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第四章 第三節 脆さと

「恐怖?」

 宮田が鸚鵡返しで言葉を返す。それ以上何も言わないまま押し黙った彼女の言葉を頭で反芻するも、彼には良く意味が分からない。

「多分、昨日の件はカノン仕業という事で片付けられたんでしょう」

「でしょうね。本人は?」

「だんまり、フェイトから詳しく聞いたけど。何か薬盛られたみたい」

 沙耶香ほどでは無いにしろ、カノンの様子も明らかにおかしかった。確かに被害者数はこちらが予期していたよりも少なかったが、その殺害方法は凄まじいものがあった。

「薬?」

「相手は否定したみたいだけど。フェイトは多分そうだろうって」

 どうやら何かを食した後に様子がおかしくなったとの事だが、フェイトも専門家では無い。詳細は未だ不明だった。

「検査は?」

「施設が無い」

 大体、ちょっとやそっとの薬で何とか出来るならこんな事にはなっていない。カインやカノンの体を知り尽くしている彼女だからこそ言える。どう考えても何かもっと大きな者が背後にいる。

「軟禁されますからね。かといってどこかに彼を預けるわけにもいかない」

 預けたらもう帰ってくる事は無いだろう。

「それ以外に特に変わった事は?」

「いえ、別に」

 宮田は答えながらも、後ろに目をやる。先程から外に視線を向けたまま動かない彼女は、そのまま彼の視線に気付く事は無いまま、車はセイバーズへと辿り着いた。


「お帰りなさい」

 車が止まるのに気付いたのか、フェイトが入り口に立っていた。足元にはバケツとモップが置かれている。

「掃除?」

 一足早く中に入った宮田が彼女の姿を認めて声をかけた。置かれている道具といい、まるで作業着の様な格好といい、どうみても身なりは清掃員だ。

「暇でしたから」

 流石に政府の省庁と比べれば狭いが、それでもセイバーズ本部は相応の広さがある。一階部分の執務室だけでも一日では足りないだろう。

「白谷さん達は?」

「奥にいますよ」

 一階部分は業務室だ。何をしているのかは知らないが、どうせ後で聞かなくても教えてくれるだろう。

「部屋に鞄置いてくるから、後で話し聞かせて」

「分かりました」

 階段を上がっていく、彼の後ろに沙耶香の姿を見つけてフェイトは駆け寄っていった。

「どうでした?」

「別に」

「……そうですか」

努めて普段通りにしようとしているのが分かって、フェイトはそれ以上話かけるのを止めた。付き合いが長くなったからか、互いの感情の機微が何となく分かるようになってきていた。

「今日は夕御飯どうしますか?」

「部屋でいいよ」

「分かりました」

 即答され、フェイトは寂しげに頷いて彼女の背中を見送った。流石に彼女自身自分のした行為の意味は分かっていたし、それに対する彼女の反応もまた当然だと受け止めていた。誰だってあんな境遇に置かれればこうもなるだろうという諦めと寂しさが交じり合ったような、そんな表情を麻衣が見つけて、肩に手を置いた。

「大丈夫?」

「私よりも、彼女の方を見ていてあげてください。私は大丈夫ですから」

「フェイト」

「大丈夫ですから」

 気丈に振舞う彼女にそれ以上かける言葉も見当たらず、彼女は話題を切り替えるべく辺りを見回しまだ現れない人物の所在を尋ねた。

「カノンは?」

「部屋にいると思いますよ? 午後になってからは見てませんけど」

「閉じ篭ったまま?」

「不機嫌ではあると思います。今は一人にしておいたほうが。何するか分かりませんし」

「何もしません」

 突然階上から声が聞こえてきて、彼女達は弾かれたように上を見上げた。

「カノン!」

 声の通り、不機嫌さを露骨に表しているカノンを見て、フェイトは自らの失言に頭を抱えた。

「大丈夫?」

「はい」

「うーんとね、カノン」

 ぶっきら棒に目の前を通り過ぎていくカノンにフェイトはかける言葉を見つけられずしどろもどろになる。そんな彼女の様子を知ってか知らずか彼は麻衣に短く問う。

「進展は?」

「まだ何とも」

「カノン今は皆」

 その答えを聞いた途端彼はそのままフェイトの言葉も無視して立ち去っていく。

「流石に彼一人でどうこうと言うのもね」

「政府の失態でしょう」

 麻衣の嘆きにフェイトは棘を刺す。

「彼の扱い方に問題はあるけれど」

「子供なんですから。あまり調子に乗せるべきでは無い事くらい貴方には分かっていたでしょう?」

「でも政府には流石に逆らえない」

 麻衣の弁解に、フェイトは静かに言葉を並べる。

「でも、だから、だって、もし」

「フェイト……」

「言葉を並べるだけなら私にだってできる」

 彼女の言葉はもう止まらなかった。

「けれど!」

「あんな事、私はしたくなかった」

「あんな?」

 麻衣が事情が飲み込めず尋ねるのも無視して、フェイトは勢いのまま並べ立てる。

「例えライトが私に何もしなくても、きっと私は同じ道を選んだ」

「フェイト?」

「ああなったのは、私のせい」

「何があったの?」

「だから、会いたい」

「誰に?」

「彼に。本当の自分として」

 寂しげに零した彼女の言葉に、麻衣はそっと彼女を抱きしめた。

「何でこんな所にいるんだろ? Watashi」

 最後の言葉は、麻衣の耳には届かなかった。


「……」

 鞄を置いて制服から私服に着替えると、もうすべき事は残っていなかった。

「何してるんだろう?」

フェイトの先程の寂しげな言葉が頭の中で何度も繰り返し強制再生され、彼女は耳を塞いだ。

「そうだ」

 何かに集中するべく、鞄を開け宿題を取り出そうとした彼女の指先に、何か鋭利な物が当たり、反射的に彼女は手を引っ込めた。

「何?」

 改めて鞄の中を見ると、カッターの刃が教科書の間に挟まっているのが見えた。

「何で……」

 流れ出る血は気にならなかった。ただ、こんな行為をする人が傍にいると思うだけで、彼女は血の気が引いた。


「彼女と彼は?」

「部屋だな。麻衣がさっき持っていったよ」

 宮田の問いに白谷が複雑な表情でうどんを啜った。セイバーズ内に食堂はあるものの、肝心の食材は保存食くらいしか残っていなかった。

「彼女?」

 事情を知らない崎谷が怪訝な表情で白谷の顔を見る。

「涼宮沙耶香」

「ああ、まだ顔を合わせていないな」

 昨日から部屋に篭りっぱなしの彼女に、露骨なまでの不快感を放つカノン。

「困りましたね」

 言葉どおり困り顔でぼやく宮田に、白谷は打開策の無い今の現状を嘆いた。

「祭典が終われば、カノンにはまたそれなりの何かが与えられるだろうから、彼はそれま  

 で我慢して貰うほか無いが」

 祭典まで後四日、人員さえ戻れば後はどうとでもなる問題だった。フェイニータルとハムレスの監視は厳しくなるが、政府の暴走は止まるだろう。そうなればカノンの自尊心も満たされるし、一から始めればいいだけの話だ。

「が?」

 宮田が言葉尻を捕らえ、すぐに意味に気付いて口をつぐんだ。視線の傍らでフェイトが顔を伏せるのが見えた。

「彼女はゆっくりと見守るしか無いだろう」


「うっ……」

「起きたかい?」

 目を覚ますと、灰色の世界が目の前に広がっていた。

「海に落ちて、救助されたんだよ。覚えてるかな?」

「知るか」

 目を閉じたまま、彼は傍らにいるであろう人物に向かって答えた。少しの微笑が聞こえて来た後、懐かしむような声が返ってくる。

「やっぱり変わらないんだね。すぐに後先考えずに突っ走るんだ」

「ハムレスか?」

 彼の言葉を意に介する事無く彼は自身の状況を把握しようと努める。目を閉じていても部屋の状況は彼にははっきりと分かっていた。

「そうだね。でも、僕はまた会えて嬉しいよ」

「俺は嬉しくも何とも無いな」

「やっぱり相変わらずだね。シン」

 自身の名前を呼ばれ彼は初めて双膀を開き、かつての仲間の名を発した。

「お前もだ。ルーク」


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