第三章 第七節 祭典(4)
「ジャスティ、何を笑っている?」
「なーんにも」
時は現在に戻り、キュラスは先ほどからシンとカインの戦闘を笑って眺めているジャスティを懐疑そうに眺めた。突然始まったシンとの戦闘に、上からの指示は静観せよ、の一言だった。
「つまんないなあ、チャンスなのに」
シルヴァが興味を無くしたのか寝そべって空を見上げている。雲ひとつ無い静かな空間に、風を切る音だけが響く。
「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
突然訳も分からぬまま祈りを中断され茂みに連れてこられた彼女を心配するリースに、マリアは微笑を返す。まずは元気そうな事に安堵しながらも、彼女はジャスティに厳しい双眸を向けた。
「何? 知ってる事があるなら話して?」
「確かめようと思っただけだ。あいつの言った事がは真実なのか」
厳しい声で問われてもジャスティはその笑みを崩す事も無くかわす様に答える。
「何があった?」
キュラスもまた彼に向かってその鋭い視線を向ける。昨日から今日まで姿を見せなかった事に対する叱責も込められたその言葉に、ようやく彼は少しだけ肩を竦めた。
「何にも。大体、ここにいる何人が真実を知ってるって言うんだ?」
「お前は知っているとでも言いたいのか?」
「いや、怒るなよキュラス。俺だって結局手足なんだから」
「そうか」
そこまで言われてキュラスは黙った。同じハムレスに所属してはいても、内情の複雑さから彼らは同じ情報を共有しているとは言えなかった。寧ろ、それぞれの力を頼りに多数の権力者が個人に依頼してくる事もある為、何がハムレスの本意なのか彼らでさえも図りかねているのが現状なのだ。それぞれにスポンサーが付いていると言っても過言ではない状況にある中、一人一人に全てを話せと問う事事態ナンセンスだった。
「マリア様は?」
「言われて無い」
「そう」
リースが彼にそれを確認してその視線を再び戦闘中の翼達に向ける。互角の戦いを繰り広げる彼らに介入する事も出来ず、彼らはただ目の前で繰り広げられている戦いをじっと見つめていた。
「強い」
カインは目前に迫る鎖をトライデントで叩き切り、自分の足に絡み付いた鎖からも脱出しシンに迫る。
自身の周囲にトライデンを旋回させ、放たれる鎖を弾きながら迫るカインに対し、シンは次第に劣勢に追い込まれていく。相性悪さから来るこの展開は当然彼も予想していたが、退けない事情が彼にはあった。
「こんな所で」
シンは間近に迫るカインの周囲に鎖を広げ、トライデントごと彼を包みこむ。一瞬動きを止められたカインが絡まったトライデンを解除する隙に、シンはカインの背後に回りこみ一閃鎖を放った。
「くっ!」
遠ざかれば鎖が飛来し、近づけば動きを封じられる展開にカインは思わず舌打ちする。トライデントを普通に当てにいけばかわされ、直接自分が接近戦を仕掛ける事も出来ずに、彼はシンの気迫に押され続けていた。
ついに右腕と左肩を貫かれ、彼は急速に海へと落下していく。途中で意識を取り戻し再び翼を開くもその顔ににシンの拳が叩きこまれ、カインの落下スピードは増していく。
「終わりだ!」
「列弾」
最後に止めとして放った鎖が何かに弾かれるのを見て、シンは飛来して来た方向からの
攻撃に対処すべく一旦そちらに注意を向けた。
「何?」
次々と飛来する謎の光弾をかわし続ける彼の視界の隅に、何やら光る物を目にした彼はカインがいつの間にか自分の真上にいる事に気付き、慌てて上に鎖から成る盾を出現させた瞬間、トライデントが彼を捉えた。
「もう関わるな」
「まだだ!」
何とかかわそうとしたものの、肩と右腕を掠めた上、翼を貫かれ彼は成す術も無く海中に落下していった。
「どう?」
戻ってきた彼を出迎えたのはリースだった。先ほどの援護には触れず、彼女は彼に駆け寄る。
「さあな。分からん」
「違う、あんたの怪我」
カインは自分の怪我をちらと見た後、何でも無いように首を振った。出血はあるが、大して深くも無い。放っておいても数日で完治するレベルの怪我だろう。
「どうでもいい。帰って治療すればいいだけの事だ」
「ったくもう」
リースは車の中に常備されている救急セットを取り出し、取り敢えずの治療に当たる。
黙って治療を受ける彼に、もう一つの小さな影が近づいていった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、問題無い」
カインはマリアの言葉に微笑みを返す。リースが手際良く応急手当を終え、彼は試しに腕を動かして見る。若干の痛みはあるがまずは問題ないレベルだ。
「どうする?」
「俺に聞くな」
リースの問いにカインはマリアの方をみやる。質問を向けられた当人は少しの間考えた後、遠慮がちに呟いた。
「あの、お時間頂いてもよろしいですか?」
「それが役目だろう?」
「はい」
カインに即答され、マリアは駆け出して行った。正直時間は若干オーバーしていたが、後で適当に事情を説明すれば済む話だろう。
「お前の運転ミスだ」
「はいはい」
再び祈りを開始した彼女を見つめながら、カインは先ほどの戦いを思い返す。想像以上の力と殺意に怯まなかったといえば嘘になる。
「何で」
「多分どっかの誰かさん」
カインの独り言にリースが反応する。その言葉にカインはとある人物を連想した。
「知ってるのか?」
「ううん、ちょっとね」
ハムレスの中の誰かだと言う事は容易に予想が付いたが、シンが未だにハムレスに従っていた事に彼は驚いていた。もし反逆していないならそもそもあの任務はなんだったと言うのか。
「この世界に支持を出す権限を持つ者は何人いるんだ?」
「三桁はいるんじゃない? 私この世界来たばかりだし」
「三桁か……」
カインはざっとこの世界の権力者達の顔を思い浮かべるが、その全てがハムレスと繋がりを持っていそうでげんなりした。
「何でこの世界にハムレスは拘るんだ?」
「さあ、私も不思議なんだけどねえ」
いい加減不可解だった。どうしようもない焦りは心に渦巻くものの、それを対処する方法も思い浮かばないまま、彼は祈りを捧げる聖女を眺め続けた。
「お時間かけまして申し訳ありません」
「リース、戻ろう。少し時間が押してる」
「了解」
車に彼女が乗り込みエンジンをかける。後部座席に乗り込んだ途端彼女はアクセルを踏み車を発進させた。
「あの方は、ご友人ですか?」
「ああ、まあ」
カインはマリアに先ほどの顛末を聞かれ言葉を濁す。狙われているのが自分なら、彼女には何も伝えないほうがいいだろう、という気遣いからだったが、そんな空気を察したのか彼女の質問は止まなかった。
「何故こんな所に?」
「多分」
誰にも見られる事無く襲撃でき、場合によってはマリアを人質にでも何でも容易に出来る場所を選んだ、と言う事なのだろうが、流石に彼も他に能力者がいる事は知らなかったらしい。
「多分?」
マリアに問い詰められ、カインはしどろもどろになってしまう。無関係なのだから話しても問題はなさそうだが、何故か巻き込みたくは無かった。
「え、ああ、多分テレビで見かけてそのままこっちまで飛んできた―」
「個人的な恨みでも買ったんでしょ」
見かねたように発せられたリースの言葉に、カインはある人物を思い出して考え込む。
「そうか、それもあるか」
「え? 何かしたの?」
「まだ分からないが、可能性はある」
あの島での出来事を完全に知る人物は恐らく存在しないだろう。カインでさえ、一発目にミサイルを迎撃した後はその後放たれるミサイルを追撃するのに必死で、他者を庇う余裕などどこにも無かった。
「ああ、島のこと?」
リースがここに来てから聞いた、とある事件を思い出して当事者に尋ねる。
「何とも言えん」
「結局戦艦何隻落としたの?」
「三隻」
「やるじゃん、流石」
リースの賞賛にカインは顔を俯ける。正直、手加減無くあそこまでやるべきではなかったのかもしれないが、当時は必死だった。誰かを殺しているという実感も無いまま、気付いた時には目の前に敵はいなかった。浮いている破片に腰を下ろし、力を使い果たした影響で意識を失ったところまでは覚えているのだが、恐らくそこでフェイニータルに回収されたのだろう。
「そのまま意識失ったんだ。寧ろ情けない」
「そうでも無いと思うけど。ま、やりすぎたんだろうね。私達が呼ばれる位だから」
リースの苦笑にカインは何も言い返せなくなり窓の方に目をやる。
「結果的に味方になってる。あいつらの想定内だろ」
「それはそれ。いつでも喧嘩売ってきていいよ。相手してあげる」
「まだそんなつもりは無いな」
「まあ、こっちもその方がありがたいんじゃない」
ひとます車は落ち着いた走りを見せ帰路を急ぐ。帰りつくころには少し陽が傾きかけていたが、相も変わらず信者たちは熱狂的な声をマリアに届けていた。
「もうすぐ着くけど、これからは?」
「私はこれからまた」
マリアの言葉を制してカインは淡々とこれからの予定を告げる。
「信者と会合だ。お前は俺と警備だろ」
寧ろこれからがメインイベントだった。中庭に入る事の出来る人間はそう多くは無いが、それでもいつどこで何が起こるか分からない為、カインはまだ護衛に当たる事になっていた。
「いつ解放されるの?」
運転で少し疲れたのか、リースがカインに嘆願するかのような視線を向けた。彼はそれをあえて無視して、車の周囲に注意を向けた。
「夜までだ。我慢しろ」
「了解了解」
「到着」
車が本部前に停車し、カインがすぐに車から降り扉を開ける。彼女を間近で見る事の出来る数少ない機会を物にしようと集う信者達に警戒の目線を投げかけながら、彼は彼女に手を差し出した。
「ありが」
礼を言いかけた彼女がふいに転びそうになる。所々で悲鳴があがる中、彼はしっかりと彼女を抱きとめ、何も起きなかったかのようにそのまま彼女の前を歩いていく。
動きかけたリースはカインの動きを見て微笑し、そのまま車を片付ける為発進させた。入り口までの十メートルほどの道のりをゆっくりと手を振りながら、彼女は微笑を彼らに向け、そのまま入り口の中へと消えていった。




