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第五章 第九節 思いのままに

「おあようございます」

「お。早起きだねアルス」

翌朝、欠伸を噛み殺して部屋から出てきたアルスは、伸びをしながらリースの隣に腰を下ろした。ミーティングにはまだ間がある。室内にはちらほらと隊員たちが入ってくる中、きょろきょろと辺りを見回すアルスに、リースが笑いを噛み殺しながら一言耳元で囁いた。

「フェイトはまだだよ」

「え! ちが! カ、カインさんは?」

 明らかに動揺するアルスにとうとうリースが噴出した。周りの視線を気にしながら必死の弁解を試みるアルスは、それそれで非常に滑稽な空間を演出する事となっていた。

「あいつは出張。こき使われてるから」

「あ、そうなんですか?」

「おはようございます」

 彼がそれを聞いて驚く中、フェイトがひょっこり顔を出した。リースとは反対側の椅子に座ったため、アルスは二人の間に挟まれる形となった。

「おはよ、フェイト」

「おはよぅ」

「さっきと声が小さいぞ?」

「カインさんは?」

「出張。まあ、あいつはいてもこれに顔は出さないんだけど」

 彼に言わせればこれは単なるお遊びと変わらないらしい。リースにとっては他の世界の文化を知るいい機会であるため、定期的に出席していた。

「この後管理エリアに行って、行けるのかな? 多分行けると思うけどなあ」

「普通の人には行けないんですか?」

「一般の隊員はどっかの課に入ってるから、そこで指示を受けるんだけど。私たち宙ぶらりんだからなあ」

立ち入ることが許されているのは本当に極一部だ。もしかしたら新たに課でも作り、そこにカインをトップとした新たな集団を作る気なのかもしれないが、今はまだそんな気配は無かった。

「何すればいいんでしょうか?」

「こき使われるよー、多分」

「始まりましたよ」

 予想通りと言うか、議題はカノンについてだった。詳細は伏せられていたが、先ほどから説明者の視線がリースと度々合うことからもまず間違いないだろう。何の事だろうかと首を傾げるものも散見される中、予想以上に淡々と朝のミーティングが終了し、案の定彼女たちは呼び出しを受けた。

「カインは?」

「出張って、本人は行ってましたけど」

 大体、ミーティングに彼が出席しないのは珍しい事ではないはずだ。特に何かの課に属しているわけではないし、何か特殊な任務が入らない限り彼の居場所は中庭だ。

「行き先は?」

「上からの命令では?」

 名札にはアワナ、という名前が見える。確か隊長の秘書か何かだったろうか、とリースが思いを巡らしているうちに、彼女は会話の対象を彼女からアルスに移した。

「何か知らない?」

「いえ」

「そう」

「連絡受けてないんですか?」

 横からフェイトが口を挟んだ。まだロイヤルナイツの内部に何の予備知識も無い彼らには、これが異常事態なのだという認識が無い。神経質そうに眼鏡をいじる彼女に、リースが自分たちの本題に入った。

「それで、今日私たちは?」

「少し待ちなさい」

 隊員たちがそれぞれに散って行く中、捜索に加わるのだろうと高をくくっていた三人は肩透かしを食らった格好で広い部屋に取り残されていた。

「あの」

「どうしたの? フェイト」

 何故か遠慮がちに手を上げたフェイトに、手持ち無沙汰に手近な椅子に腰を下ろしたリースがその言葉の続きを待った。二人の視線を受け彼女は少し躊躇した後、思い切って口を開いた。

「カインさん嘘ついた、とか」

「まさか」

 リースとアルス、二人同時に声を出していた、まさか。

「すみません」

「いや、意味が無いし」

「嘘つくメリットが無いような」

 慌てて頭を下げたフェイトに、リースとアルスはただ苦笑を返すしかなかった。リースもアルスも付き合いは短いものだが、彼がそこまで愚かではない事は分かっていた。

「多分本当に出張だと思うよ」

「問題なのは、それを上が知らないことですね」

「隊長さん、レイブンの信用無いのかな」

「確か、ここの隊長は元々フェイニータルと繋がりありませんよね」

 アルスとリースがこの状況を議論し始めた矢先、フェイトがアルスの袖を引っ張った。

「あの人」

「うん?」

 アルスが気づいて振り返った瞬間、猛スピードで隣をリースが駆け抜けた。そのまま目的の人物を引っ張って来た。呆気に取られるアルスとフェイトの下にまで引きずってこられた人物は非難の意を込めて口を開きかけるも、リースの声に封じられた。

「いい所に来た!」


「何か用か?」

 それぞれが手近な椅子に腰掛ける中、すぐにもここから待避せんと身構えるシンは警戒感たっぷりに三人に視線を向けた。

「カイン、どこ行ったか知ってる?」

「メイルだろ」

「それ、誰から聞いた?」

「レイブンがカインに命じてたし、俺も誘われたけど断った。面倒くさいし」

「ほらね」

 これで少なくともカインが嘘を付いていない事は証明されたが、隊長ともあろうものが把握していないのはどう考えてもおかしかった。

「なら、何で隊長さん知らないんでしょう?」

「知らない?」

 フェイトの言葉にシンがいぶかしむ様に目を細めた。ようやく彼にも事態が掴めて来たらしく、腕を組んで何やら考え始めた。

「ロイヤルナイツから見ればカインは現在行方不明と一緒」

「でも何でメイルに」

 リースの言葉を聴いてアルスがぽつりと疑問を漏らした。こんな緊急事態に、カノン捜索以外に重要案件が存在するだろうか。

「そんなの考えるまでも――」

 そこまで言って止まったシンを、リースがテーブル越しに下から眺めこんだ。

「何か知ってるの?」

「許可がいるらしい」

「許可?」

「マリアの出身地だとか何とか……隊長に知らせていないんだな?」

「この状況見れば分かるでしょ?」

「ロイヤルナイツってのは、マリアに心酔してるんだよな?」

「その言葉のままアンケート取ってみれば? 多分ここにいる全ての人間があんたに烈火の如く怒り出すから」

「で、マリアに関してカインはメイルの王様の所に許可を取りに行った」

「アーバンまで連れてね」

「で、それをロイヤルナイツには知らせていない。最高戦力であるカインの処遇にも関わらず勝手に」

「まあ、逆らうすべは無いけどね」

「だったら、答えは一つだろ?」

「どんな答えになるんですか?」

話についてけないアルスがシンの問いに首を傾げる。シンはそんな三人の反応を見てから自身の推測を展開し始めた。

「マリアは何らかの能力を持ってるはずだ。彼女と同じように」

「まあ、続けて」

最後の彼女がきになったが、今はそれどころではない。先を促すリースに、シンの口は滑らかさを増して行く。

「その能力が欲しくなったとは言え、それはロイヤルナイツに大っぴらに言える物じゃない」

「だったらあのカインが認めるはずない。反対するでしょ?」

「今反対したって消されるだけだ。カノンだって実際邪魔になったから誰かに痛い目に合わされたんだろうしな。それはあいつも分かってる、馬鹿じゃないからな」

「で? ハムレスに連れて行かれるの?」

「カインは阻止したいはずだ。思ったより単純な奴みたいだし」

「あんたもね」

 リースの皮肉に一瞬にらみ合いになるが、シンはゆっくりと息を吐き出し先を続けた。

「ハムレスとくっつき始めた途端これだからな。多分黒部は切り捨てられる」

「あらら、可愛そうに」

「で、あいつは喧嘩を売る気満々だしな。多分カノンを倒した奴が切り札なんだろうさ」

「それだけじゃ勝てないよ。数が違う」

その辺りの戦力差はリースもシンも承知していた。一人でこの世界全てに素手で喧嘩を売るようなものだ。勝ち目などあるわけも無かった。

「この世界だけで言えば、恐らくマリアを味方に付けたほうが勝ちだろう」

「実際に会って話をすれば虜になっちゃうわけだし」

今のこの世界の現状がそれを証明している。だからこそ、ハムレスはフェイニータルを黙認しているのだから。

「だからカインは何としてもマリア奪還に動くはずだ。あいつは過去メイルで何かしてる、何も知らないはずがない」

「だったらレイブンが送り込むか――」

そこまで来てリースの頭にある人物の顔が思い浮かんだ。先ほどのシンと同じように腕を組んだ彼女に、シンが推論の締めくくりに取りかかった。

「確か、あいつ人の心が読める上に未来が分かるんだよな。完全に操れないとはいえ」

「全て分かった上で、やったって?」

「カインが動けばそれこそ連鎖的に世界の全てが動く。戦争だな、まさに」

「有り得ない!」

それこそ机上の空論だった。そんな簡単に戦争が起こるならもう何度もこの世界など滅んでいてもおかしくは無い。やりあえば全てが終わることくらいこの世界の住民もわかっているはずだ。

「ハムレスに、ここのハムレス支部が反旗を翻して、フェイニータルとロイヤルナイツ間で内部分裂が起きて、カインは独自にマリアを誘拐、カノンはカノンで鬱憤を晴らすだろうし、各地の抵抗勢力の全てが動き出す」

「あんたはどうするのさ?」

「止めたい。だから彼女の所にあいつを落とした」

「止めるって、あんたの言うとおりなら」

というより、言葉の節々に意味の分からないフレーズが散らばっているのは、わざとなのだろうか。いらいらしながらも、反論しようと試みるリースにシンは冷静に返した。

「順当に行けば、カノンがどうするかにかかってる。お前がハムレスについて、俺は黒部に付くとするなら、勝敗を決するのはカインとカノンだ。ただ、こいつらはどちらの未来も選びそうにない。寧ろ一人で特攻して自滅するタイプだしな。まあ、俺の言えた話でもないが」

「セイバーが黙ってるとでも?」

「来ないさ」

何故か自身満々に即答したシンに、リースは疑いを持たずにはいられない。状況からしてこの世界は簡単に切り捨てられる世界ではないはずだ。

「どうして言い切れる?」

「それどころじゃないだろ? そいつら」

「何か事件でもあったの?」

最近本部とも連絡が疎遠なこともあり、彼女の目つきが変わった。が、とある事にすぐに思い当たった。なるほど、よく考えられたタイミングなのかもしれない。

「ごった返してるぞ、本部は今。こっちに手を伸ばせるとは思えない。大体、折角作った俺たちをそう簡単に殺してどうするんだ? 逆に言えば、マリアさえ抑えればカインなんて脅威でもなんでもない。彼女を抑られたら俺なんてただの犬だ」

「カノンにはそれが無いって?」

「そして、これは本当に何の根拠も無いんだが。もしカインが抑えられたらマリアはあっさり自分の身を差し出すんじゃないか?」

「それこそまさかだ!」

声を荒げたリースにアルスがその姿勢を正し、フェイトが驚きに目を見開き、シンは逆に彼女を観察するように目を細めた。

「ここでごたごた言ってても仕方ないな」

「……どうするのさ?」

シンはすっと立ち上がった。言うべき事は言ったとばかりに立ち去ろうとするシンに、リースは俯いたまま尋ねた。もし、仮にシンのいう事が事実なら、待っているのは世界の壊滅だけだ。

「『捜索に行ってくる』」

込められた意味は考えるまでも無かった。リースの拳に力が入り、その勢いのままに思いが口から出ていた。

「私も行く」

「命令待ちだろ?」

 皮肉のように発せられた声を跳ね返して、彼女は立ち上がった。

「この位、後でどうとでもなる」


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