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第四章 第六節 再会

 いつの間にか外には何台もの黒塗りの高級車が止められていた。一般人が見れば何かと勘違いしそうな物々しい空気の中、一台ずつに彼らは分けられその場から走り出す。

 沙耶香がされるがままに乗り込んだ後部座席の隣には、シンがいた。

「会話できる?」

 何故か運転席との間には仕切りが設けられ、彼らは狭い空間に二人きりとなっていた。話を切り出した彼女に視線を定めた彼は、ようやくその重い口を開いた。

「端的に言います」

「どうぞ」

 投げやりな口調で発せられた言葉にいささか面食らいながらも、彼は先ほどの黒部との協議を回想しながら彼は意を決した。

「妹さんは生きてます」

「死んでるって言ったら今すぐ貴方の首を絞め殺してる」

「島にいて、普通に暮らしてます。人口は大幅に減りましたけど、フェイニータルから救援物資が届きますし、順次本土への移住も完了するかと」

「見返りに戻ったんだ」

あっさりと返された言葉に、シンは面食らう。以前会った時と印象が異なるのは当たり前と言えば当たり前だが、どこか空虚な印象を彼は受けた。

「慣れちゃったのかな。そんな世界に」

「もう一つお知らせがあります。これは俺も、いえ私も知りませんでしたが」

 どこか自嘲する様に呟いた彼女に、シンは迷いながらも本題を切り出した。

「何?」

「ハムレスの研究員の名前の中に、涼宮 安成という名前がありました」

「お父さん?」

 微かに漏れ聞こてきた声に、シンは見ていられず視線を逸らす。

「何で?」 

 今にも悲鳴に変わりそうな声に、シンは努めて丁寧に答えた。

「聞けば分かると思います。今ハムレスの支部に向かっていますから」


「ここ?」

 車はつい先日フェイトとカノンが訪れた場所からさほど離れていない場所にやって来た。

深夜とはいえちらほらと人の姿も見える中、高層ビルの一つに車は入っていった。

「はい、私も初めて来ましたが」

「いるの? お父さん」

「会えるようにします。妹さんにも」

 確固たる口調に変わった彼に、彼女は嘆く様に天を仰いだ。

「変わったね、シン君」

 反応できずに沈黙する彼に、彼女は首を軽く振り言い直した。

「違うね、私が変わっちゃったのか」


「お前達はここで待て」

訳も分からないまま応接室のような所に通された彼らは、待機を命じられた。崎谷達の姿は無く、彼らは用意されていたパイプ椅子に座り手持ち無沙汰となっていた。

「会えるの?」

「涼宮さん?」

「用意してある、来い」

椅子に座る事無くまっすぐ黒部の元へ歩み寄った彼女に、宮田が驚いて腰を上げた。そんな彼を意に介する事無く黒部が歩き出した矢先、彼の前にシンが立った。

「私が案内します」

数瞬の間があった。無言の応酬が繰り広げられる中、やがて黒部は彼から興味を無くした様に部屋から出て行った。

「こちらへ」

「お前!」

シンが彼女を促し外へ出ようとするのを宮田が止めに入るが、あっさりと鎖で足を取られる。

「大丈夫、待ってて」

 明るく返されその場の男性陣が面食らう中、彼女は率先して歩きシンの方へ振り返った。

「案内してくれる?」


 コツ、コツと足音が響く中をシンと沙耶香は歩いていた。時折ハムレス者と思われる人物とすれ違うが、お互いに目を合わせる事無くとあるブロックにたどり着いた。

「初めて来たんだよね?」

 複雑な経路を迷う事無く進み続けた彼に彼女は驚きを隠さず尋ねるが、彼は何でも無いように短く答えた。彼女の前では誇れるものでも何でも無かった。

「建物内に入れば大抵の構造は把握できます」

「開けれる?」

「言ってありますから、こちらシン。開錠を」

 ガチン、と何か音がしたかと思うと扉はゆっくりと向こう側に開き新たな道が現れた。

「この先です。妹さんもいますね」

「分かるの?」

「容姿は見慣れていますから」

 副次的に彼に備わった能力がこれだった。自身から遮る物が無い限り、空気の流れを読んで物質の位置から生物か無機物か、この施設のように各セクション毎にプレートで案内板が彫られていれば、場所の把握も容易だった。カノンの様に戦闘に特化していない彼特有の能力のおまけとも言える能力だったが、彼はそれをフル活用できるまでに使いこなしていた。

 何の躊躇も無く歩を進め始めた彼女の後を追ってシンも研究部内部へと足を踏み入れた。

どこか懐かしい感じがするのは自分もここで生まれたからだろうかと思案に耽りながらも、彼は先ほど把握していた部屋の前でその歩みを止めた。

「ここです」

 シンの言葉に彼女は黙ってその扉を開けた。


「お姉ちゃん!?」

 中に入ってきた予期せぬ人物の姿に綾香は驚いて立ち上がった。

「生きてる?」

 胸に飛び込んできた妹をその両手で包みこむようにして抱き止めた沙耶香は久しぶりの再開を喜ぶ様に綾香の頭を撫でた。

「良かった」

 言葉にならない言葉を繰りかえし続ける綾香との暫しの抱擁の後、沙耶香は決意を胸に秘めたまますっと立ち上がった。

「お姉ちゃん?」

「フェイトはどこ?」

 突然表情をがらっと変えた沙耶香の様子に綾香はたじろぎ、シンは部屋の一番奥でそんな様子をにやにやしながら見守っていた人物の方に目をやった。

「誰?」

 その男性の存在を綾香は知らなかったらしい。驚いて沙耶香の背中に隠れるの見て、シンが彼の持っていた新聞を鎖で取り払った。

「お父さん!?」

 走り出した綾香を止めたのはシンだった。少々手荒だと自覚しつつも鎖で彼女の動きを封じ、それ以上彼の方へと近づかないようにこちら側へと引っ張る。

「何で!?」

「ごめんね」

 泣き叫ぶ綾香に沙耶香がそっと涙を指ですくった。状況が分からぬままじたばたするのを止め、まじまじと自身の姉の顔を見た。

「……お姉ちゃん?」

「分からないけど、知りたいから」

「久しぶりだな、沙耶香」

 姉妹の会話に口を挟んだのは、彼女達にとってはとても親しみのある声だったはずの声。その声が酷く遠く聞こえたのはどうしてだろう。

「呼ばないで」

 踏み出したい足を必死でこらえて彼女は対峙した。二人の顔を不安げに見比べる綾香に、シンは黙って入り口の扉にもたれかかり事の成り行きを見守っている。四者の奇妙な沈黙の中、彼はたまりかねた様に沙耶香に優しく声をかけた。

「どうした? どうして睨む? 父親だぞ」

「答えて、フェイトはどこ?」

 微かに痛む指先は震えていた。見知らぬ名前を聞いてシンが何かを思い返すように顎に手を当て、彼はゆっくりと立ち上がり彼女の方へと歩み寄った。

「近づかないで」

 沙耶香が手にしていたのは拳銃だった。


「ねえ」

「はい」

 施設の中の地下通路を走行中、沙耶香が口を開いた。すぐに返答を返した彼に、沙耶香は何も見えない外の景色を楽しんでいるかのように、一つのお願いをした。

「銃とか、ある?」

 暫しの沈黙が訪れた。真意を図るように彼女の顔を覗きこんだ彼に、彼女はそっと微笑を返した。

「綾香の事、どう思ってる?」

 真剣だった。いかなる嘘も許されない空気の中で、シンは俯き拳を握り締めた。

「分からない。守る事が償いなのか、今ハムレスに戻って、また繰り返すのか。どの道フェイニータルとハムレスはくっついて、俺はカインやカノンと言われるがまま、貴方に何を言われても仕方の無い事を繰り返しつづけるのかもしれない。そんな所にあいつを置いておきたくないし、綾香もそんな事は望まないと思う」

「それは、何の為?」

「黒部は、ハムレスを嫌ってる。内部から変えようとして、あまりの相手の大きさに絶望して、壊れて。それでも何とかしようと力に飛びついた」

「力に飛びついたのはセイバーズも一緒。多分、フェイニータルも」

「どこかが一度壊れたら、全部壊してまた作り直さない限り永遠に壊れ続ける。だからこの世界はフェイニータルに飛びついた。これ以上壊れたくないから全てをゼロに戻すほどの度胸も無いんだ」

失った物は戻らない、死んだものなら尚更だ。これ以上失わない為に作りかえるのではなく維持する。この国の民の心はある種単純だった。

「どうしてもと言うなら、俺がします」

 会いに行く人は決まっている、そして彼女は武器を求めてきた。となると目的は一つだ。

先回りして妥協案を探るシンに、彼女は一歩も引かなかった。

「お願い」

 ここまで言われて断る術など、どこにも無かった。

「誰か持ってる人は? 俺は許可されていませんので」

「彼が持ってる」

彼、と言われてシンの脳裏に一人の人物が浮かび上がる。彼の制服の内側に何があったか、勿論彼は把握していた。

「分かりました。しかし――」

「最低よね。父親に銃を向けようとしてる」

「そうじゃなくて!」

 尚も渋り続けるシンに沙耶香の自嘲は止まらない。車は地下通路を通り抜け、駐車場と思われる広い空間に出ていた。

「どこにも居場所なんか無いから」

「それは誰だってそうです」

「生きなきゃ駄目なのかな」

「綾香は!」

「分かってるけど!」

 思わず出してしまった大声に、とうとう沙耶香が悲鳴を上げた。

「どうしろって言うの!」

 口にしたくない可能性が、考えたくない可能性が、彼女の頭の中を駆け巡っていた。


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