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第五章 第四節 暖かな時間の中で

「かーわいいよー」

「え? あの」

「リースさん!」

 いきなり抱きつかれた事に面食らったのか、フェイトが手足をばたばたさせる。止めに入ろうとあたふたするアルスの姿が周囲からの微笑を誘っていたが、一人、色々無い身でかやの外に置かれている人物がいた。

「初めまして」

 視線に気付いたのかフェイトが彼に頭を下げた。彼女と同じ、金色の髪と瞳。違いといえば、まだその瞳に本物の幼さが残っている事位だろうか。

「カイン?」

 流石に動揺を隠し切れないリースが微動だにしないカインの方に歩み寄るが、彼を動かしたのは彼女ではなく、次に響いた怒声だった。

「どういうことだ!」

「何?」

 リースが何事かと聞き耳を立てた。異様な空気がフロア内に生み出される中、話が進むにつれて、彼女の表情が曇っていった。

「厄介かも」

「何かあったんですか?」

 その言葉にアルスがリースに問いかけた。フェイトは呆気にとられたように周りをきょろきょろと見回し、カインは受話器を持つ男に厳しい視線を向けていた。

「カインさん」

 会話が終わったのか、その男は受話器を置いた途端カインの名前を呼んだ。呼ばれる事を予期していたのかすぐに駆け寄る彼にすぐに何かが耳打ちされる。

「どうしたんですか?」

「何かが行方不明だって」

「それでどうしてあの人が?」

 フェイトには何が何だか良く分からなかった。同じく困惑しているアルスを横目に、リースは妙に納得した表情で頷いていた。

「ああ、見てれば分かるよ」

 何事か二言三言の会話の後、カインがこちらに戻ってきた。詳しく尋ねようとしたアルスを制して、カインがその目つきを変えた。その瞳にアルスとフェイトが息を飲む中、リースが何を思ったか彼に一言耳打ちした。

「待ってるよ」

 一瞬目が合い、カインの方からすぐにその視線を逸らした。先ほどから様子がおかしいのは勿論彼女も気付いていたが、今は双方が何かを特別言葉を発する事は無かった。

「……分かった」

「ここで、ですか?」

 彼が外へ出て行くのと同時にアルスが声を発した。二人のやり取りに呆気に取られている様な、呆れているような表情だ。

「帰り道どうするの? まあ、一日位だろうし。観光観光! ね?」

 このまま三人で帰れば白吏から出国する際、カインがいない事が問題になる。理由を問われて素直に話せないのは彼らの表情を見れば明らかだ。場所も詳細もリースは把握していたが、カイン一人で何ら問題は無さそうだったこの問題に関して、嘘をつくメリットも無い。それならここで一日時間を潰すほうが楽だし、何より彼女がそれを望んでいた。

「あ、はい」

「まあ、確かにそれしか無さそうですけど」

 事情の分からないままフェイトが彼女の勢いのまま首を縦に振った。アルスも似たような結論に達したのだろう。渋々ながら、といった表情で頷いた。

「どこか案内して貰える?」

「それなら」

 ようやく笑顔を見せたフェイトが受付の女性の方に視線を向けた。会話を聞いていたのか既にどこかに連絡を取っている。

「ここで育ったの?」

「はい。今日を本当に楽しみにしていました」

「私も入ってからそう日は立ってないんだけど、お互い楽しめるといいね」

 会話の間にも車が止まり、フェイトを先導にして彼らは車に乗り込んだ。行きに使ったものと型は違うが、中身は大差ない。少しばかりスイッチ類が増えている事から、改良型か何かだろう、とリースは勝手に想像していた。

「案内しますね。て言っても、特に大した物無いんですけど」

「製造工場とか」

「流石に機密ですから」

 さらりとリースのリクエストをかわして、フェイトが何かを打ち込んだ。相変わらずのゆっくりとした発進と共に、大きな道路に出る。辺りに車は数台ほどが走っているだけで、辺りはビルが立ち並ぶ物々しい風景に反してやけに静かだった。

「あの」

「どうしたの?」

 遠慮がちに手を挙げたフェイトに、反射的にか癖なのか、はたまた狙っていたのかアルスが反応した。同年代に慣れていないのか、何か他の理由があるのかは知らないが、どう考えても先程の無邪気にはしゃいでいた子供の面影は消え去っていた。

「お名前聞いてもいいですか?」

「忘れてたね、リース。彼はアルス。さっきの無愛想なのがカイン」

「無愛想、ですか?」

「せめて根暗にしません?」

 聞きなれない言葉にきょとんとするリースに対し、内心彼に憧れに近い感情を抱いているアルスがフォローになっているのか、なっていないのか良く分からないまま止めに入った。

「冗談だよ。名前くらいは聞いた事あるかな?」

「はい、初めて見ました。その、凄く強い方なんですよね」

「僕も最初は少し怖かったんですけど、何かイメージと違った」

 能力者を養成する機関の中では当たり前の様に出てくる名前だった。数いる翼の中でもその活動期間は長い上に成果が抜きん出ているためだ。

「フェイトの口調が移ってるよ、アルス。まあ、私も最初は殺人マシーンだと思ってたよ。四肢切断されちったし」

「獅子?」

「CC?」

「ああ、何でも無いよ。そろそろかな」

何の事か分からずぽかんとする二人を置いて、リースは話題を変えた。辺りはビル郡からは少々外れた所に差し掛かっていたが、道路がきちんと整備されている辺りインフラのレベルの高さを窺わせた。

「そうですね。あ、見えてきました!」

フェイトがその方角を指し示す方向に何かしらの建造物が見えた。ハムレスお得意の四角形を二段並べたお手軽建造法で作られた建物の門には、アルスにも馴染み深い文字が彫られていた。

「養成学校、僕の所とそっくりだ」

「ここにもあるんだ」

 アルスが懐かしそうな視線を門の向こうへ向け、リースが他の世界で見たのと変わらない風景に目を細める。

「はい、折角だから挨拶していこうかと思いまして」

 フェイトが門を開き中に入り、彼らを招き入れる。ハムレスの援助により設立された養成学校は、ここを含めてこの世界にはまだ三つしか存在していなかったが、早々にアルス、フェイトという結果を出していた。

「お母さん!」

 フェイトが大声を発して走り出した。一階部分は大半がガラス張りで部屋の中の様子が容易に見て取れ、中では十人ほどの子供達に混じって一人の女性が世話に手を焼いていた。

「フェイト! どうしたの? 今日でしょ?」

「時間が取れたから」

 胸に飛び込んだ少女を迎えた女性は、一目で白吏と見て取れる姿をしていた。肩まで伸びた黒髪と、切れ長の細い目は如実にその血を示していた。

「お姉ちゃんだ!」

 周りにいた子供達もフェイトに気付いたのか彼女に駆け寄って行き、フェイトは子供達に引っ張られながらも楽しそうな表情でくるくると回っていた。

「アルスもあんな風?」

「そこまで子供じゃ無いです」

「へえ、どうだろうなあ?」

「からかわないで下さい」

 先程から事実上カヤの外に置かれている両名が、その集団に歩み寄って行きながら眼前の光景を微笑ましく見つめていた。リースが意地悪そうにアルスに食いかかるも、彼はそれに反論しつつも、視線は彼女から離せないでいた。

「かわいいよねえ、あの子」

「はあ!?」

「分かりやすくてしょうがない。あいつは違う意味でそうだけど」

「って、な何が!?」

 リースが口を尖らせる理由も分からずアルスはどもり続ける。

「養成学校にかわいい子いなかったの?」

「いません」

「へーえ」

「こんにちは」

 尚も追撃しようとしたリースに声がかかる。思ったよりも鋭い声でははあるが、こちらに警戒心を抱かせないのは流石と言うべきか、それともそれだからこそここに配属されたのか。

「初めまして。今日からフェイトのお仲間になりました」

「リースさんにアルス君? こちらへいいですか?」

 部屋の中を指し示されれば断る理由も無い。子供達に自由時間を言い渡した彼女はフェイトとアルスに面倒を見るように頼み、自身はリースを手招きして別室へと移動した。

「私の部屋です。どうぞその椅子へ」

 普段子供達が遊ぶ部屋のすぐ隣の個室へ通され、彼らは言われるがまま席に腰を下ろした。机には子供達の成長記録やら絵やらが飾ってあり、簡素な部屋ながらもその中は明るかった。

「あの子がここに来た時の事を思い出します」

「いつからここに?」

「一年前、でしょうか? あの頃からしっかりとした子でした」

「異世界から?」

「私は何も聞かされていません。これからあの子がどうなるのかも」

 リースの問いにただ彼女は首を振るばかりだった。これから彼女がどんな道を歩むのか、それはリースやアルスにも、恐らくカインにも分からない事であろうが、彼女の望む物ではない様な気がして、リースは顔を曇らせた。

「いい子なのはすぐに分かりました。死なせる事が無いよう全力を尽くします」

「その為に誰かが死ぬのですか?」

 アルスは何も言い返せず黙ったままだった。彼らの行動をある種全面否定しかねない質問だったが、リースは出来る限り素直に答えた。

「それが、命令ならば」


「アルス君の所もこんな感じ?」

「まあ、似たようなものだけど」

 暖かな陽だまりの中、フェイトと部屋から足を垂らして二人並んで座っていた。面倒を見ろ、という無茶な要求にどうしようか困り果てたアルスだったが、予想外に子供達は大人しかった。最初はアルス達も混じって遊んでいたが、次第に子供達の興味は外で舞う昆虫達に移っていた。

「優しそうな人で良かった」

「誰が?」

「リースさんとアルス君」

「僕は良く分かんないけど。ここはいい所だと思う」

「嫌だったの?」

「そんな事無いよ。だけど何かピリピリしてた、今思えば」

 少なくとも、ここのほうがゆったりと時間は流れていた。お母さん、と呼ぶ相手もいなかったし、友達なんて呼べる存在もいなかった。強いて言うならばライバル、といった感じだろうか。毎日が訓練ばかりのアルスにとって、この光景は羨ましくも異端にも思えた。

「ここは穏やかだから」

「お母さんとか、いないの?」

「私にとってのお母さんはあの人だから。憶えてないんだ、ここに来る前の事」

「ごめん」

 寂しげな表情にしてしまった事に罪悪感を感じてアルスは子供達の方に視線を向けた。自身も両親の事など覚えてもいないし、存在するのかどうかも知らなかったが、それでもいない、と言う事が寂しいと思う人もいるという理解は持っていた。

「考えるんだ。今のお母さんがもしいなくなっちゃたらって」

「どう思う?」

 日が高くなりそろそろ正午を迎えようとする中、彼らの話題は明るい日差しに反して影を落とすものだった。アルスの何気ない質問にたっぷり五分は考えた後、フェイトはぽつりと漏らした。

「……寂しいな」

「そうなんだ」

 理解できないのが少しだけ悔しかった。リースなら、カインならこんな感情も理解してあげられるのだろうか、考えても無駄な事を考えるのは昔からの癖だった。

「だから守る。力もあるみたいだから」

 結局、大した事も何も言えないまま、お昼を告げるチャイムが鳴った。子供達がそれに気付いて、何やら走り回っていた遊びを止めた。ただ時刻を知らせる意味程度にしか取っていなかったアルスが何事かと尋ねる前に、フェイトが勢い良く立ち上がりアルスに手を差し伸べた。

「お昼ご飯食べようか。凄くおいしいんだよ、お母さんの料理」


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