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第三章 第十節 微笑の天使

「どこに行きますか?」

「うーん、年頃の男の子が普通に外出歩いてたら不味いし」

 この国の子供は一部の例外を除いて、学校と言う教育機関に通うのが普通だ。いくら何でも普通の子供が並んで外を歩いているのは不自然極まりない。

「ああ、普通は学校に行ってるんですよね?」

「となると、誰も行きそうに無い所」

「あるんですか?」

 カノンが困り果てて尋ねる。決してこの辺りは人口が多いわけではないが、それだけに子供の姿は目立つ。だが、その疑問に対するフェイトの回答は早かった。

「何だかこの国、結構伝統施設が多くて。少し興味があって調べたんだけど、神様とか信仰してる人が多いみたい」

「この国でも盛り上がってますからね。フェイニータルの祭典」

六日後、朝から国の報道機関が完全生中継すると既に発表していた。彼らはその祭典を見た事は無かったが、それでもテレビでは連日興奮の高まりを伝える報道が繰り返されていた。

「生中継されるみたいだから。予習の為にも行ってみようか? 逆に人が多くて目立たないし、その為に休む子もいるみたいだから」

何より彼女にとってはカインの動向を探るいい機会でもある。流石に表立って出てくる事は無いだろうが、それでも最低限の情報は欲しい。ネットや文書に公表されている情報以上の何かが掴めるかもしれない。

「凄いんですね。よく分かんないんですけど」

「じゃ、支度しようか」

 昼食を軽く取り終えた彼らは外に出た。一つの町に一つはあると言われているフェイニータルの関連施設は、当然の如くこの町にも存在する。とは言ってもこの町の面積は広い。先のハムレスへの抵抗で手酷い被害を被った事もあり、特に被害の多かった地域は併合されているためだ。ここから電車で約三駅行った所にあるその地域の住民は、ほぼフェイニータルの信者であると言っても過言ではない。そこなら祭典に対する何らかの準備やイベントが行われていてもおかしくは無かった。

「電車、ですか?」

「私も始めて。どんなのなんだろう?」

 駅で切符という乗車券を購入し、彼らはホームに降り立った。田舎らしく電車は一時間に約二本、それも鈍行のみという寂れた駅舎に彼ら以外の人影は無く、駅の周辺も閑散としていた。

「あ、来た!」

「へえ、これが」

 カノンが遠くに見えてきた物体を指指して立ち上がり、後にフェイトもホームに滑り込んできた巨大な鉄の固まりを目にして目を丸くする。

「部屋ごと動いてるみたいだ」

 動き出した外の景色を眺めながら、カノンが目を輝かせる。幸いにして席はそんなに混んでおらず、二人は並んで椅子に腰掛けた。

「凄いと言うか何と言うか」

 フェイトは何とも言えない感覚を覚えて無邪気に騒ぐカノンを見つめる。こうして見ると普通の男の子にしか見えず、フェイトは朗らかな気持ちになった。

「車も追い越してく」

よかったのかもしれない、とフェイトは自らも窓の外の景色へ目をやる。後ろへ流れて景色を眺めながら、似た様な乗り物に乗ったのは何時だったろうか、と彼女は物思いに耽り始める。

 ほんの少し前まで、今とは真逆の生活を送っていた。その前は、今と同じようで、それでも幸せだと信じていた毎日で―。

「フェイト?」

「え? 何?」

「着きますよ」

 我に返ってみれば、丁度車内にアナウンスが流れ始めた。第二ブロックに位置する静岡、その中でも海岸部に位置するここは、主要都市を繋ぐ重要な交通路ではあったが、実際、この地域に住んでいる者は少数であった。そんな様相が激変したのは、ここ数年の事である。

「ここから降りればいいんですかね?」

「私達が住んでる所と全然違う」

ホームに降り立った彼らが目の前の光景に唖然とした。フェイニータルがこの土地を買い取って以来、この地域は目覚しいほどの発展を遂げていた。フェイニータルからの出資は勿論の事、そこから生じる利益を目当てに擦り寄る企業は多く、ビジネス街としてこの町は有数の規模を誇るまでに成長していた。

「とりあえず、出ようか」

「ですね」

 フェイトが歩き出し、カノンがそれに続く。人混みの中を何とかくぐり抜け、彼らは駅の改札口を通り抜け一息ついた。

「ちょっと待ってて、地図か何か探してくるから」

「迷わないでくださいね」

「大丈夫」

 フェイトが駆け出していくのを見送り、カノンは一息ついて壁にもたれ掛かった。次々と改札口から出てくる人達を眺めながら、彼は視界の片隅に数人の若者がいる事に気付いた。

「こんな時間に?」

 自分の事を言えた義理ではない事くらい流石に彼も承知していたが、彼らも自分とそう年が離れているとは思えなかった。時々自分や彼らに視線をやる者もいたが、そのまま素通りしていくだけだ。

「何か事情があるのかな?」

 もしかしたら自分と同じような境遇にいるのかもしれない。彼は何の警戒も無く笑顔で彼らの方へと歩を進めていった。

「あの」

「ん?」

「何をしているんですか?」

 話しかけられカノンの存在に気付いた彼らは、何かおかしい物を見ているかのように大声で笑い始めた。

「何してるんですかだってよ」

「馬鹿かこいつ」

「お前こそ何してんだ? おちびちゃん」

 馬鹿にしたように発せられる言葉を気にする事もなくカノンは律儀に答えていく。もしかしたら何か情報が掴めるかもしれないし、関係者なら案内して貰えるかもしれない。

「僕はこれからフェイニータルの施設に」

「フェ、フェイニータル?」

「あんないかれた連中と何するんだよ?」

 そんな彼の希望を知る事も無く目の前の若者達は彼を取り囲む。何やら不穏な空気が漂う中、リーダー格かと思われる男がカノンの肩に手を置いた。

「へえ、施設に行きたいのか?」

「しってるんですか?」

「ああ、案内してやろうか?」

「はい、でももう一人いるんです」

 渡りに船と言わんばかりに彼はその申し出に飛びついた。周囲の男達が薄ら笑いを浮かべる意味も分からず、彼は自分の事情を説明しようと口を開こうとする。が、すぐにその言葉は彼らに覆い被せられる。

「いいじゃん、行こうぜ。すぐ近くだし」

 強引に背中を押された彼は、されるがままに駅から少し離れた駐車場にまでつれて来れれた。駅の前の広場からは死角となるため、辺りに人影は無い。

「それで、どこなんですか?」

「さあて? 何の話かな」

「はい?」

「はい?じゃねえよ」

 周囲でけらけらと笑う彼らを無垢な瞳で眺める彼は、彼らにはストレス発散の為の極上の餌にしか見えなかった。

「少し遊ぼうぜ。おちびちゃん」

 カインの目に、彼の暴力的な狂気を宿した瞳が映った。持ち上げられ、そのまま殴りかかろうと拳を振るおうとした彼の手が、宙を待った。

「は?」

 彼の手首から溢れ出て来る鮮血を眺めて、カノン先ほどと同じ様に微笑んだ、あくまで無垢なまま、血まみれになりながらも彼は全くそれを意に介さず、告げる。

「どこですか? 施設」

 パニックに陥り、何も言葉を発する事も出来ず崩れ落ちた彼を踏み越え、彼は周囲の者達に答えを求める。否応無く絶大な力を突然目にした彼らの視線には、ただ、血まみれの鎌を持つ天使が映っていた。

「もう一度聞きます、どこですか? 施設」

 悲鳴が舞い、そして消えるまで、時間は掛からなかった。


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