第五章 第五節 許されぬ失態
「着いたね」
ルークが伸びをし、シンは到着のアナウンスを聞いて目を開けた。出発してから九時間ほどで、彼らの乗る飛行機は予定通り空港へ着陸した。
「殺風景だな」
「仕方ないよ。後は衰退するだけの地域さ」
タラップをつたって降りていく彼らを出迎えるものはいない。完全に停止した飛行機の貨物室が開き、数々の荷物が運び出されていくのを彼らは黙って見守っていた。
「そろそろだね」
「移動は?」
荷物もあらかた運び出され、後少しでカノンの入った牢が目に見えようかと言う時になって、シンがふと何気ない風を装って回りを見渡した。飛行機から見えた光景は文字通り岩だらけのものだ。ここから数分もすれば、たちまち辺りは何も無い無機質な大地と化す事だろう。
「車を呼ぶように手配してある。全自動だからね、便利になったものだよ。本当に」
「ふうん」
「だから――」
そこまで言ってルークが言葉を止めた。口を開けて固まっているルークを横目に、シンは一言声をかけた。
「随分頑丈な牢屋だな」
「馬鹿な……」
カノンがいたはずの場所はもぬけの殻だった。
「美味しいです」
時間が下る事それから二時間、相変わらず養成学校に腰を落ち着けていた彼らの車がアラーム音を発し始めたのは、昼食も取り終わりデザートを食べていた時だった。ここ一帯でしか取れない果実が並べられ、アルスがそれをむしゃむしゃと食べている最中、まず反応したのはリースだった。
「行って来るよ。待ってて」
人間離れした跳躍力を見せてリースが飛び出した。突然の光景に子供達は歓声を送るが、アルスとフェイトは目を点にして顔を見合わせた。
「凄……」
「うわぁ」
「お待たせ」
歓声が鳴り止まないうちに戻ってきたリースは真っ先にアルスとフェイトの方に近寄ってそっと耳打ちした。
「呼び出し」
「誰からですか?」
「ルークって子。知ってる?」
「いえ」
アルスが首を振りフェイトの方に視線を向けるが、彼女も同じように首を振った。聞いた事も無ければ用件も不明だ。フェイニータルからなのかハムレスからなのかもはっきりしない。
「何だろうね?」
「と言うより、何で僕達に」
「行って来るね」
状況を察したのだろう。すっと立ち上がった彼女はフェイトをそっと抱きしめた。
「いつでも戻ってきてもいいからね」
「うん」
数秒の時が流れ、リースが口を開いた。
「行こう」
「出動してる!?」
「へえ」
ルークが先程から空港の責任者を質問攻めにしている一方、シンはカウンターに片肘を立てて事の成り行きを見守っていた。行方不明のカノンを探そうにも逃げ出したのは恐らく航行中だ。貨物室の扉が開いた形跡は確かに存在し、ついでとばかりにそれを感知するセンサーもご丁寧に破壊されていた。つまり、このままでは完全に彼らの失態だった。
「確かにそうルーデから連絡が」
「今すぐ呼び出せ!」
「早いな」
ルークがまくし立て続ける中、シンがそのタイミングにとある疑惑を抱く。カノンが逃げ出したのがいつかまでは彼も把握していなかったが、発覚したのはつい先程の事だ。すぐに受け渡し先のルーデに連絡がいったとしてもルークが気付くまでの猶予時間は僅かに数十分。ありえない時間だった。
「ルーク」
「何!?」
いつになく苛立った口調でルークがシンの方に振り返った。黒部の叱責がそんなに怖いのだろうか、と妙に冷めた感情を抱きながらもシンは自らの推測を話し始める
「俺達がここに来てすぐにルーデに連絡が行ったとする。それからお前は本部と連絡を取ったり飛行機の経路から探索班を組織するのに数十分。そしたらルーデからもう出てますと連絡が来たのがたった今」
「それがどうした!?」
「事態を知ったフェイニータルとハムレスは早急に探索班を作成するだろうが、航空機や人員の調達は一時間程度じゃ無理だ。捜索範囲が広すぎるからな」
下手すれば範囲はレイアーデラ大陸全土だ。全ての人員を配しても探索には相当の時間がかかるだろう。幸いにしてカノンの体力は消耗している為今すぐ長距離を飛べる事はまず間違いないが、時間が立てば立つほど危険度が増すのもまた事実だった。
「ああ! だからルーデが勝手に出しゃばったんだろう!?」
「ルーデに空港は無い。どう考えたって彼らが行けばここの空港を使わざるを得ないが、姿は無いだろ?」
それにルーデが動くメリットはどこにも無い。わざわざ自分達に不利になる兵器を自ら喜んで回収しにいく馬鹿がどこにいるというのか。
「なら、シンはどう考える?」
ようやく落ち着いたのか、ルークが激昂を止めた。周囲は打ち合わせやら事務連絡等で大騒ぎだ。
「相手はカノンだ、生半可な装備なら瞬殺される。それにも関わらずすぐに現場付近まで行く事が可能でなおかつカノンと互角に渡り会える人物。分かったか?」
「分かったよ、シン」
そこまで絞れば該当する人物はもう一人しか浮かばなかった。他にも自分達の様な存在が増えているという可能性もあるにはあるが、それよりももっと推測が簡単な人物が彼らの近く存在していた。
「俺は一足先にルーデに向かう。お前はここで連絡を待て、到着次第連絡を入れるから」
「行くって、まさか?」
今から車で行っても時間はかかる。それならばここで待ち、直接シンも探索に加わったほうが、と考えて彼はシンがにやりと笑うのを見てある可能性に思い当たった。
「大丈夫、人もすくねえし、高高度を飛べば問題ないって」
「全く、そこらへんは変わってないなあ」
駆け出したシンの姿を見ながら、ルークは少しばかり寂しげな表情で天井を見上げた。
「ごめんね、折角案内して貰えるはずだったのに」
「いえ、仕方がないですから」
「それで、どこに行けばいいんですか? 僕ら」
フェイトが笑顔で答え、対照的にアルスはどこか不機嫌そうに口を尖らせた。
「それが、さっきの場所でいいって」
「さっきの?」
意外な答えにアルスが首を傾げた。どこから呼び出しているのかは知らないが、何故彼らがこんな辺境にいるのか。そちらの方に彼は興味があった。
「直接ヘリコプターで乗り付けるとか」
「そんなコストかける必要性があるんですかね」
「さあ」
行って見れば分かる事だった。焦る気持ちを抑えて、たどり着いた先で待っていたのは、ある種予想通りの人物ではあった。
「下がって」
「え?」
「はい?」
腕組みをしながら入り口脇の壁にもたれ掛った少年を視界に入れた途端、リースがアルスとフェイトを庇うようにして前に立った。
「何の用?」
厳しい視線を向けられたシンは、表情を変える事無く淡々と用件を告げた。
「カインはどこにいる?」
「さあ、さっきまでいたんだけどねえ」
とりあえず彼女は素知らぬふりをする事に決めた。必要以上の情報を与えて彼に何かあれば事だ。と、シンは腕組みを解いてこちらに歩み寄ってくる。戦闘態勢を取るリースを意にも介さずシンは後ろの二人を見つめた。
「いた事は知ってる 聞きたいのは別の事」
「何?」
「どうしてあんたがあいつといるんだ?」
リースの正体を分かった上での質問だった。確かにシンから見れば、ここにいるよりもハムレスいた方が自然に見えるのだろう。内情を話すわけにもいかず、リースは無視を決め込んだ。
「誰ですか?」
「アル」
「手は出さない。ハムレスだしな、俺」
注意を促そうとしたリースの声は次のシンの言葉にかき消された。味方だと知って安堵の表情を見せるアルスとフェイトと違い、リースはまだその警戒を解かなかった。
「ハムレス?」
刹那のにらみ合いの中、先に口を開いたのはシンだった。
「話しがしたい」