第六章 第三節 生きてこそ
「戦わせようってか?」
「君は戦争になるとさっき言ったが、それは少し違う。この世界の人たちの心はそう強くは無い。だから群がる、彼女に。普通あんな子が現れたら、必ず批判が出てくるのがこれまでだった。どんな偉人でも、聖人でも、賢者でも、必ず彼らを貶し、叩き、嫉妬する者がいた。世界とはそうやって回ってきた」
「だからって殺していい事になるかよ」
彼の言う論理はある種正しく、そして破滅的だった。それすら自覚しているのか、そこか薄ら寒い口調で彼は、手を上げて自身の論理を展開していく。
「そう。だが、だからといってこのままでもいいのかな? 彼女がいる限り世界はこのままだ」
「それの何が悪い」
「このままではハムレストやらに彼女は奪われて、この世界は同じ方向を向いて彼女に頭
を下げることしかできなくなってしまう」
反対に彼女を殺せば、世界は頼るべき者を失って崩壊するのは目に見えていた。この世界の住人の心が強くは無いからこそ、彼らもその処遇に困っているのであり、そんな事をすれば本末転倒なのは目に見えていた。
「あの」
と、ここでリースが口を挟み、シンと王は言葉を止め彼女に視線を向けた。
「どうしてあなたは、そんな事が言えるんですか?」
一瞬、何の事か分からずきょとんとした王だったが、すぐにその意味を把握したのか微
笑して困ったように答えた。
「親だから、と言ってしまえばそれまでだが。時々夢を見るんだよ、良く分からないんだ
が」
「あんたには何が見えたんだ?」
「さてね」
シンの疑問でも、最後まで王の本心は見えなかった。
「ここもいい所なんだけどね」
泊まっていくといい、という王の一声で彼らは宿泊を許されていた。カインの動向には全く口を割らない王の申し出に、一度は辞退した彼らだったが、最後には強い要請でこうして二人並んで夜を過ごしている。
「一番いいのは」
窓の手すりから足をぶらぶらさせているリースに、ベッドに倒れこんで天井を見上げるシンがぼやく。
「何?」
「マリアがハムレスに抵抗することだ」
「無理だろうね」
流石に自分の親代わりの存在に逆らうことは無いだろう。力は最強でもカノンと同じく中身は子供だ。
「レイブンを潰せば丸く収まる話だが、ロイヤルナイツは中々だ」
「勝てない?」
挑発的な笑みを見せるリースに、シンは視線を送る事も無く先ほどの会話を思い出していた。
「桃、とか言ってただろ?」
「ハムレスだね」
「それも、多分直接ハムレスの本部から指令を受けてる。俺でも知らないなんて有り得な
い」
シンが断言すると言う事は、そういうことだった。厄介な人物の登場に、頭を抱えたくなったがそれ以上にベッドの寝心地が良く、ふと気が抜けると睡眠の世界に引きずり困れそうになる。
「困ったねえ。多分その子めちゃくちゃ強いよ」
「カノンがやられたんだろ。これ以上無謀な事はしない」
カノンがやられた以上、シンに手が出せるはずも無かった。レイブンの完全な防衛策に打つ手が無かった。
「慎重だね」
「邪魔されるし」
「あれ? 根に持ってた?」
リースに背を向け、本格的に睡眠の体勢に入ったシンをからかう様にリースがシンの方に近寄っていく。
「別に」
「次は助けてあげるよー」
「誰がお前なんか――」
後ろに気配を感じかわそうとした刹那、何かの気配を感じてシンが止まった。
「ん?」
「あいつ名前なんて言うんだ!?」
いきなり胸倉を掴まれたリースは何の事だか分からず目を丸くする。
「誰のこと?」
「あのガキだ!」
「ああ、アルス。ガキだ何てあんたあんまり年変わらないでしょうに」
血相を変えて彼女に詰め寄るシンの質問の意味がようやく分かり答えたものの、名前を聞いたシンの怒り様は以前見た時以上だった。
「そういう問題じゃない!」
「なに? そんなに焦って」
「俺を対象にして居場所を知らせたら!」
「うん」
どうやら先ほどの妙な動きはそれだったらしい。さして珍しくも無い術のため気にもかけず戻ろうとしたリースの背中に、シンの切迫した声が響いた。
「翼全員に居場所が知れるぞ!」
さすがに彼女も表情を変えた。
「まじで?」
基本、こういった術はその者の持つ力の気配を頼りにして発動する。本来ならその者の持つ気配は大きく異なるため他の者が反応する事はまず無いが、翼同士の気配は極めて近かった。それでも発動者の技量が高ければ術の制度は増すのだが、どう考えても彼程度ではカノンや桃とやらに居場所が知れるのはもはや必然だった。
「桃とカノンにフルぼっこされたら自業自得だ!」
怒鳴り声を上げて窓から飛び立とうとするシンに対し、彼女は余裕だった。
「頼むね。後輩だし」
「余裕だな
その様子に訝しむシンに、リースは微笑んで告げた。
「翼全員に居場所が知れたんでしょ? よろしく言っといて」
カインが動くことに何の疑問も持っていない表情だった。どこかで見た表情だったなと思い出すシンはすぐにその考えを捨て捨て台詞を置いて飛び去った。
「死んでたりしてな」
銀の光る翼がひらひらと舞う中、リースは腕を組んで夜空に光る月を眺めた。
「まさか」
「驚いたか?」
「それなりに。お前は?」
扉をパタンと閉め、アーバンはベッドに転がり込んだ。一日色々な事が起こりすぎて、頭がパンクしそうで頭がズキズキと痛かった。メイル国内のホテルの一室に何とか転がり込んだ彼らはようやく一息ついていた。
「レイブンが血縁者とはね」
あっさり許可とやらが与えられたと思いきやすぐに王宮から出るように命じられたのには違和感を感じたものの、普通に話しが通じた事にアーバンは驚きを感じていた。
「何か警戒されてなかったか? お前」
「それなりの力の持ち主なんだろうさ」
会話中、何かギスギスした物を感じてアーバンは気が気ではなかった。幼いころ以来の再会にどう話したものか戸惑う事も忘れて、場を繋ぐことにこんなに気を使うことになるとは彼も思っても見なかった。
「どうした?」
「やれやれだな」
突然ピクリと動きを止め苦笑いを見せるカインに、アーバンは気味悪くなって問いかけると、彼は短く答えて脱いだばかりのコートを手に取った。
「鍵は掛けておけ。明日までに戻らなかったら一人で帰ってくれ」
「って、おい」
事情を聞こうとしたアーバンに手を振ってカインは部屋から出て行き、取り残された彼は小さくため息をついた。
「ったく」
最後に記憶に残っているのは、生々し血の焼ける匂いだったろうか。それとも、遠くから聞こえる誰かの悲鳴だったか。
それとも――
「っつ!」
「じっとしてろ。まだ痛むだろ」
「シンさん?」
頭を上げることもできずに、アルスは横になったままでベッドの隣に腰掛けている人物に目をやった。
「フェイトはピンピンしてる。もう一人はまだ寝てるけどな」
「……そうですか」
そう言ってシンはまた手元の資料に目を落とした。時計を見れば午前二時、こんな時間まで付き添ってくれていたのかと改めて彼を見ると、いたずら気な笑みが返ってきた。
「死に損ねたな」
「すみません」
素直に落ち込むアルスにシンは持っていた資料をアルスの方に向けた。
「いや、結果オーライだ。収穫もあった」
「収穫?」
「謎だった桃とやらの確保」
「桃? ああ」
よく中を見てみると、見覚えのある名前が見えてアルスはため息をついた。
「話はあのフェイトから聞いけど、痛いな」
「痛い?」
「誰かまだいたんだろ? お母さんとかいう」
ふと、あの時の言葉が頭に浮かび、アルスは唇を強く噛んだ。
「連れ出せなかった」
「何があったか俺は知らないが、消えたか。最後どんな感じだった?」
意外にも彼をいたわるような声が聞こえてきて、アルスは声を震わせながらも必死にあの時の事を思い出しありのままを告げた。
「カノンの動きを抑えて、自分に照準を向けて」
「自殺か?」
「かもしれません」
彼には理解不能の行動だった。聞けば家があった場所は全てが吹き飛び現在は破片を調査中だという。
「何であんな事したんだろう」
「さあな。お前はもう少し寝てろ。お仲間を呼んできてやるよ」
アルスの頭をポンと叩いて彼は部屋を出て行った。




