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第三章 第十二節 そして彼女は全てを失う

「また明日。約束だよ、一緒に周ろうね」

「何度も言わなくても分かってるから」

級友に手を振って沙耶香は教室から出て帰路についた。文化祭の為の準備の為、一二年生はまだ学校に残るが、三年生は帰宅時間だ。教室に残って勉強する生徒や就職の為に面接指導を受ける生徒等その後の活動は様々だが、彼女は大概の日は授業が終わり次第帰宅の途についていた。

「また明日、か」

 あるともしれない物を思って、彼女は帰り道を一人で歩き続ける。一緒に帰ろうというクラスメイトもいたが、基本彼女はその申し出を断っていた。フェイトは構わないとは言っていたが、あまり住所を不特定多数に知られるのは不味いだろう。担任さえも知らない家の前に辿りつき、彼女はいつもの様に扉を開けた。

「あ、お帰りなさい」

 丁度靴を脱いでいたカノンと目が合い、知らないうちに彼女は一歩後ずさっている事に気付き、悟られぬようにすぐに家に足を踏み入れた。

「今日は何してたの?」

 見たところどこかに行っていたらしい。若干額に浮かんでいる汗を拭いながら彼はリビングの方へ足を向ける。

「フェイニータルの支部に行ってきたんですよ」

「フェイニータル?」

 島育ちの彼女も勿論その名前は知っていたが、何故そこに行ったのかいまいち理解できない。

「もうすぐ祭典ありますし、どうかなあって」

「祭典? ああ、聖女の」

 規模は違うものの何となく自分も似た境遇にあった事もあって、彼女もその位は承知していた。この世界に住むものなら一度はテレビで見る、今や世界で一番有名な行事だ。

「凄かったです。たくさんの人がいて」

「まあ、結構好きだからね、この国の人も」

「そうなんですか?」

「結構色々あるよ。お母さんも昔は何か色んな会合とか出てたし」

「お帰りなさい。私達も丁度今帰ってきた所なんです」

 リビングの向こうからフェイトが顔を出した。手には麦茶を入れたコップが三つ。声を聞いて用意したのだろう。感謝の意を示しつつ、彼女はそれを手に取りぐいと飲み干した。

「何でまたフェイニータル?」

「気になったから、ですかね。どこの世界にも大抵はあるんですけれど」

「ここと似たようなものなの?」

「まあ、特に違いは無いですよ。多分行ったら行ったで拍子抜けすると思います。ああ、こんなものかって」

フェイトの経験上、大して住んでいる生物に差があるわけでも、文化が違うわけでもない。例外は勿論あるが、それでも意思の疎通は問題ない。

「僕も行って見たいなあ。行った事はあるんですよね?」

「多分ね、でもやった事は?」

「今とそんなに変わらないんじゃないですか?」

フェイトの返しにカノンは聞いていた通りに答える。突然話についていけなくなった沙耶香がカノンの現状を聞いていなかった事を思い出して尋ねた。

「今は何してるの?」

「反政府組織の鎮圧を。後は連絡係とか、データに残らない一番安全な方法なんだそうです」

フェイトが知る限りこの世界では間違いなく最強、全世界でも百本の指には入ると思われる彼を政府が過信するのはある意味当然なのかもしれない。

「飛べるんだもんね」

納得したように頷く沙耶香を密かに見つめながら、彼女はこのままでは、と危惧せずにはいられない。カインの様な戦闘のプロでも、以前の彼のようなただの殺人兵器でも無い、ただの子供が力を持てばどうなるかなど、誰でも分かる簡単な問題だ。

「無闇に使ったら駄目だよ」

「分かってます。ちゃんと使う相手は考えてますから」

「流石に明日は大丈夫でしょ?」

 ふと気になって沙耶香がカノンに視線を向ける。向けられた当人は笑って首を振った。

「しませんよ、何の罪もない人を襲ったら僕が捕まってしまいます」

 それに合わせてフェイトも胸を張り太鼓判を押した。

「大丈夫です、私が見張ってますから」

「信用無いなあ」

 カノンが肩を落とし、フェイトと沙耶香は目を合わせて微笑みあった。

「楽しみですね」

「そうね、明日か」

 フェイトが楽しげに声をあげ、沙耶香も同じように応じた。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい、学校で会っても知らん振りで構いませんから」

「そんな事しないって」

 翌朝、急いで靴を履いた沙耶香は駆け足で家を出て行った。文化祭一日目は主に文化部の発表が主だ。地域の公民館を貸しきって行われる発表会には、毎年数多くの地域住民が訪れる。

「もう行ったんですか?」

 瞼を擦りながらカノンが玄関に顔を出してきた。

「今行ったところ。私達はもう少し後かな」

 当日の準備等がある為、生徒達はいつもより早めの登校となる。ちなみに沙耶香が朝早く出て行ったのは朝補習の為で、こちらはいつも通りだ。

「朝ご飯はもうあるから」

「ありがとうございます」

 欠伸を噛み殺しながら椅子に座りトーストを頬張るカノンの傍らで、フェイトは自身の支度に取り掛かり始める。どういうわけか白谷と麻衣は昨日から姿を見せず、結局フェイトの計画はおじゃんとなっていた。

「よかった、いい天気で」

 今日は朝から快晴で、外は太陽が未だに爛々と輝いていた。


「退屈……」

 公民館で沙耶香は肩肘を立ててだらしなく足を伸ばしていた。何でも学校から公民館までの道の途中で事故が合った様で、彼女達はバス内で足止めを食らっていた。

「もう、何でこんな日に」

 隣で愚痴をこぼす級友に彼女も同意の意を示す。島内では考えられない事態だが、こういった町では頻繁にある事なのだろう。

「先生! 何時になったら動くんですか?」

「静かに! まだ先生も良く分からん」

 バス内が騒がしくなり始め、沙耶香は物憂げに窓の外に目をやる。車が連なっている列を眺めながら、彼女は何時進むとも分からぬ時間を過ごしていた。


「そろそろ行かないと間に合わないよ」

「分かってます」

 あれから、余裕と思われた時間は何時の間にかあっという間に過ぎ去り、フェイトとカノンは慌てて家を飛び出した。公民館まではここから歩いて二十分少々、最初の演目開始はその五分後の為、間に合うかどうかは微妙だった。

「何の為に早起きしたのか分からないなあ」

「カノンがぼけっとしてるから」

「ですね」

 心なしか早足で歩いていく彼らの後ろから数人の男達が近づいてくる事に彼らが気付いたのは、カノンの肩に手が置かれてからだった。

「カノンだな」 


更新スピードが少し遅くなります。

大体週に三〜四回程度になるかと。

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