第一章 第三節 試される力
「それでは、ここに君達を連れてきた理由をお話しようか」
翌日、白谷は一人で彼らの部屋を訪れていた。布団もあれば電気もある。食事はフェイトが取りに行かなくても誰かが持ってきてくれていた。何よりあの後フェイトが驚いたのは、カイとリューエが置いてある玩具の使い方を知っていたことだった。遊んだ事あるという彼らに対し、能力の効率的な使い方しか教わってこなかったカインは勿論の事、フェイトでさえこの世界の玩具に対して触れ合ったのは昨日が初めてだった。
この待遇の違いが何なのか、またカインが自分と出会うまでどんな生活を送ってきたかは予想はできても聞いた事は無かったため、彼から聞かされた過去に対して思うところあったのか、フェイトはカインの事を思って少々鬱になっていた。
もしかしたら、彼は昔の自分と同じような生活を送る事になるのかもしれない。殺して、壊して、ただそれだけの日々。少し前に見たもう一人の少年の様な、何も写さない氷のような瞳を彼も持つ事になりかねなかった。
「嫌だ、そんなの」
呟くフェイトノ声に被さる様にして、白谷の声が室内に響く。
「基本的には今までやってきて貰ったことと大筋は変わらん」
「壊す?」
カイが白谷を見上げる。それに気付いた彼は持っていた書類を彼に見せる。
「君達三人には今からここへ移送される。やることはそこで教えられるが、まあ大丈夫だろう」
「フェイトちゃんは?」
「お留守番だ、やってもらいたいこともあるし」
「また、ですか?」
「安心しろ、待遇はあそことは大違いだ」
フェイトがつい昨日までいた施設での日々を思い表情が暗く沈んでいくのを見て、白谷は安心させるように落ち着いた声で話しかけた。
「少しばかりお世話をしてもらおうかと」
「誰の?」
「行けばわかるさ」
ここにまだカイン達のような子供がいる可能性は多分にあった。フェイトは神妙な面持ちで、ついてこいと言わんばかりに目配せをしてきた彼についていく。カイ達は後に別の者に連れられてここから移送される手筈となっていた。
「また後でね」
「うん、頑張るよ」
笑顔で手を振る彼らに手を振り返しながら、カインの方をちらと見ると、小さく彼も同じように手を振っていた。フェイトも同じように手を返し、彼女は扉の向こうへと姿を消した。
「どこ行きたい?」
リューエがカインの顔を覗きこむように声をかけた。どうやら癖のようで、しょっちゅうカインは彼女と目を合わせる事になって困惑していた。
「今までとは違う所」
施設から出た事の無いカイにカインは端的に説明して行く。
「今までどこいたんだよ?」
「戦うところ」
「戦場?」
リューエが辞書でしか知らない言葉を引っ張り出して説明を求めたが、そもそも必要最低限の知識以外与えられていない彼にそれ以上の説明は不可能だった。
「まあいいや。で、何でそこは嫌なんだよ?」
「悲しそうだったから。ずっと殺してたって言った時」
「ああ、フェイトって子」
カイがさっきまでここにいた金髪の少女を思い浮かべる。
「好きなのか?」
カインの言葉を聞いてカイは意地の悪そうな顔になり、カインを冷やかしはじめる。そんな彼を見てリューエはやれやれという様に肩を竦めたが、言われた当の本人は何のことだか分からず首を傾げた。
「好き?」
意味を問うように発せられた言葉に、今度はカイがその疑問が何を問うているのか理解するまで数秒を要する事になった。
「何だ、何も知らないんだな。一体どんな生活してたんだよ?」
「殺してた」
「それだけ?」
流石にリューエがおかしいと思い、カインに確認を求めた。一応彼らは施設の人間から一般教育を受けていたし、人間破壊以外では、それなりに一般の人間に近い生活を送らされていた為、カインの言葉を真に受ける事ができなかった。
「うん」
何も言えずカイとリューエは顔を見合わせた。
「時間だ」
研究員と思しき人物達が現れ、彼らは成すがままに連れられていく。自分達がこれからどんな事をさせられるのか、不安と期待を織り交ぜながら、彼らは再びヘリコプターに乗り、島を後にした。
「広い!」
「普通」
見渡す限りの高原を初めて見たカイが歓声を上げた。カインがその声に冷静なつっこみを返したが、翼の展開が可能な空間に連れてこられて、窮屈な思いはせずに済んでいた。
「綺麗だねえ、真っ黒」
リューエがその翼を突きながら感嘆の声を漏らす。昨日見た時は本当に短時間で閉まってしまった為、触れる機会は無かったが、直に触ってみるとふわふわして気持ちが良かった。
「くすぐったい」
「へえ、感覚あるのか?」
「少し」
初めて感じる違和感にカインが反応すると、カイが面白がって翼にダイブした。それをひらりと避けてカインは地面に激突したカイを引っ張り上げた。
「大丈夫?」
「くそ、お前中々やるじゃねえか」
鼻についた土を拭いながら立ち上がるカイを見ながら、リューエは改めてまじまじとその翼を見つめた。
「でもね、翼が背中から生えてる人って天使様っていうんだよね」
「悪魔だろ」
「おい!」
リューエの言葉を聞いた若い研究員が冷たく言い放つのを他の研究員が諌める。言われた当の本人は何のことか分からずポカンとしていたが、カイがその言葉を聞き逃さなかった。
「悪魔なのは、どっちだ?」
「生意気な」
「よせ、関わるな」
彼らはそれ以上何も言わず、黙って彼らから距離を取った。
「ふん、あんなの」
カイが彼らの方を睨み吐き捨てた。リューエがそんな彼に苦言を呈する。
「もう、そんな風に喧嘩売ってもいいこと一つも無いよ」
「あいつらにそんな感情なんかねえよ」
カイがリューエに反論した瞬間だった。急に辺りの風が止み、鳥のさえずりが止んだ。
カインが周囲の気配を探り始め、辺りは異様な緊張感に包まれた。
「何だ?」
「いない」
「え?」
カインの視線の先を追うとさっきまでいた研究員達がいなくなっていた。
「来る」
「何がだよ?」
カイがそう尋ねた瞬間、銃声が響いた。
「おいおい!」
カイはその音の方向を見て、向かってくる凄まじい数の人間に呆れ、
「何で!?」
リューエはその圧倒的な戦力差に絶望した。彼らは特殊な環境下に置かれてはいたが、所詮何の能力も持たないサンプルだった。
「六槍」
そんな中一人カインは力を展開させ向かってくる銃弾全てをかわし、相手に向かっていく。ついでとばかりにカイとリューエの側にそれぞれ一本ずつトライデントを指し、結界を形成する。
「銃弾が」
「弾かれる!?」
ただの子供としか知らされていない彼らは完全に浮き足立っていた。割のいい取引だと気軽に応じた事が彼らの運の尽きだった。
「話が違う!」
「こんなの…」
かれらは次々と葬られていく仲間達に次第に戦意を喪失させていく。
「三槍」
六本のトライデントがそれぞれ激しく回転して周囲の全てを切り刻む。銃を撃っては見えない風に跳ね返され、近づこうにも相手がいるのは遥か上空。手の打ち様がなかった。
「こいつら殺せば俺達は!」
一人がバズーカ砲を設置しカインに標準を定めるが、砲弾が放たれる直前に彼の体は武器と共にバラバラになった。次第に武器も味方も失っていく彼らに抵抗する術はもう残っていなかった。
「終わり」
いつもの様にカインは最後の一人にトライデントの先端を突き付けた。恐怖で我を忘れているその者の喉に冷たく刃先は、簡単に命を奪った。
僅か数分の戦闘で全てが終わった。
「やっぱり悪魔じゃないか」
「言うな」
密かに監視していた研究員達が、初めて見る圧倒的な戦闘力に恐怖を覚えていた。
「カイン」
「何?」
返り血をすら浴びる事無く事を成し終えた彼にカイはかける言葉が見つからず俯いた。助けてもらった事は事実なのだが、その事に対する感謝よりも、彼に対する恐怖がほんの少しだけ上回っていた。
「あ、あ」
「ありがとう、カイン君」
「いい」
リューエがカイの言葉を引き取り感謝の言葉を送った。先手を取られた彼は罰の悪そうな顔をしながらも何とか言いかけた言葉を形にした。
「ありがとう」
「ううん」
これで終わりと言わんばかりに研究員達が続々と姿を再び見せ、カインは力の展開を解いた。再びヘリコプターに乗せられた後、彼らはまた昨日の施設に戻っていた。
「フェイトは?」
「別室だ」
無人の部屋に着くなりそう尋ねたカインに研究員の一人はそう短く答えて部屋を後にした。
「カイン?」
突っ立ったまま固まっているカインにリューエが顔を覗き込んだ。
「え?」
「ぼーっとしてる。疲れた?」
「こんなに広いとどこいればいいのか分からない」
リューエの質問に彼はそのままの気持ちを返す。と、突然カイに頭を腕でロックされた挙句、顔を彼の胸元にまで持っていかれる。
「いたい所にいればいいんだよ!」
「…うん」
何となくその熱い気持ちだけは伝わってきて、彼は自然と彼らと同じような表情になっていた。守れたことが嬉しくて、戦って誰かに感謝されたことがとても嬉しくて、密かに彼は微笑んだ。
「それからその言葉遣い」
「え?」
「男だったらそんななよなよしい言葉使うな」
どうやらこの言葉遣いを注意されているらしい。そう気付いた彼はカイの言葉を真似てみた。
「え、うん、いや、ああ」
「それでよし」
満足そうに頷いた彼に横からリューエが口を挟んだ。
「言葉に男も女も関係ないよー」
「女は黙ってろ」
「男が黙るべき」
突然始まった口論にカインは呆気に取られたが、最後にどう思う!? と言わんばかりの視線を両者から浴びたカインは冷静に一言でこの戦いを終結させた。
「どっちも静かに」