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第六章 第四節 密かな

「驚いたか?」

「それなりに。お前は?」

 扉をパタンと閉め、アーバンはベッドに転がり込んだ。一日色々な事が起こりすぎて、頭がパンクしそうで頭がズキズキと痛かった。メイル国内のホテルの一室に何とか転がり込んだ彼らはようやく一息ついていた。

「レイブンが血縁者とはね」

 あっさり許可とやらが与えられたと思いきやすぐに王宮から出るように命じられたのには違和感を感じたものの、普通に話しが通じた事にアーバンは驚きを感じていた。

「何か警戒されてなかったか? お前」

「それなりの力の持ち主なんだろうさ」

 会話中、何かギスギスした物を感じてアーバンは気が気ではなかった。幼いころ以来の再会にどう話したものか戸惑う事も忘れて、場を繋ぐことにこんなに気を使うことになるとは彼も思っても見なかった。

「どうした?」

「やれやれだな」

 突然ピクリと動きを止め苦笑いを見せるカインに、アーバンは気味悪くなって問いかけると、彼は短く答えて脱いだばかりのコートを手に取った。

「鍵は掛けておけ。明日までに戻らなかったら一人で帰ってくれ」

「って、おい」

 事情を聞こうとしたアーバンに手を振ってカインは部屋から出て行き、取り残された彼は小さくため息をついた。

「ったく」

 

 最後に記憶に残っているのは、生々し血の焼ける匂いだったろうか。それとも、遠くから聞こえる誰かの悲鳴だったか。

それとも――

「っつ!」

「じっとしてろ。まだ痛むだろ」

「シンさん?」

 頭を上げることもできずに、アルスは横になったままでベッドの隣に腰掛けている人物に目をやった。

「フェイトはピンピンしてる。もう一人はまだ寝てるけどな」

「……そうですか」

 そう言ってシンはまた手元の資料に目を落とした。時計を見れば午前二時、こんな時間まで付き添ってくれていたのかと改めて彼を見ると、いたずら気な笑みが返ってきた。

「死に損ねたな」

「すみません」

 素直に落ち込むアルスにシンは持っていた資料をアルスの方に向けた。

「いや、結果オーライだ。収穫もあった」

「収穫?」

「謎だった桃とやらの確保」

「桃? ああ」

 よく中を見てみると、見覚えのある名前が見えてアルスはため息をついた。

「話はあのフェイトから聞いけど、痛いな」

「痛い?」

「誰かまだいたんだろ? お母さんとかいう」

 ふと、あの時の言葉が頭に浮かび、アルスは唇を強く噛んだ。

「連れ出せなかった」

「何があったか俺は知らないが、消えたか。最後どんな感じだった?」

 意外にも彼をいたわるような声が聞こえてきて、アルスは声を震わせながらも必死にあの時の事を思い出しありのままを告げた。

「カノンの動きを抑えて、自分に照準を向けて」

「自殺か?」

「かもしれません」

 彼には理解不能の行動だった。聞けば家があった場所は全てが吹き飛び現在は破片を調査中だという。

「何であんな事したんだろう」

「さあな。お前はもう少し寝てろ。お仲間を呼んできてやるよ」

 アルスの頭をポンと叩いて彼は部屋を出て行った。


「どう思う?」

「さあな」

 別室、シンに呼ばれアルスの元へと向かったフェイトを見送ったカインとリースは目を見合わせた。開けっ放しの扉からシンが入って来て、三人は思い思いの所に陣取った。

「桃とやらは目覚めたのか?」

「ルーク辺りに聞けば?」

 どこと無くピリピリした空気が漂う中、カインの問いにシンが不機嫌な様子を隔そうともせずに答えた。

「何であんなにも現場に行くのが遅れた? 異世界とやらにでもいたのか?」

「知りたいか? ストーカー」

 アルスの元に辿り着いたのはシンが先だった。すぐにハムレスに連絡を取り三名の生存を確認したものの、状況が分からず周囲を捜索しているうちにヘリが駆けつけ、シンは直接彼らを抱えてヘリまで運びと獅子奮迅の活躍だった。発見した三名の無事を確認した上で、再び現場に舞い戻ったシンが身元不明の遺体を見つけた矢先カインが現れた。

「王に言われるならまだしも、お前にそんな事言われる筋合はねえよ」

「気付いたとはいっても、緊急性に気付くのが遅れただけだ」

「マリアとやらの安全の確認か?」

「呼び捨てとはいい度胸だ」

 皮肉として発せられた言葉にカインが噛みついた。ピリピリどころか一触即発の空気になって、両者は引く気配を見せなかった。

「『ろいやるないつ』でも無いんでね」

「ほう」

「あのねえ、何やってんのさ二人して」

 力を溜め殺気を込めるカインとシンにリースが自制を求めて間に入った。

「誰か! 暇なら来てくれる?」

 ルークの声が外から響き、三人は意図せずして顔を見合わせた。新しい生存者でも見つかったか、ひかりが目覚めたのか、それとも何か外から干渉があったのか。少しの間を置いて、シンがカインにドアの方を指差した。

「行って来いよ。暇だろ?」

 黙って出て行った彼に、リースとシンが顔を見合わせてため息をついた。

「何なんだよ」

 床に座りこんだシンの額から汗が流れ落ちた。

「どうしたんだろ? カイン」

 表情を曇らせるリースからハンカチを受け取ったシンは、先ほどの彼の気迫を思い出して身震いした。正直、こんな所であそこまでの殺気を出されるとは思わなかった。

「あんな余裕の無い奴だったか? あいつ」

「私たちの知らないところで何かあったのかもね」

「王と会ったのは話したんだろ? それだけで怒るのかよ」

 ふて腐れた表情を見せるシンにリースも苦笑を禁じえない。遅れた理由など彼女にとってはどうでもいい事であったが、会ったばかりとはいえアルスは同じ仲間だ。治療が遅れて後に響く可能性を考えると、彼の行動は彼女にとっても不可解だった。

「本当に仲間なのか? お前ら」

 そんな彼の問いに、返す言葉を彼女は持っていなかった。


「全数値正常です」

「引き続き見張れ」

 白衣を着た人間がひかりの周りを取り囲んでいる。ガラス越しに仕切られた部屋の中央にルークは机と椅子を持ち込み、マイクで指示を出していた。

「こいつか」

「データには存在しない。言っておくが僕は関係ないよ」

 カインの声が聞こえ、彼は手元の資料を彼に投げた。フェイトから聞いた以上の情報を彼は持ち合わせておらず、いらいらしているのが傍目から見て簡単に分かった。現に今も足の貧乏ゆすりは続いている。

「お前にそこまでの度胸は無い」

 受け取ったカインはすぐにそれをつき返した。能力の詳細などには興味も無ければ、名前や性格など彼にとっては何の価値も無かった。重要なのは敵か味方か、それだけだ。

「何偉そうに――」

「何だ?」

 言いかけてルークは慌てて視線を元に戻した。

「偉そうなのはお前だ。失敗作」

 ルークが息を呑んだ。そんな彼の反応を楽しむかのように、カインは椅子の背もたれに手を置き、そっと囁いた。

「あいつならこんな事言わないんだろうけどな」

 体が震えているのが分かり、カインはそんな彼の様子に小さく笑い声を漏らした。

「ルナとかいうのは、黒こげだったぞ」

「貴様!」

 たまらず胸倉を掴んだ彼に眼前に、カインは一つの紙を突き出した。

「今日から」

「そんな……」

 呆然とした表情のまま固まった彼を嘲笑するようにひらひらとさせながら、カインは笑みを堪えながら宣告した。

「指揮は俺が取る。お前の大好きな黒部とやらは」

「止めてよ……」

 彼の無意識に発せられた願いも、次の言葉で断ち切られた。

「終わりだ」


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