旦地上に出てからここの天井部分が地上にさらされるまで攻撃し続けると言うのも無謀な話だった。何よりそれではカイとリューエが助からない。なら後は何も起こらないことを祈るしかないのか。
「いや、あった」
「カイン?」
「下がって」
カインは矛先を真上に向けた。どこまでこのガラスが続いているかは知らないが、どこかで必ず限りがある。それを乗り越えた先に必ず道はあるはずだ。
「六槍」
トライデントが天井を突き崩していく。瓦礫が降ってくる中を、カインはひたすら上へと飛んだ。彼にとって初めての反抗だったが、そんな事はもう頭の中には無かった。
「上へ!」
思ったよりも先は短く、彼はそのままガラスの先端を飛び越え向かい側の部屋への穴をこじ開けようとして、止まった。
「あ……」
このままでは元の木阿弥だった。結局瓦礫で彼らが死にかねない。自分たちの置かれている状況もあの調子だと分かっていないはずで、カインはここで途方にくれた。が、
「止まっていても仕方が無い」
カインは覚悟を決めて突入する。自分の行動はもうばれている。だったらいたずらにここで時間を浪費するよりも強行したほうが得策だった。
「着いた!」
カインが天井部に穴を開け、部屋の中に入り込んだ。
「カイ!」
見えた顔にとりあえず安堵した彼はゆっくりと着地し、息を整えた。それからカイの方に歩き出し、今の状況を詳しく尋ねようとした瞬間、カイの顔がどこかに飛んでいった。
「え……?」
そのままカイの体から鮮血が飛び出す。分けも分からずカインはそのカイの体を支える。止まらない出血にパニックになりながら、必死にリューエを探す、がもう遅かった。
「リューエ……」
リューエの体はカイと同じ運命を一足先に終えていた。そして、その向こうに一人、無機質な目をして立っている天使がいた。
「誰だ?」
その目を、その何の躊躇いも無くカイとリューエを切り捨てた彼を自分に重ねて、カインは目の前の少年と対峙する。名を問われたその少年はかつてのカインと同じように何の抑揚も無い声で呟いた。
「カノン」
「カノン」
「いけ」
その名をカインが反芻した時、上から声が降ってきた。
「何だ?」
カインがその声に反応して思わず上を見上げた時、微かに悲鳴が響いた。
「カイン後ろ!」
穴から聞こえてきた言葉に反応して彼が後ろを振り返ると、鎌が彼の首をまさに切りかからんとしている所だった。
「速い」
カインは頭を下げそれを回避。もう一周してきた刃をトライデントで受け止め、上空に残りを展開して全てをカノン目掛けて落とす。
「四槍」
距離を取ったカノンにトライデントがそれぞれ回転し、ランダムにカノンに襲い掛かる。白と黒の翼が舞った。
カイン以上のスピードを見せカノンはそれらを時に上へ時に受け止め、少しづつカインの方へと向かっていく。
「押されてる?」
カインは目前にまで迫ってきたカインから距離を取るべく翼をはためかせるが、すぐに後ろに回りこまれ再び最初と同じ展開となる。
「パワーが」
一本で事足りると判断し再び同じように受け止めるが、あっさり跳ね飛ばされ、鎌の刃先が彼に迫る。慌てて残りを自身の周りに全て集めるが、それすら軽く跳ね飛ばされる。
「ぐっ」
頭を掴まれ地面に叩き落される。すさまじい衝撃に頭が割れたような錯覚を覚える。何か聞こえたような気がしたが、更に襲ってくる衝撃で一瞬意識が飛ぶ。そのまま眠りにつこうとしたカインの脳裏にフェイトの顔が浮かんだ。
「まだだ」
再び翼がひらめき離脱、カインの周りにトライデントが集結する。高速回転するそれらはやがて一つになり、やがて巨大な一つの大きな大槍となる。
「『一槍』天の深羅矛」
凄まじい突風が吹き荒れる中、両者は表情も変えずただ見つめあう。何の構えも見せないカノンにカインは必殺の一撃を叩き込んだ。
「はあっ!」
彼の気合と共に放たれたそれは凄まじい衝撃と共にカノンの元へと向かう。すると、彼は鎌を自身の真正面にまで持ち上げ、唱えた。
「覇斬三式 疾風」
一閃だった。カノンの周囲に巻き起こる風の刃に天の深羅矛は完全に勢いを削がれる。が、それでも勢いは殺せず、そのままカノンの元へと突き刺さった。
「やった?」
凄まじい音共に粉塵が立ち上がり視界が遮られる。警戒を解かないままカインは前方を注意深く見つめ続ける。
と、いきなり爆風が彼を襲った。勢いでガラスは砕け、破片やカイ、リューエの遺体と共にカインは凄まじい勢いで吹き飛ばされる。意識を失った彼の前にゆっくりとカノンは舞い降りた。服はぼろぼろで所々出血もあったが、そんな事を気にする素振りも無く彼は歩み寄り鎌を彼の首に当てた。
「止めて!」
後ろから何らかの衝撃を受け彼は振り向く。一人の少女が必死にこちらの動きを制使用としている事は見て取れたが、彼に敵うわけも無かった。
「お願い!」
改めて彼が振り上げた時、終了を意味する声が響いた。
「いい、戻って来い」
その声と同時にカノンはピタリと動きを止めそのまま踵を返して去っていく。先ほどまでいた場所に黒部の姿は既に無く、フェイトはそのままへたり込んだ。