表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/119

第三章 第十一節 罪の意識

「カノンどこ行ってたの? 探したんだよ」

「ごめんなさい、少し」

 結局駅員から場所を聞いて戻ってきたフェイトは三十分後、ようやくカノンと合流して安堵のため息をついた。こんな所ではぐれたら次はいつ会えるか分かった物ではない。

「離れないでよ」

「分かってます」

 にこやかに微笑み彼は彼女の後を追う。ここから施設はそう遠くなく、子供の足でも十分もあれば簡単に行けるという。この地域にここまでのビルを建てられるその財力に感心しながら、彼らは施設の前まで辿り着いた。

「何階あるんだろう……」

「首が痛い」

 流石のカノンも上を見上げて唖然とした表情で呟く。この国最大の規模を誇るだけの事はあり、異様な雰囲気を感じさせるだけの何かをこの建造物は持っていた。

「どうしたのかな?」

 門の前に立っている男が彼らに気付いて声をかけてくる。威圧的でも、それでいて砕けてもいない、子供に対して慣れた口調だ。

「あの、ここ入れますか?」

「もちろん! お祭りだからね、信者の方も一般の方も自由に入って構わないよ」

 中も外も人は多く、多種多様な人間が出入りしていた。フェイトの予想していた通り、子供もちらほらといる為、彼らは特に浮く事も無く施設内に入る事が出来た。

「人が一杯ですね」

「こんなに影響力あるんだ」

 一階のエントランスは人でごった返していた。サービスカウンターからレストラン、関連グッズの販売、信者用、一般用の相談所。必要と思われるサービスに加え、初めて来た人にも分かる様に年表の形でフェイニータルの歴史までが説明されている歓迎振りだ。

「二十五階建て……」

 カノンがエレベーター横の案内表示を見て納得したように頷いた。中は主に隊員の部屋と業務に当てられており、その他には簡易な宿泊施設や客間が設置されている。商談や寄付の申し出にはここで応対するのだろう。

「どこ行く? まあ、行ける場所は限られてるけど」

「話くらいは聞いてみたいですね。中々凄そうですし」

 フェイトが横に並び同じように建物内の構造をチェックし始める一方、カインは祭典の開催を知らせるチラシを貰い眺め始めた。

「何かこの国でもするの?」

「特には。まあ、ここにこの国の信者が大勢集まる位ですかね」

 世界最大規模の祭典、とは言っても本場でもそう派手な事をする訳ではない。平和を願う宗教組織なのだからあまり派手な事が出来るわけもなく、カノンは次第に興味を無くし始めフェイトにその持っていた紙を渡した。

「でも、凄いね。この国の半分は信者なんだ」

「世界の八割はそうですからね。逆に信者じゃない人を探すほうが難しいですよ」

 フェイトの感想にカノンは相談所の方へと駆けていく。彼にしてみれば何故こんなにも人が集まるのか、という疑問に対する答えが知りたくてしょうがなかった。

「あの」

「はい、こちらへどうぞ」

 彼は「一般の方」と書かれたブースに入り、隊員と思われる女性の前の椅子に腰を下ろした。フェイトも慌てて後を追い、カノンの傍らに立って隊員の方を見た。印象は三十代後半の主婦といった感じで、普通に外を歩いていれば一般の主婦と見分けがつく事は無いだろう。多くのボランティアに支えられて、今日もフェイニータルは運営されている。

「質問なんですけど」

「ええ、何でも聞いて貰って結構ですよ」

 彼が何故ここにいるかは聞かずに彼女はカノンにこちらが安心できるような柔らかな笑みを送る。訓練されているのか、そもそもこれがこの人の地なのか。カノンは先ほどから思っていたままに彼女に疑問を投げかけた。

「どうしてこんなに人が集まるんですか?」

「そうね、やっぱりマリア様の御加護のお陰じゃないかしら。私は一度しかお会いした事は無いけれど、とても綺麗なお方でした」

「へえ、マリア様かあ」

「一度会って見るといいわね。祭典の他にもチャンスはあるし」

「企業、あるいは国の経営援助を求める見返りに、フェイニータル傘下の企業を優先的に進出させ、利潤を懐に。また、ただ単に資金を援助するだけでも、もうその国はフェイニータルには逆らえない。結局フェイニータルから人員は送り込まれるからその国は奇跡的な回復を見せる、この国のように」

フェイトが昨日白谷から聞いたフェイニータルの噂を真正面から何でも無いように笑顔で尋ねた。ぽかんとしているカノンを置き去りにして、彼女はこの組織の本質を突く。

セイバーズが壊滅的に潰された後、この国は当然の如く壊滅的なまでの経済崩壊を起こした。インフレの上昇に通貨はついていけずに金融崩壊を起こし、頼みの国債も買う国はいなかった。ハムレスからの援助は当然の如く無く、どの国もハムレスと敵対するのを嫌ってこの国との貿易を打ち切った。資源は多少あり、自給率も悪くは無かった事もあって国自体の崩壊は何とか免れたものの、この国がかつての栄光を取り戻す事は無いだろうと言われていたのだ。

そこに現れたのがフェイニータルだった。ハムレスとの協調を早々に発表し、地位を維持しつつ各国への援助を行い始めたこの組織がこの国に目を付けるまでそう時間は掛からなかった。圧倒的な技術力を誇るこの国に援助するメリットは大きく、結果この国は事実上フェイニータルの傘下企業を化していると言っても過言ではなかった。

 しかし。ハムレスが平和組織としてこの世界の地位を得てから行われた強硬な反ハムレス組織への弾圧が与えた世界への衝撃は未だ薄らいではいない。

「まあ、それもあるわね。皆さん知っている事だし。現にそれでこの国は救われた」

 幸せそうな顔をして述べる彼女にフェイトは複雑そうな表情を浮かべる。最近カノンが忙しい理由と、休暇を与えられた理由にようやく思い当たったのだ。

「最近、私達とそう変わらない年の人が入りましたよね? それで興味持ったんです」

「え? 僕らと変わらない?」

 フェイトの言葉にカノンがまず反応した。フェイトはポケットから一枚の小さく折りたたまれた紙を取り出し、机の上に広げて置いた。

「ああ、カイン君の事?」

「はい、入れる物なんですか? ロイヤルナイツって」

「私は普通の隊員だからよく知らないんだけど、とても優秀みたいなの。だから特別にレイブン様が許可なさったって聞いているけど。普通の子には無理でしょうね」

「なあんだ。残念」

「入りたいの? フェイト」

カノンが記されてあるカインの写真を眺めながらフェイトの方を向く。その紙にはなるほど、彼とそう年の変わらない子供が写っていた。

「少し興味があっただけ」

「当日はホールが開放されて生中継でレイブン様の演説が放送されるわ。良かったら来てね」

「はい。行こう、カノン」

元気良く答え彼女は席を立った。先ほどから後ろに隊員の視線がこちらに向けられている。カノンはとうに気付いていたのか、彼女の様子に戸惑う事無く立ち上がった。

「敵ですか?」

「まだ分からない」

 小声でひそひそと話す彼女の肩に、一人の隊員が手をかけた。

「少し」

「なあに? おじさん」

 フェイトが注意深く、それでいて年相応の反応を見せて振り返った。笑顔を向けられた男もまた笑顔になって、彼女に小袋を差し出した。

「お土産だよ、帰ってから食べるといい」

「ありがと、ちゃんと食べるね」

 持ち前の演技力を発揮してフェイトはその袋を受け取って帰途に着く。下手をすれば電車に乗り遅れかねないし、何より一部の隊員のカノンに対する視線が異常だった。

「カノン、何かしたの?」

「いえ……別に。ここに来たのも初めてです」

 フェイトの質問にカノンが心外と言わんばかりに首を振る。詳しい事を彼から聞いた事は無いが、ハムレスと何かしらの抗争をしている事は容易に想像がついていた。要するに、この国のトップは無能なのだろう。

「どうします? 邪魔なら」

「邪魔なら?」

 フェイトがぽかんとする間に、カノンはさらりと後ろに視線をやった。

「殺しますけど?」

「止めて」

「はい?」

「駄目、それは」

 現状の利害と、自分の意思が合致した結果、フェイトの言葉は彼が何も言い返せなくなるほどの力を持って放たれた。先ほどとは打って変わった空気の重さにカノンが押し黙る。   

カノンの言葉が聞こえたのか、もう後ろから視線を感じる事は無かった。


「ええ、はい。そうです。お願いします。いえ、その件はこちらから」

「どうしたんです?」

 セイバーズ内にある一室で白谷が誰かと会話しているのを聞いて麻衣が足を止めた。

「ああ、やったよ。また」

 静かに受話器を置いた彼は小さくため息をつき、深く椅子に座り直した。

「予想通り、ですか?」

「フェイトがどう反応するかだな。まだ知らないみたいだが」

 掛かってきたのは警察からだった。カノンが引き起こした事件は政府の要請により速やかに処理され、セイバーズに連絡される。管理不行き届きを軽く注意されそれで終わり。明らかに上のやる事ではなかった。

「政府からの要望は日増しに?」

「ああ、一昔前を忘れられない連中揃いだ。栄光なんてもうありはしないのに、カノンが手に入ったと聞いた途端、なりふり構いもしない」

「まさかフェイニータルに?」

ファックスで送られてきた文書を見て麻衣が顔を顰める。場所的に見てフェイニータルの支部のすぐ傍だ。色々と面倒な地域ではあった。

「フェイトが連れ出したんだろうな。カノンと一緒なら心配もない」

「だからっていきなり乗り込むなんて」

「焦っているんだろうさ。俺だってそうだ。こんな事の為にわざわざあの子達を連れてきたわけじゃない」

麻衣の言葉に白谷は天を仰いだ。言いなりになるのは仕方がないが、いい加減現実に目を向けなければ、折角の武器も不発のまま負け戦を繰り返すだけだ。

「どうするんです?」

「フェイトが何とかしてくれれば、と言うのは俺の妄想かな」

 カノンがあのまま自分の力のままに生きていけば、いつか必ず痛いしっぺ返しが自分に跳ね返る。何より、彼女達がそんな彼を認めるとは思えない。特に、彼女は。

「あの子もいるのに」

「だから距離を置いてきた。だが」

巫女の家系に生まれた少女、何かと彼女自身もまた謎だらけだが、今はただ彼は煙草に火をつけ、ゆっくりと白い煙を吐き出した。

「もう止まる訳にもいかないらしい」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ