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第四章 第二章 保護の代償

「涼宮さん」

「今行くから。入り口で待ってて」

 翌日、結局前日は部屋に閉じこもったままだった彼女に宮田が声をかける。思いの外はっきりとした声が聞こえてきた事に彼は胸をなでおろした。

「分かった。待ってる」

「大丈夫そう?」

「多分、何かありましたら一応連絡します」

 一緒について来ていた麻衣が憂いを含んだ顔で彼に沙耶香の様子を尋ねる。昨日から夕食も別々で、一時は皆気を揉んだ物だが取り敢えずは大丈夫そうで、二人はそのまま歩き出した。

「いいんですか? 謹慎なんでしょう?」

「この位は大丈夫。別に何かするわけでも無いし。武器は持ち出せ無いけど」

 謹慎、という処分にも関わらず何故か車での送迎は許可されていた。宮田はともかく沙耶香にこの距離を自転車で行かせるのは肉体的にも精神的にも酷な為だが、彼らは改めてフェイニータルに疑惑を抱く。

「どうしてでしょうね?」

「さあ、どの道他に選択肢は無いから」

 麻衣が車の鍵を持って運転席に乗り込む。助手席に座った宮田がぼんやりと入り口の方を見ていると、ほどなくして沙耶香が出てきた。学校での彼女しか知らない彼は、今の彼女の精神状態が普段とどう違うのか図る術が無い。隣をちらと見やると麻衣と視線が合い、彼は外からは何でも無いような会話をしている風を装って声をかけた。

「どうなんですか?」

「分からない。本当に普段の彼女を知っている人物なんて、もういないから」

「ですか」

 言われて見ればその通りだ。現に、彼自身でさえ本心を誰かに見せたのはもう遠い昔の事だった。

「すみません」

「いえ、それじゃ行きましょうか」

「安全運転でお願いしますよ」

 彼女が車の中に入り込み、彼は気を取り直すようにして車を発進させた。

「教科書とかどうなるの?」

 道も半ばにさしかかった頃、沙耶香が思い出したように口を開いた。当然ながら手ぶらの彼女の教材は家だ。学校に鞄はある物の、これでは授業どころの話では無い。

「家から運び出されてるんだって。教室行ったら机の上に盛大に積んでありそうだ」

 うんざりとした表情で語る宮田に、沙耶香は声を落として嘆いた。

「置き勉なんてした事無かったのに」

「え? そうなの?」

「宮田君してたの?」

 驚いたように振り向いた彼に、容赦無い視線が彼女から浴びせられ、彼は隣でハンドルを握る麻衣に助けを求めた。

「だって面倒くさいし。ねえ?」

「私は全寮制だったから」

 あっさりかわされふて腐れる彼の目に、同級生の姿が映った。後ろで息を呑む音が聞こえてきて、彼はガラス越しに後ろを見やる。先程まで明るい声とは対照的な表情が目に入り、彼は慌てて前を見た。

「ここら辺でいい?」

「はい、ありがとうございます」

 道路脇に車が止まり、すぐに出て行った彼女を慌てて彼は追った。

「あー、えっと」

「何?」

「その――」

「おはよう宮田君。昨日どうしたの? 大変だったんだから」

 何て言えばいいのか分からず、あたふたする彼の背中が何者かに押され彼は後ろを振り返る。

「ああ、ごめんね。ちょっと用が出来ちゃって」

 クラスメイト達に囲まれ、彼は体裁を取り繕う。宮田の正体や彼女の立場が明かされていない事がこれで確認できたが、タイミングとしては嘆かわずにはいられない。

「また」

「いつもそうやって私達の約束放っとくんだよねえ」

「また後で」

 それでも彼の周りを取り囲みながら歩き出した女子達を見て、沙耶香は足早に歩き出した。

「あ」

 後を追おうとしたが周囲に阻まれ満足に歩く事も出来ず、彼はただその背中を見送る事しかできなかった。

「誰?」

「涼宮さんだよ。ほら、ちょっと前に転校してきた」

「ふーん。あの子が」

 彼女の背中を見送る彼の後ろで戯れていた何人かの生徒達の目が彼女に向けられている事に、彼が気付く由も無かった。


「うわぁ……」

 机の上に堆く積まれた教科書を目の前にして沙耶香は途方に暮れた。机の中と教室の後ろに置かれているロッカーを総動員すれば置き場所には困らないが、今目の前に置かれている教科書を持って帰るにはそれ相応の労力が必要だろう。

「おはよう」

「おっはー」

 周りではいつもの様に変わらぬ挨拶が交わされているが、彼女に声を掛けてくるものはいなかった。昨日の彼女の席は何事も無かったかのように撤去され、席が一つ詰められていた。

「当然かな」

 一人呟きながら教科書を片付けるべく確認作業に入った彼女の背中が何かに触れた。

「あ」

 突然の衝撃に持っていた教科書が崩れ落ち、辺りに散乱する。こちらの不注意かと思い謝ろうと振り向いた彼女の視線に映ったのは、彼女自身にとってある種予期できた光景ではあった。

「邪魔」

冷たい瞳の中に沙耶香は自分の姿を見てすぐに視線をずらした。そんな彼女の様子に気分を良くしたのか、彼女の前に立つかつての級友は鼻で笑いながらその場を立ち去っていく。

「そっか」

 予期していても、覚悟を決めていても、いざ体験してみるとそれは彼女の予想以上の衝撃を持っていた。ふらふらと立ち上がり教科書を片付け始めた彼女の耳に嘲笑が聞こえてきて、身を震わせる。急に、世界が一人になった気がした。

 授業が始まっても、休み時間になっても、下校時刻になっても、状況は何一つ変わらなかった。ただ流れる時間に身を任せたまま一日の終わりを迎えた彼女は、教科書をそのまま教室に置いて教室から足早に出ていった。このままここにいても、何をされるか堪った物では無いし、彼女自身どう反応してしまうか怖かった。

「終わった?」

 後ろから声がかかるのも無視して、彼女は階段を降りていく。声の主は分かっていたし、どの道帰り道は同じなのだ。それに、

「いいの? 私といても」

 玄関に靴が一足揃っていた事に安堵しながらも、彼女はいつもの様にと自身に言い聞かせて声を発してみた。微かに震えてはいたが、自分以外で気付ける者はもうこの世界にはいないだろう。

「そんな疑問を尋ねられる理由が分からないなあ」

 後ろから黙ってついてきていた宮田がほっとした声で返事を返してきた。思えば、彼女と彼では学校での待遇が格段に差がついていた。

「平気なんだね」

「良く分からないんだよね。殴られても抵抗する気は全く無いんだけど」

 苦笑か微笑か、口調だけではよく分からないが困惑しているのは雰囲気で何となく伝わった。

「別に殺されたって文句は無いけど」

 彼女はその違いに対して特に文句を言う気も無かった。彼はそうで、自分はこう。それこそ、そんなレベルの話し合いに意味があるとも思えないし、何より不毛だ。

「セイバーズがバックについてるわけでも無いし。何でだろう?」

 並んで校門を通り過ぎる中、少なく無い生徒からの視線を感じ、彼女は少し歩調を速めた。彼もまた感づいたのだろう、彼女に追いつき隣に並んでうんざりとした調子で嘆いた。

「もっと根本的な所かなあ。良く考えたら目撃者いないし」

「だったら隣に立たないでくれる?」

 あの惨劇がセイバーズの仕業だと言うのは実際事実であったし、彼らも否定する気は無かった。が、どう考えてもそれだけでは彼女への周りからの反応に説明がつかない。全てをカノンのせいにしたのであれば、宮田への周囲の反応に納得はいくのだが、それでは沙耶香に対する周りのあれは何なのか。

「そうは言っても、護衛だから」

「誰が守って、何て言った?」

 一日でここまで豹変するのは嫉妬かと一度は彼らも疑ったのだが、それだけでここまでするのか、と問われれば彼らには答え様も無かった。彼らと一般人とでは価値観も何もかも掛け離れすぎている。

 だが現に今も、宮田に声を掛けてくる生徒も、彼女の存在は完全に無視だ。偶に視線を投げかける者もいるが、込められている感情はどう見ても親愛の類では無い。

「ああ、やっぱり待ってた」

 校門から出ると程なくして、麻衣の姿が見えて宮田は手を挙げた。

「どうだった?」

「何ともかんとも」

「宮田君?」

 行きと同じ席配置で発進した車内で宮田は何と言えばいいか分からず、助けを求めるように後ろを見た。

「特に何も」

「本当?」

 昨日の彼女の様子を知る麻衣が注意深く彼女を見つめるが、ミラー越しに映る彼女の姿に、昨日までの頼りなさは見えない。どちらかと言うと助手席に座る彼の方こそ焦りのようなものが見えた。

「どうなってるんですか? 僕も良く分からない」

「何が?」

「何で僕はいつもどうりで、彼女は周囲から総すかんなのか」

「無視って事?」

 彼の言葉に麻衣は顔を曇らせる。それが事実なら、学校に行っても今の彼女には酷なだけだろう。そう思って口を開きかけた麻衣に、沙耶香は首を振った。

「無視じゃない。あれは」

「無かったら、何?」

 宮田から見れば確かにあれは無視に見えるのだろう。だが、彼女は分かっていた。あれは彼女がカノンに向ける視線と、かなり近いものだったから。彼女は窓の外に視線を向けたまま、ぽつりと呟いた。

「恐怖」

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