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第三章 第十四節 守る為ならば

「今日は学校だからね」

「それも分かってます。学校で」

「多分友達といるだろうから」

「はい、楽しんでください」

 短い会話を終えて沙耶香が何時もの様に扉の外から消えるのを見てから、フェイトはカノンを起こすべく部屋の扉を叩く。麻衣がいない為、今は彼女の部屋を彼の部屋にしていた。

「起きてますよ」

 部屋を開けると瞼を擦りながらベッドから降りてきたカノンと鉢合わせした。

「良かった、今日は何も無いといいね」

「何がですか? 大丈夫です、多分セイバーズやこの国の政府から誰か来るでしょうし」

「警備?」

「と、監視でしょうね。僕に好き勝手されるのを嫌がる人もいるみたいですし。何でだろ」

「何でだろうね、ほんと」

 うんざりした表情で階段を下りていく彼の後ろを歩きながら、フェイトは先の会話を思い起こす。学校が主な舞台なら、確かに目立った活動を彼らは自粛するかもしれない。

「けれど」

 一人、フェイトは立ち止まる。確かに、周りが一般人しかいないのならばその論理も通じるだろう。けれど、もし学校も、この地域も全てが『彼女』に心酔しているとしたら。彼らの目にカノンはどう映るだろうか、そして一緒に住んでいる彼女は。

「だったら、最初から」

 あの黒き翼はもう駄目だ。恐らくは、この世界に取り込まれた。彼が望んだのか、それとも唆されたか、そんな事は彼女にはもはや関係無かった。

「折角、手に入れたのに」

 手に入れた、二度目の家族。『修復』された後、彼女は操られていたのだと聞かされた。なのに、何故寂しさを覚えたのか、欲しかった物は何だっただろうか。

「お願い。もう」

 ダイニングへと続く扉の向こうへと消えた彼に、フェイトは一つの願いを込めた。

「何も失いたくない」


「どこから行こうか?」

「うーん」

 数人のグループの中で、沙耶香は思案に耽っていた。見た事も無い文字が彼女の目を通り過ぎていく。読める事は読めるのだが、意味が分からない。

「これ、どういう意味?」

「え、分からないの?」

「ほら、引っ越してきたばかりだから」

 凍り付いて固まったクラスメイトを隣にいたもう一人が肩を叩き現実に引き戻す。目を点にしてその成り行きを見守っていた彼女は改めてその配られたパンフレットに目をやる。

 異国の言語と言う事は理解出来ても、彼女からすれば書いてある字は記号にしか見えない。

「そうだ! 見て貰おう!」

 そんな彼女を余所目に、クラスメイト達が話を進めていく。その言葉を聞いた他の者達の調子がヒートアップしていく。

「えっと劇は……ホールだ!」

「行こう! 涼宮さん」

「え? ちょっと―」

 突然手を引かれ、走り出したクラスメイトに半ば強引にして彼女はどこかへと連れて行かれる。文化祭二日目の学校では、そろそろ外部からも人が訪れ始め、活気溢れるものとなりつつあった。

「……」

 沙耶香は超満員となっているホールの真ん中の程の席に腰を下ろしていた。何故かこの国の言語ではなく、フェイニータルの言語で何やら説明が行われている。試しに席の下に置かれているイヤホンを耳に取ると、やっと意味の分かる言葉が耳に流れ込んできた。

「フェイニータルは元々……」

 流れ出すのはフェイニータルの主な歴史と、そこから今までいかに発展し、この国の復興に力を尽くしてきたか等の説明が順次流れていく。どうやら今目の前で行われているのはレイブンとマリアの初対面のシーンらしい。ベージュのローブを着た男性が少女の前に立ち何かを言っている。

「ちょっと」

 沙耶香からすれば狂信的とも思える周囲の視線に、場違い的な何かを感じて彼女はそっと席を立った。何か恐怖に近い感情そのままに外に出た彼女は一つ深い深呼吸をして窓から外を見た。屋外にも出店やイベントは多数行われているはずだ。さぞ賑わっているだろうという軽い気持ちで外を覗いた彼女は、信じられないものをそこに見た。


「わあ、凄い」

「人がたくさんだ」

 フェイトとカノンはたくさんの人に目を丸くする。予想以上の賑わいと、あちこちから聞こえる楽しそうな声に、彼らの気持ちまで沸き立ってくる。

「らーめん?」

「カノンは食べた事無いの?」

「はい、何ですか? これ」

「ご飯とは違うんだよ。まあ、好き嫌いは人それぞれだけど」

「どうしようかなあ」

 指を加えて見つめ続けるカノンの姿が可笑しくなったのか、見せの中で生徒達が必死に笑いを噛み殺している。フェイトが黙ってその場を見守っていると、やがて中から一人の生徒が小さなカップにラーメンを入れてカノンに手渡した。

「え?」

「どうぞ、あんまり見てるもんだから」

 きょとんとした顔でそれを受け取ったカノンはどうしていいか分からず助けを求めるようにフェイトの方に目をやった。

「お礼言わなきゃ」

「あ、そっか。ありがとうございます」

「いいよ。楽しんでね」

 フェイトの言葉でカノンは弾かれたように直立不動になった。どこまでも可笑しなその動きにとうとうこらえ切れず噴き出した生徒は、そのまま誰かに呼ばれ笑顔でカノンに手を振って去っていく。

「はい!」

「よかったね」

「来てよかった」

「まだ早いよ」

 そのままフォークで麺を啜り初めたカノンを遠巻きに見つめる影が二つ。先ほどカノンに手渡した生徒が、敬礼して男の前に立った。

「しっかりと渡したな」

「はい、言われた通り」

 その返答に満足げに頷いた彼の胸には、フェイニータルである事を示す胸章がついていた。

「いい気になるな、死神が」


「あれ?」

 それから数分後の事だった。突然カノンの歩調がおかしくなり、そのままその場にへたり込んだ。

「大丈夫? 保健室行く?」

 校舎の裏側に位置している為周りに人影は少ない。人が多数いる運動場はその反対側にあるが、この状態で陽に当てるのは考え物だった。

「いえ、大丈夫です」

「でも」

 頭を抑え、明らかに呼吸がおかしい。顔もどこか蒼白になっており、素人目から見ても大丈夫には見えなかった。

「失礼ですが、大丈夫ですかな」

 前を通りかかった初老の男性がカノンの目を見つめる。はらはらしながら二人を見守るフェイトに、カノンが短く告げた。

「逃げて」

「え?」

「ほう」

 その言葉にフェイトの口がゆっくりと笑みの形になり、男性の目が細められた。

「じゃあ、お願い」

「やはり貴様か!」

 懐から銃を抜いたその腕は、銃を掴んだ時点でもはやその男の器官では無くなっていた。

「何を入れたのか知りませんけど、効きませんよ」

「その強がりがどこまで持つかな?」

 苦悶に呻く彼の頭を踏んだのは、フェイトだった。

「もう邪魔しないで」

「ただの兵器がはっ」

 もう片方の腕もただの肉塊へと変化していく。流れ出る血に気付いた周辺がパニックになり始め、辺りは喧騒に包まれる。

「止めませんか。今投降するなら、こちらも考えます」

 ふらつく足を気力で支えながらカノンが最後通告を告げる。相手をするのは一向に構わないが、何より彼女の事が彼は気がかりだった。

「お前は正義でも何でも無い」

「正義ですよ。守ってるんですから」

 それがその男の最後の言葉となった。首から上を切り刻まれた男を、冷たく見下ろす死神は、辺りをざっと探って現状をフェイトに伝える。

「全員敵ですかね」

「一人は絶対に違う」

 その一人が誰かなど問うまでも無かった。カノンは素早く自分の力と想定される足手の力量を推測して彼女に対策を告げる。

「お願いします。可能な限り早くここから脱出してください。時間は稼ぎます」

「大丈夫?」

 珍しく謙虚な表現に抑えた事をカノン自身も不思議に思ったのだろう。その後、すぐに刹那考えてから、その理由に思い当たり一言付け足した。

「もしかしたら来るかもしれませんね。翼」

「今更負けたら承知しない」

「はい、分かってます。ただ殺さない程度に加減するのが大変そうだなあって!」

 いい終えた瞬間、四方から銃弾が飛んできてカノンは上昇する、フェイトは相手の視線がカノンの方を向いている隙をついて、裏側から校舎内に飛び込んだ。


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