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第五章 第十節 ある日森の中のとあるお家の中で

「分かりました。後で僕が話しておきます。どうせ僕らも似たようなことさせられるんでしょうし」

アルスがやれやれといった表情で口を開いた。リースは既に車のハンドルを手にいつでも出発できる状態となっていた。

「何かあってもロイヤルナイツは何も関知できない可能性が高い。何を命じられてもメイル周辺のニュースには気を配ってろ」

「分かりました」

 助手席に座るシンの言葉にアルスは素直に頷いた。

「勿論、マリアにもな」

「出るよ」

 シンの悲鳴を捨て台詞にして、車は猛烈な加速を見せアルスの視界から消え去った。

「何て言い訳すればいいんだろ」

 アルスは一人しょぼしょぼとエレベーターに乗り込むと、軽く頭を抱えた。戻ってきたとき、誰もいないのは困ると言う事でフェイト一人を置いてきたがどう弁解したものか、彼は困り果てていた。

「一応、話は聞きましたが」

「あ」

 エレベーターが開いた途端、罰の悪そうな顔をしたフェイトがアワナの隣で頭に手を当てて笑っていた。

「すみません」

「今から追いかけても無駄でしょうし」

 相手が子供だからか、彼女の口調は事の外柔らかかったが、その表情は苦渋そのものだった。カインの行方は不在でリースまで独断行動を取るとなれば、ロイヤルナイツ内の規律にもひびが生じかねない。

「それで、何をすれば?」

「カインはリースに任せるとして、あなた達はカノンの方へ。全く、どうしてこんな子供ばかり寄越すんだか」

「え?」

アルスとフェイトは同時に彼女の顔をまじまじと見つめた。どうやら彼女は自分たちがハムレスと関わりがあるだけの普通の子供と思っているらしい。行き先やらその現場での注意事項を説明される中、彼らは言い様のない複雑な感情に駆られた。

「どうなってるんだ? ここの組織、全然形として成り立ってない」

 屋上までの階段を上る中、アルスの脳内は疑問符で溢れ返っていた。大体、シンとかいう男の発言も、どれだけ当てになるか分かったものではないのだ。

「楽しみだね」

「あ、うん」

 屋上にはヘリが何機か常駐しており、その中の一機が既に発進準備を終えていた。

「初めてだ」

 楽しそうにフェイトが乗り込み、その後すぐにアルスがその隣に座るのを確認したパイロットが、慎重に機体を浮上させた。ロイヤルナイツの制服に身を包んだ二人の子供を乗せて、機体は空高く浮上した。行き先は、ハムレス日本支部の本拠地『ネサル』。


「気を付けて」

「大丈夫」

 先に降りたアルスがフェイトの手を取り、二人はとある島に降り立った。人工的に作られた島の上には、ハムレスお得意の建物が聳え立っていた。

「でか……」

「うわぁ」

 異様な雰囲気を持つその建物の周辺には数多くのハムレスの兵士が立っていた。それだけで緊急事態なのだろうという事が分かる。緊張からか固い足取りで歩き出した彼らを、そう背丈の変わらない一人の少年が出迎えた。

「よく来てくれたね」

「ルークさん」

 白吏で出会った少年だった。アルスの手を取って、彼は彼らを建物内に通した。

「見ての通り忙しくてね。黒部さんもてんやわんやだ」

「凄い人」

「少し黙って」

 愛想良くしていたルークがフェイトの言葉を咎めた。突然の叱責に身を竦ませたフェイトはすぐにその小さな頭を下げた。

「あ、すみません」

「こっちだ」

 人波でごった返す建物内の中を縫うようにして、彼らはある小部屋に入り人ごみになれていないアルスは一息ついた。

「君たちの担当箇所だ。普通の市街地は一般の隊員に任せているが、山間部はカノンがいないとも限らないからね。最低限の力くらいは持っているんだろ?」

「まあ」

 ざっと見ると大体が山間部だ。まさか堂々と人前にいるとも思えないが、こんなど田舎にいるのか? とアルスが疑問に思う中、フェイトはやる気満々だった。擬似的な任務なら何度もこなしてきたアルスにとっては、つまらないものとしてしか映らなかったが。

「こんな物にまで頼らなきゃいけないとはね」

「はい?」

ルークの目はフェイトに向けられていた。何の事か分からず目を丸くする彼女を、ルークはうんざりとした表情で見つめた。

「試作品のテストとは、中々軽く見られてるね。僕らは」

「能力者生産の事を言われているのなら、あなたも――」

大して感情の篭っていない声で嘆いたルークにアルスが遠慮がちに反論するも、ルークはあっさりと手を振った。

「同じじゃないよ。君、自分のそっくりさんが一万体位いる?」

「いませんけど」

「オリジナルと量産品ではね」

「はあ」

 目の前での話題が自分の事と理解していないのか、繰り広げられる会話を呆気に取られている彼女に、アルスは苦々しい気持ちを禁じえなかった。

「無駄話してる暇は無いね。まあ、よろしく頼むよ」

そう言って笑顔を向けてきたルークの顔をまっすぐ見ることができずに、アルスは席を立った。


 再びヘリに乗り込み小一時間、辿りついたのはレイアーデラ南西にある熱帯林だった。この世界で二番目の面積を誇るこの森林地帯には数多くの生物が確認されているが、人が住むにはあまりに過酷な環境のため、数少ない野生動物の住処となっている。

「暑い……」

 日が差し込めばその暑さは軽く人間の許容範囲を超える。まだ朝早いため暑さはピークには達していなかったが、時間が経つに連れて体力の限界もはやくなるだろう。

「ほら! こっち、綺麗」

 アルスが早くも暑さで汗を拭う中、フェイトはそんな気候を物ともせずにはしゃいでいた。辺りを見渡せば、確かに色とりどりの花が咲き誇っていた。本来この世界の熱帯地方に花は咲かないはずだが、ハムレスの誰かが持ち込んだのだろう。ここ数年でここ一帯の景色も様変わりしていた。

「まあ、便利だよなあ」

 アルスがフェイトの後をぜいぜいと息を立てながら必死の形相でついていく。この様な地域での任務の場合、適任は間違いなくリースとフェイト、そしてカインだ。前の二人はそもそもどんな地形や気候だろうと問題は無いし、後者はその気候を自身に干渉させない力を持っている。

「何で僕、こんな所に来ちゃったんだろう」

 つまり、力を持つ者の中でも一番この任務に不適なのが彼だった。彼特有の能力もこの条件化ではフルに生かせるかどうかは疑問だ。

「ほら!」

「え? って!」

 いきなり何かを突き出された彼は、眼前にあるそれが何かを認識した途端後ろに慌ててとびすさり尻餅をついた。

「虫苦手だった?」

「苦手じゃ無いけど……」

 想定外のアルスの反応に慌てて手を差し伸べるフェイトの手を取りながら、彼は彼女の手の方へ視線をやれないでいた。都会育ちの彼にとって見るのも触るのも初めてのそれは、彼女の手の中でもぞもぞとその足を動かしていた。

「ああ、それイスモツバクだね」

 図鑑で得た知識からアルスがようやく覚悟を決めてその虫を視界の隅に入れた。この世界ではポピュラーな種類で、大きな物は高値で取引される事もあるという。

「知ってる。頭に三本の角が生えてるのがかっこいいよね」

「そこらへんは議論の余地があるけど」

 ほれぼれとした表情で見つめるフェイトに対し、アルスは冷めた口調で歩き出した。この先こんなものがわんさか出会うことを考えれば、こんな所で驚いていては頼りなく写ってしまう。

「さ、行くよ」

 そんな子供と大人の境の微妙な心理状態を携えて、彼はフェイトの先を歩き出した。


「うーん」

 そして十分後。

「うーん」

 二人は比較的大きな木の下で、二人仲良く首をひねっていた。

「おかしいよ、この地図」

「でも、ここからこっちに行けば、町はあるよ」

 アルスが地図に不平を言い、フェイトが辺りを見回して天を見上げた。ただでさえこの世界では未開の地だ。それを子供二人で踏破しろと言うのがそもそも無謀なのだが、そんな事を感じさせない程の余裕があった。アルスの体は普通の人間とは違う。フェイト達程ではないが、彼の体も一般の人間とは比べられないほどの耐熱性を持っていた。

「よし、ちょっと二手に別れようか。一緒に探してても終わらないし」

 木々の周囲には彼らが歩いてきた道以外に二つの獣道があった。未だ動物は見ていないが、この辺りにも住んでいるのかもしれない。

「じゃ、こっち行くね」

「一時間経ったら何も無くてもここに戻ってこよう。目立つし、これ」

「了解」

 覚えたてのハムレスの敬礼をしてから、フェイトが一方の道へと姿を消していった。アルスは、この道がどの方向へと続いているのか数分ほど確認してから、意を決して草を掻き分け進み始めた。

「もう少しで広いところにでるはず」

 一人で黙々と歩き続ける事数十分、そろそろお腹の音も鳴り出そうかという頃合になって、彼は木々が途切れているところを目標に歩き続けていた。人工衛星からの写真を元にして作られているため精度に問題は無いが、細かい部分が所々曖昧になっていた。

「ようや……」

 出た、と言おうとしてアルスは絶句した。慌てて木々の陰に身を潜め、じっと様子を伺う。

「こんな所に」

 家があった。小さいが、人が隠れるには持ってこいだろう。中に人がいる気配は無く、しんと静まり返っているが、いつカノンが出てこないとも限らない。ビンゴか? とアルスがその力を高め始めると同時に、彼の肩が何かに触れた。


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