第四章 第五節 FATE
再び爆音が響いた。
非常階段で一階に降りた彼らは裏に止めてあった車に乗り込み急加速で発進した。
「どこに?」
「知り合いの所に転がり込むさ」
宮田が後部座席から運転席の崎谷に尋ねる。強引に林の中を潜り抜けて国道に出た車は速度制限も無視して突っ走った。
「あいつはこんな所で死ぬような玉じゃない」
「……はい」
助手席で祈るように両手を握り締めている麻衣に彼はそっと声を掛けた。
「涼宮さん」
窓の外に目を向けながら微動だにしない彼女に宮田が声を掛けると、彼女は切なげに声を漏らした。
「フェイト、何でカノンと一緒に行ったんだろう?」
「あのままカノン放って置いたら相手が悲惨な事になるよ。いたほうがいい」
「そっか」
「ところで、その手どうしたの?」
「ううん、何でも無い」
良く見ると右手の人差し指に絆創膏が貼られていた。気丈に振舞う彼女の様子をおかしく感じながらも、それ以上追求される事を恐れるかのように手をポケットにいれて隠したまま黙り込む彼女を見て彼も口を噤んだ。
「覇斬三式 疾風」
カノンの周囲に幾重もの風の刃が生み出され、彼女へと向かう。周囲にある柱や障害物を無視して突き進む刃に、周囲は轟音に包まれる。
「すごいね」
距離を取った彼女に襲いかかる刃はいつしか威力を減衰され、彼女に届く頃にはそよ風となっていた。
「効かないなら」
一旦間を置いた後、彼は全身に力を溜め、ロケットのようなもう加速を見せ彼女に迫る。
振り払った鎌が彼女がいたはずの場所を薙いだが、手応えがない。
「こっちだよ」
羽ばたく音が聞こえ、彼の右側から何かが飛来する。気配で感じた彼はその場で鎌を振り上げた。
「覇斬六式 飄風」
彼に向かって飛来する桃色のエネルギー体の様な何かが彼の目前で二つに切断される。風を帯びて振るわれる鎌から生ずる斬撃破がついでと言わんばかりに彼女の方に送り込まれる。
「ライトエクスプローム」
四つの小さな光が杖の先端に集い、まばゆい光が増幅されていく。
「何?」
影から見守っていたフェイトが良く見ようと目を見開いた瞬間、先程の数十倍の大きさを伴って杖の先端から何かが放出された。
「カノン!」
完全に油断していたカノンの眼前に現れたエネルギー体は彼を飲み込み、後ろの木々を薙ぎ倒していく。
落ちていた拳銃を拾い上げたフェイトが彼女に銃口を向けるも、彼女は足を止める事なくゆっくりと近づいていく。
「誰かは知らないけど、止めよ。無駄だよ」
「分かってる。けど、死ねない」
「生きてましたっけ?」
笑顔を崩す事なく歩み寄ってくる彼女の額に狙いを定めて、フェイトはゆっくりと撃鉄を起こし、引き金を引いた。
「生きてる」
放たれた銃弾は確かに彼女のいた位置を正確に通り過ぎた。が、それだけだった。
「残念でしたね」
先程と同じ技だろう、まばゆい光が彼女の頭上に集まる。今ここから逃げようとどうしようと、未来は変わらないだろう。
「お兄ちゃんにもし会ったら、伝えてくれる?」
全てを悟った彼女は、本来出るはずも無い涙をこらえて口を開いた。
「いいよ。会ったらだけど」
「大好き」
言い終わるのと同時に、彼女は光に包まれ、散った。
「ぐっ!」
思わぬダメージに膝をついた彼は彼女の下へと戻るべく周囲の茂みを鎌で振り払い、風に乗り一気に上昇する。と同時に、彼の目に莫大なエネルギーが爆発するのが目に入った。
「仕方ないんだよ。これも」
「何が、ですか?」
真っ向から飛来するカノンを目にしたひかりは、杖を彼の方に構えなおした。先程よりも動きを増した彼に標準を合わせ、光を杖の先端に集めていく。
「お母さんに言われた通りだもん」
「お母さん?」
「ライトスプレッド」
彼女から燃え聞こえてきた言葉に反応した刹那、杖の先端から桃色のエネルギー体が放出された。
「一つ覚えに!」
「貴方の事だよ」
彼が回避行動に映った瞬間、その大きな球体は拡散し彼を取り囲む。
「覇斬」
「遅いよ」
彼を中心に集結し猛烈な爆発が起こり、彼は為す術も無く意識を失い落下していった。
「帰ろう。待ってる」
落下し、動きを止めた彼に興味を無くした彼女はその場を去って行った。
「遅い」
宮田がいらいらしながら先程から部屋の隅から隅まで行ったり来たりを繰り返している。
同じようにしたい気持ちを抑えて、沙耶香が時計の方に目を向けた。
ここに着いたのはもう二時間も前の事だ。崎谷の知人に借りたという事務所のような建物の中で彼らは白谷たちを迎えにいった崎谷と麻衣を待ち続けていた。ここから先ほどいた場所までは車を飛ばして一時間弱、普通に走行して往復しても二時間かかるはずも無かった。
「何で、こうなったの?」
「初めから潰す気だったんだよ!」
「だったら最初から!」
殺せばいいのに、という彼女の言葉を遮って彼は車の中で納得せざるを得なかった崎谷の考えを今ひとたび繰り返す。
「時間だろ。祭典が始まって、この国の首脳部に最後通告したんだ。従うか、抵抗か」
「なら、助けてくれなくてもいいのに」
「シンだ」
小さく漏らした彼女の耳に知った名前が聞こえてきて、彼女は条件反射の様にその名前を繰り返した。
「シン?」
「あいつもハムレスだって。白谷さんが」
「多分、違う」
「何で言い切れるの?」
「彼ならもっと静かにすると思う。爆発とか、使わないから」
感情からではなく、努めて客観的に彼女は反論を開始した。
「もっと、確実に全員殺せるような。あんな派手にはしない」
「何か、知ってるの?」
断定するかのような口調で放たれる言葉に、流石に宮田が不審げな表情で彼女の顔を見た。
「死んじゃったから。私の家族」
「何故?」
その言葉で全てを察する事が出来るほど彼は大人ではなかった。家族、という単語にすぐ反射的に問いを返した彼に、予想外の返答が待っていた。
「カノンに」
宮田の血の気が引いていくのが手に取るように分かって、彼女はそれ以上何も言わなかった。
「待って、一緒に住んでたんだよね? 彼と」
「それが?」
「何で住めたのさ!?」
冷めた視線を送る彼女に対し、彼の口調は益々ヒートアップしていく。
「一人じゃ生きていけないから」
経済的にも、精神的にもあの時の彼女に一人で生きて行こうとと思えるほどの余裕はどこにも無かった。
「それだけで!」
「人、殺した事ある?」
「え? 見てただろう?」
いきなり見当外れに見える質問を出され、彼は呆けた様な声で答えた。
「彼女の親や、友達や、誰かが貴方を殺しに来たら、貴方どうする?」
「戦うさ!」
その答えで十分だった。彼女は話の締めくくらんと、彼女は吐き捨てるように質問を彼にぶつけた。
「それ、ハムレスっていう組織とどう違うの?」
「なっ」
「ねえ、教えて? 私にはシンも、カノンも、貴方も同じに見える」
「違う! 僕らは――」
「待たせたな」
「白谷さん!?」
反論しようとする彼の言葉は扉が開く音に遮られた。
「すまんな。少し時間をとられた」
あまりの驚愕に言葉を失っている彼らに、白谷は少し顔を歪めながら、ゆっくりとソファに腰を下ろした。見るからに全身ぼろぼろと分かる姿は痛々しく、何があったのか彼らには見当も付かなかった。
「他の人達は?」
「崎谷は少し調べたいって、まだ本部にいる。今麻衣が迎えに行った。」
「それで……」
先ほどの会話がまだ頭の中でぐるぐると回っている彼に、その者の名を言うのは酷だった。何故か急速に勢いを無くし床にへたり込んだ彼に、白谷は把握している状況だけを短く口にした。
「カノンは車の中でおねんねだ」
「じゃあ……」
「不明だ」
不明なのは誰か、それは簡単な引き算だった。大人二名の居場所は分かっている、カノンの居場所も分かっている。いないのは、一人だけ。
「何が、あったんですか?」
「俺が見たのは」
語り出した矢先だった。先程よりも遥かに乱暴に扉が開いたかと思うと、白谷にとっては見慣れた男が姿を現した。
「お前達が知る必要はどこにも無い」
「おでまし……か」
「誰?」
「全く、とんだ邪魔が幾つも入ってな。どいつもこいつも自分の望みとやらを追いかけて、この世界の事など何も考えちゃいない」
「黒部」
憎憎しげに彼を見つめる白谷に、彼は事務連絡でもするかのように告げた。
「白谷、お前の友人とやらは確保済みだ。そうだな?」
「ああ」
「へえ、久しぶりだな」
気付けばドアの向こう側に一人の少年が立っていた。銀に光る翼は闇に映え、そこだけ世界が違うかのような錯覚を受ける。
「シン」
その言葉に、沙耶香が信じられないといった表情でドアの向こう側を覗きこんで固まった。それとは対照的に宮田は手を制服の内側に手を入れたままじっとしている。
「何で……」
「我々の味方だ。初めから今まで」
「本当に?」
沙耶香の問いに何ら反応する事無く、彼はそこに佇むだけだ。何ら進展の無いまま流れていく時間に嫌気がさしたのか、宮田が黒部につっかかるように口を開いた。
「それで、僕達をどうする?」
回答は単純明快だった。
「ついてこい」