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第五章 第十三節 Resolution

「ごめんね。これだけしかなくて」

「大丈夫だよ」

 ベッドの横に二つクッションを並べ、ひかりとフェイトがそこに二人並んで横たわった。

普段ひかりが使っているベッドはアルスに提供されていた。喜ぶべきか微妙な境遇に立たされた彼は疲れている体に鞭打ち目を開いていた。いざという時、寝ていましたでは弁解の仕様が無い。

「こんな風にお話するの初めてなんだ」

「そうなの? 私は毎日こんな風だったよ」

「どんなお話するの?」

「今日何したとか、どんな物を見たとか」

 そんな彼の下では他愛ない話が弾んでいた。話題になるのは森の中は暑いだの、会った動物がかわいかっただの、そんなお話ばかり。それでも小さな笑い声が絶えない辺り、女の子というのはこんなものなのかもしれない。そう思いもう寝ようと瞼を閉じようとした彼の腹が、情けない音を出した。

「足りなかった?」

「ごめんね。大丈夫?」

 ひかりとフェイトが対照的な反応を示した。そんな二人に大丈夫、と断ってからアルスはトイレを借りようと部屋の外に出た。慣れないものを食べたからか、それともあの口に放り込まれたあれが原因か、彼のお腹は崩壊寸前だった。

「うー……」

 聞きたくも無い音が彼の下から響いてくる。トイレから出ても当分は部屋には戻れないな、とため息をつく彼に扉越しに声がかかった。

「お腹壊しちゃった?」

「ああいえ、大丈夫です」

 料理を作った張本人だからか、心配そうな声が響いてきた。情けないやら何やらでうなだれる彼に、さきほどより小さい声がトイレに響いた。

「アルスさん」

「はい?」

「娘を、連れ出して貰えないでしょうか?」

「……どこに?」

 一時の間を置いてアルスが口を開いた。冗談なのか何なのか、図りかねる彼にすぐにまた問いが返ってきた。

「どこがいいでしょう?」

「それって――」

「冗談です。いい夜を」

「あの!」

 こんな格好で出て行く事もできず、アルスはただ去っていく彼女の足音を聞くことしかできなかった。

「調子はどう?」

 トイレにしては時間が長かったこともあり、フェイトとひかりが部屋に戻ってきたアルスに共に心配そうに声をかけた。

「もう大丈夫だよ」

「本当?」

 フェイトが戻りかけたアルスの腕を掴んだ。いつもより声が重かっただろうか、と自嘲気味に密かに笑みを見せた彼は気丈に答えた。

「おやすみ。お喋りもいいけど、明日に響く事が無いように」

「そうだった。お仕事中だったんだよね」

 ひかりがたった今気づいた、と言う風に声を出してフェイトに何やらごにょごにょと囁き始めた。そんな彼女たちの横を慎重に歩き、彼は静かにベッドに滑り込んで目を閉じた。


「絶対、また来てね!」

「うん!」

 僅か一晩で、初対面時の雰囲気が嘘のように彼女たちは別れを惜しんでいた。そんな彼女たちの様子を後ろから眺めていた二人は、顔を見合わせて憂いの表情を交し合った。

「次は、ちゃんとお休みを取ってきます」

「またいらして下さい。必ず」

 手を出され、アルスは戸惑いながらもその暖かな手を掴んだ。自分にも母がいたらこんな感じだろうか、と戸惑いながら掴んだその手は確かにひかりの言うように暖かった。

「それでは」

 朝早くから出ないと、どんな非常事態が起こるか分からない。弁当を手渡され再び歩き出そうとした彼らの前に、白き羽が落ちてきた。

「こんな所にいたんだ」

 抑揚の無い声が上から聞こえてきた。その声と翼にフェイトが全身に力を込め、ひかりの表情が冷たい殺人鬼のそれになる。アルスは自身も力を展開せんと能力を解放する。

「まさかそちらから来て頂けるとは、思っていませんでした」

「君が教えてくれたからね。何だろうと思って来てみれば、盛大なお出迎えみたいで嬉しいよ。ねえ、フェイト」

呼びかけられた彼女は、カノンに対する敵意を隠そうともせず沈黙を保っていた。あからさまな敵意を持って放たれた発言に、アルスは彼と同じような口調で笑みを作って返した。

「多分。あなたの知っているフェイトでは無いと思いますよ」

「え?」

何故かひかりが困惑した表情を見せたが、そんな彼女に構うことなくカノンがその手に鎌を現した。

「関係ないね。僕には」

 アルスに、彼の鎌が降りかかった。

「下がって!」

 フェイトがアルスをかばう様に前に立ち、その腕で鎌を受け止めた。

「マーダライク?」

「はい?」

「ライトエクスプローム」

フェイトが聞きなれない言葉を口にした途端、横から大きな桃色のエネルギー波が放出された。読んでいたように頭上に退避したカノンに、アルスが周囲に九つの玉を放った。

「フェリアグヌ」

 九つの玉が一斉に爆発し、彼の視界を奪う。下からフェイトが、上からひかりがそれぞれ攻撃を加えんと展開した矢先、彼らごと煙は周囲に吹き飛んだ。

「馬鹿にするなよ」

「あの人は!」

「大丈夫、家には近づけさせないから」

 もう一人の存在に気付き家の方に注意を払おうとしたアルスにひかりがそっと耳打ちした。

「分かった。注意をこっちに逸らすから、止めはお願い」

「うん」

「覇斬六式 飄風」

 アルスに巨大な風の刃が飛来し、回避しようと身構える彼をひかりが止めた。

「動かないで」

「だけど」

「レイス」

 ひかりが言うやいなや、彼女の周囲からカノンの方へ、淡い桃色の光が生み出される。その光に触れた風は段々と威力を減衰され、最後にはそよ風となった。

「覇斬三式 疾風」

 彼の周囲に散らばる三者を薙ぎ払うように。風の刃がカノンを中心にして辺りに飛び散った。辺りの木々が薙ぎ払われ、花が散り、小鳥や動物が逃げ遅れて無残な姿で宙に舞うのが見えた。

「この!」

 フェイトの驚異的な跳躍力を見せカノンに接近する。それを見てひかりがフェイトの方に杖を構え唱えた。

「ライトスプレッド」

「どこに撃ってるんだい?」

 嘲笑するカノンの目前でフェイトの頭が百八十度後ろを向いて、頭が開いた。

「なっ……」

 絶句するアルスが見つめる中現れたのは、まさしく銃口だった。

「接近から撃てば、あたるよね」

「邪魔だ!」

 薙ぎ払われたフェイトの後ろから飛来して来たエネルギー体は既に彼の周囲への展開を完了していた。

「フェリアグヌ」

 同時にアルスが先ほどと同じように九つの玉を爆発させ、同時に落ちてきたフェイトを受け止めた。

「ありがと」

「どうかな?」

 まだ煙でよく彼が確認できない。念のため距離を取ったアルス達は、じっと煙が晴れるのを待った。

「邪魔だよ」

 アルスの腹部に猛烈な衝撃が襲い、彼の体は浮き上がりそのまま家の壁に激突した。

「どいつもこいつも。与えるだけ与えて捨てて、いらなくなったらポイ捨て? 変わらないよ、このままじゃ」

「この――」

「君も」

右から振り下ろされた右ストレートはあっさりと風に軌道を変えられ、カノンは虫を払うかのように鎌を軽く振った。

「フェイトちゃん!」

「後は君だけだね」

 木々の向こうに消えた友人を心配する隙も無いままに、カノンの姿は目前に迫っていた。

「ライト――」

 唱えようと口を開いた刹那、地面に叩きつけられひかりは苦悶の声を漏らす。

「そもそも、強い奴を蹴落とそうとする奴って何なんだろうね?」

「嫌われちゃったんだ? かわいそうだね」

「折角助けてやったのに」

 ぶつぶつと呟きながらも、カノンの手に篭る力はどんどん強くなっていく。意識が途絶えかける彼女の耳に、アルスの声が届いた。

「フェリアルヌ」

 先ほどと同じ、二番煎じもとい、三番煎じの戦法にカノンは苛立ちをあらわにして鎌を振りかぶった。

「馬鹿だね」

 爆発だろうと高をくくったカノンが鎌を振り上げ、いつものようにその煙を振り払おうとした矢先、彼の下で何かが光った。

「さっさと殺せばよかったのにね」

「そんな短時間で!」

「ライト」

「っつ!」

 単純に光るだけ、それだけでも至近距離ならそれ相応の威力を誇る。最後の力だったかのように力尽きて杖を落としたひかりに向けられるはずだった鎌は、いつのまにかフェイトの手の中にあった。

「探し物ですか?」

「返せ!」

「フェリアルユ」

 アルスが壁にもたれ掛かりながら次々と唱えていく。フェイトの姿が数十にも分かれ、それがランダムに辺りを走り始めた。攻撃の手段を失ったカノンは手当たり次第に手を出していくも、本体にたどり着かずいらいらを募らせる。

「お前!」

 もはや子供のわがままにしか見えないカノンはアルスに視線の焦点を定めた。先ほどのダメージで動けないことは一見すれば明らかだ。にたりと笑ったカノンがアルスの首を掴まんと動き出す寸前、彼は小さく唱えた。

「フェリアルラ」

 カノンの手が届く寸前、アルスの全身がゆっくりと黒い光で覆われ姿を消した。ワープではなく、一時的に自身の意識する者を以前いた場所のどこかに飛ばすランダム強制移動。

 その者の熟練度により、移動できる距離は限られる。アルスとカノンの実力者は遥かな開きがあったが、それだけの時間があれば彼女には充分だった。

「今だ!」

 片腕一本だけを必死に上げて力を溜めるひかりの姿がそこにあった。

「それが効くとでも思ったか!」

 意識を奪うには至っても、身体的なダメージは皆無だった。でなければ、監禁中何も与えられていない彼がこれほどの力を出せるはずがない。構わずアルスへと手を伸ばす彼の手は、いとも簡単に止められた。

「お母さん!」

 放たれんとしていたライトエクスプロームの発射を止め、ひかりが悲鳴をあげた。

「放せ!」

「私にあなたが逆らえる訳ないでしょう?」

 抵抗するカノンを離さず、彼女は視線だけをアルスに向けた。

「アルスさん」

「フェリアルラ」

 助けようと唱えた呪文はいとも簡単に弾かれた。

「え?」

「これだけは、誰にも負けないから」

 悲しそうな笑みを見せる彼女がカノンを掴んだまま、ひかりの方を向いた。

「離れて!」

「アルスさん」

「もう、昔の事です」

「フェイトとね、例え違っても嬉しかったんです。また出会えて、一度捨てちゃったようなものだから、ライトも」

「ライト?」

 何故かその名前に反応を示したカノンに微笑を見せ、彼女は先を続けた。

「私が生きている限り、止まらないのは分かっていたのに。後一日だけ、後一日だけって伸ばし続けて、とうとうあなたが生まれてしまった」

「何がだ!」

「ルシファに始まる系譜はどこかで断ち切られなきゃいけない。だからね」

彼女が手を上げると、同じようにひかりの手も持ち上がり消えかけていた光の勢いが戻った。

「これくらいの事、と後で割り切れるようになれなければ、あなたはいつか潰れてしまうから」

杖から発せられる光は元の比ではなかった。直視できないほどの光となったそれは、カノンと彼女に向けられていた。

「アルスさん。私はあの子の親、とは少し違うんですよ」

 呆然とした表情で光を見つめるアルスは何の反応をすることもできずにただ黙って彼女の表情を見つめた。

「探してあげてください。いつかきっと、会えますから」

「あなたは?」

「量産品。いえ、少し違いますね。いずれ分かります」

 少しばかり考え込んだ後返ってきた言葉に絶句するアルスに別れを告げるように彼女は顔を上げた。

「卑怯かもしれません。けれど、あの子には幸せになって欲しいから」

「あなたは!」

「探してあげてください。私はどの道もう長くはありませんから。このままあの事黙ってあの事離れるときを待つ位なら、せめてあの子の為に。シュトラウスのためなどでは無く」

「……え?」

どこかで聞いた名前だった。どこだったろう? と考えがどこかへ飛んだ矢先、アルスの視界に膨大な威力を誇る光が、ひかりの杖から放たれた。

「何で、何で止まらないの!」

「お願いしますね」

「この!」

「黙りなさい」

 尚も抵抗するカノンの周囲にすさまじい風が起こるもすぐに掻き消え、そしてアルスの視界は真っ白になり、やがて彼の意識も途絶えた。


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