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第五章 第一節 西へ

「初めまして、アルスです」

「カインだ」

「リース。まあよろしく」

 廊下を並んで歩く様は傍から見れば奇怪にも愉快にも映る光景だろう。ロイヤルナイツの制服を着てはいる物の、その外見はいずれもまだまだ子供だ。カインやリースはそれでもまだ許容範囲かもしれないが、十歳にも満たない子供が如歳無く丁寧に言葉を操っているのは、やはり気味の悪いものなのかもしれない。

「珍しいんでしょうか?」

 先ほどからちらちらと視線を感じるのか、アルスが辺りを見回す。あまり大勢の人間と触れ合う経験が無いのか、怯えている様にも見える。

「気にするな。すぐに慣れる」

「はあ」

 とうの昔にそんなものは気にしなくなったカインの言葉に、アルスは曖昧な表情で頷いた。本部から外に出て駐車場へと歩き、彼らは車に乗り込んだ。これから近場の空港まで行き、そこから指定された場所まで約五時間の空の旅だ。

「フェイニータルの養成学校?」

「はい。生まれた時からずっとです」

 相変わらずハンドルを握る彼女の質問に顔色一つ変える事無く答えていくアルスを、信じられないといった表情で見ているカイン。彼の手は、先ほどからいつでも脱出できるようにドアをがっちりと掴んでいた。

「どうしたんですか?」

「何でも無い」

 明らかに様子のおかしいカインは、外の景色に視線を固定していた。データは予め送ってはあるので今更何かしらの情報を聞く必要性はどこにも無いが、会話が皆無なのもリースにとっては味気ないものだった。共にきた仲間の姿は確認できず、彼女に会えるのはいつの事だろうかとため息をつかずにはいられない。

「カインそんなんで飛行機は大丈夫なの?」

 茶化すように放たれた言葉はカインを動揺させるには十分だった。少しの間思慮する素振りを見せた後、彼は必死に脳内で対抗策を考案しようと模索を開始した。

「チケットは三枚既にありますから。キャンセルしてもどうやって行くんですか?」

「……自分で飛ぶ」

「明日の新聞の一面は何かなあ?」

 過去、彼らが表の歴史舞台に登場した数はそう多くないし、その必要性も無い。アルスの当然の反論に、カインは小さく反論するも、こんな街中でそんな事をすればどうなるかなど、分かりきっていた話だった。何より、無駄な騒ぎを起こせばややこしい事になるのは分かりきっている。

「裏では仲良しだけど、表向き対立してるからね。私達」

 反論しても無駄だと悟ったのか、カインは腕を組んで目を閉じた。少しだけスピードの落ちた車は、目的の空港まで日の暮れる景色の中を走っていった。


「あの……」

 中央に三つ並んだ席の中央で、カインはうなだれていた。リースを挟んだ右側からアルスの心配そうな声がかかるが、カインはそれに反応する事も出来ずたまに小さく呻くだけだ。離陸してから数分、当初はそ知らぬ顔で平静を装っていた彼だったが、早々にダウンする破目に陥っていた。

「情けないねえ」

「うるさい」

 リースがカインの背中をさすってやりながら苦笑している。元が人ではない彼女にとって彼の感覚は理解しようがないが、こうまで弱っていると守ってやりたくなるのが人情だろう。

「行き先は?」

「ルーデって所。国なのかな?」

彼女がそう思うのも無理は無かった。独立都市『ルーデ』 とある国の支配下に置かれているその国は、とある理由から大幅な自治を認められていた。

「どんな国なんですか?」

「ちょっと待って。今読むから」

 それからリースがその文書から得られた情報は次のような物だった。

 場所はレイアーデラ大陸を取り囲む三つの大陸の内の一つ、エグレジワ大陸の南端。四つの大陸の中で最小のこの大陸の面積は、レイアーデラの僅か十分の一程度に過ぎない。存在する国は二つ。北半分を治めるリングワリュ皇国。そして南半分を治める白吏という民族生息地域の中に、ルーデは存在する。

 民族構成は数多くある国々の中でも異例の他民族国家で、その小さな領土にも関わらず、大陸内最大の経済規模を誇っていた。

 都市内に大した資源を持たないこの国の最大の特徴は、そのハイテク技術にある。日零本紀共和国と一、二を争う技術を誇るこの国にはフェイニータル、ハムレスの支部も置かれていた。

 世界中から優秀な頭脳を掻き集めている為か、国の人口の十五パーセントは技術者で占められ、残りを公務員と商人、農民で占められている。かつてのハムレス侵略時も技術の喪失を恐れたのか被害は少なく、裏ではリース達の様な者達の研究施設も置かれている。迎えに行くのは、その研究施設内で育てられた内の一人だった。

「僕とは違うみたいですね。僕はフェイニータルの人間ですけど、この子はハムレスだ」

「楽しみ?」

「僕の役目はマリア様をお守りする事ですから」

「そっか」

 何の疑問もない澄んだ瞳をリースは見ていられず、隣に座る彼の方に視線を向けた。その本人は眠っているのか聞いているのか腕を組んで目を閉じたまま微動だにしない。

 そして数時間後、彼らを乗せた飛行機は白吏民族地域内にある一つの空港に降り立った。


「流星だ」

「リュウシン?」

「西の外れにあるからな。シンも本来は星だ」

空港まで向かえにきた者の名前を聞いてアルスが上手く発音できずに戸惑うのにカインが解説を加える。黒の長髪を腰まで伸ばすのはこの国の伝統だ。長ければ長いほどその者の地位は高く、この者の地位もそれ相応のものなのだろう。

「早速だけど、案内して貰っていい?」

「来い」

 リースの声に短く低い声で頷いた彼は空港内の受付に一言声を掛け何かしらの手続きを取り始めた。

「知らないだろうから言って置くが、俺達と一緒だ」

「翼?」

 彼を待っている間、手持ち無沙汰にしていたリースとアルスの耳元でカインがぼそりと呟いた。

「ハムレス?」

「この世界はハムレスが掌握したんだ。俺達みたいなのはどこにでもいる」

「翼のバーゲンセールかあ」

「じゃあ強いんだ、この人」

 リースが肩を落とし、アルスが目を輝かすのを横に何らかの手続きを終えた流星が何かの書類を片手に戻ってきた。それぞれ一枚ずつ配った後、再び彼は歩き出した。

「ついて来い」

「何者?」

「知らん」

 ひそひそと小声で尋ねてくるリースにカインは素っ気無く返す。アルスは先ほどから目を輝かせたままだ。

「じゃあ何で正体分かったの?」

「お前、同じ奴は分かるだろ?」

「納得」

 空港前に一台の白いワゴンが止まっており、流星が乗るように促す。完全自動制御でコントロールされている車は、発進します、という機会音が発せられた後、リースのそれよりも遥かに静かに発進した。


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