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第三章 第六節 祭典(3)

 深夜、時計の長針が真上を示した事をアラームが告げ、シンは一人ベッドから起き上がった。目立たないように黒のジャケットを羽織り、誰もいない町に繰り出した。2時間ほど前に目的地に到着した後、乗り換えの為にチケット売り場に行ったのだが、生憎売り切れていたのだ。次に出るバスは三時間後、という表示を目にした彼は結局近くの安宿に身を寄せていた。バス停で子供が過ごすには、あの環境はあまりに酷だ。

 窃盗、強姦、誘拐、何でもありの無法地帯を停留所とするこの地に、わざわざ立ち寄る者は少ない。いるとすれば人目を避けたい者か、余程の物好きか。

 子供が一人停留所に現れた。突然現れた珍客に好奇の目線が彼に浴びせられるが、そんな物を一切気にする事なく、彼は目当てのバスが来る停留場の前で足を止め、後五分少々でバスが来る事を改めて確認しその場に腰を下ろした。

「おい」

 一人の男がその子供に声をかけた。今から始まるショーを見ようと、周りの視線が彼らの方に集中する。

「何?」

 返ってきた声の鋭さに少し面食らいながらも、彼はその子供の顎を掴み自分の方へと引き寄せる。

「へえ、かわいい顔してんじゃねえか」

「触るな」

「聞いたか? こいつ結構―」

「もう一度言わないと聞こえないか?」

 彼の首に銀の線が纏わり付いた。鎖によって喉を圧迫された事によって、彼の言葉は意味を成すことなく宙に舞った。

「どうした? 声も出せないか?」

 首を押さえて必死にもがき続ける彼にシンは冷ややかに言葉を浴びせる。恐怖で彼の顔が青ざめ、いつしか周りの視線はあらぬ方向を向いて固まったままだ。

「もう行っていい」

 シンは軽くため息をついて彼を解放した。軽く悲鳴を上げながら走り去っていく背中を見送りながら、彼は空を見上げ、今の自分に鬱になった。カインを討とうと、フェイトの居場所が分からなければどうしようもないではないか。どうせこんな世界を守ったところで、この世界は争いを止めはしないだろう。フェイトの願いがカインの開放なら、それでもう彼には関係の無い話だった。勝手にやっていてくれればいい、自分は―。

「俺、どうすればいいんだろ?」

 堂々巡りになって彼は困り果てていた。何の考えも無しにこんな所まで来てしまったが、今からカインに会ってもどうすればいいのか全く分からなかったのだ。相手は既に公的な身分を持った相手、下手に手を出せばこちらがテロリスト扱いだ。別に自分が死ぬのはどうでもよかったが、何かが彼の心に引っ掛かっていた。

 バスが来て、彼は答えも出ないまま乗り込んだ。誰もいない車内の一番後ろの隅っこに座って、彼は目を閉じた。

「う、ん」

 そろそろ空も白み始めようとする頃、彼は外の騒音に目を覚ました。気付けば時間はもう朝の五時。周りは車だらけで、バスは完全に止まっていた。

「おじさん、ここでいい」

 彼はそう断ってバスから降りた。ここからなら歩いて一時間もすれば本部にまで辿りつけるはずだ。降りて辺りを見回すと、自分と同じように歩いてくる者がちらほらと見える。その服に鷹の紋様が刺繍されていることに彼はどうしようもない違和感を覚えながら、彼らの流れに沿って歩き出した。

 まるで他の何も目に入らないかのような足取りで歩いていく集団の中、彼は一人浮いていた。周りに溶け込む事も出来ず、合わせる事も出来ず、ただそこに彼がぽつんと浮いている。

 四十分ほど歩くと、ようやく遠目でも確認できる位置に本部が見え、彼は一安心して緊張を解いた。やっと現実世界に戻れたような気がして、彼はその歩を早める。

 今日に限っては、この町も朝から活気付く。彼は手ごろなレストランに足を踏み入れ、サンドイッチに齧り付いた。

「いい食いっぷりだな」

 ふと目を上げれば、目の前に人の影があった。彼は憂鬱になりながらも、とりあえずその顔を上げた。

「何か用?」

「お前らはそんな暗い顔ばっかりしてんのか?」

 彼はシンのサンドイッチの一つを取って口に放り込む。良くみると胸には首から本部への入場許可証がぶら下げてあるのが見えた。

「またロイヤルナイツ?」

「いや、ハムレス」

 あっさりと身元を明かした彼に対して、シンは昨日までの戦闘意欲がどんどん衰退していくのを感じた。何だかどうでも良くなって、彼は残りのサンドイッチを口に放り込んで立ち上がろうとする。

「涼宮」

 その一言は彼を立ち止まらせるには十分な力を持っていた。

「続けろ」

 彼は座り直して向かいの椅子に座る男を睨む。薄ら笑いを浮かべながら彼はウエイターを呼び、コーヒーを注文してから腕を組んだ。

「今フェイトとカノンが一緒に住んでいるんだそうだ。愉快だな」

「フェイトと?」

「お前、既にあの情報知ってるんだろ?誰がリークしたのか、本当なのかは知らないが、もし本当ならその嬢ちゃん、かなりのやり手だな」

「涼宮って」

 シンが先ほど聞いた単語を問い返す。丁度頼んだコーヒーを受け取って、彼は一口飲んでから答える。

「巫女だろ? お前、何か知ってるのか?」

「どこにいる?」

 もはや皮を被る事も無くシンは彼に詰問する。その名前が出た以上、放っておくわけにはいかなかった。

「あれ? 教えた筈だろ? お前あのメモどうしたんだよ?」

 少しの間考えた後、シンは自身の致命的なミスに気付いた。

「家か」

「ははーん、カノンしか確認して無いってか? やっぱまだまだ子供だな」

「何だよ?」

「考えても見ろ、もしフェイトが黒なら? カノンももう駄目だろ? となるとその巫女さんの今の立場は?」

 既に神器は発動している。なら、他に残された活用方法は。

「人質」

「ビンゴ。どうする、それでも放って置くのか? お前、あの島にまだいるんだろ?」

全てが調べられている事に対してシンは特に驚きもしなかった。反対に彼は短く彼に切り返す。

「どうして欲しい」

「話が早くて助かる。実は俺達にとってもカイン邪魔でね、ルナってのも殺されたんだろ?」

実際、この情報が本当ならシンとハムレスとの間には奇妙な同盟関係が成立する。敵の敵は味方的な考えから、ハムレスが彼に話を持ちかけてきても、何ら不思議な事では無い。

「……分かった」

 シンの顔が厳しくなるのをみて、彼は密かに微笑む。黙って去って行ったシンを見送りながら、彼は静かに呟いた。

「さて、確かめさせて貰おうか」

 祭典までの時は、もうすぐそこにまで迫っていた。


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