第三章 第五節 祭典(2)
「到着」
「ありがとうございます」
目的地に到着し、カインは扉を開けて彼女の手を取る。そのまま車から降りると、彼女はふらふらと海岸の方へと歩いていき、ここからは彼女と神様だけの空間となる。
「凄いね。周りは誰もいないのに」
「それでも信じるものは信じる。例え見ていなくても、彼女が神に愛されていると」
彼女の姿を遠めに眺めながら彼らは佇む。周囲には三つほどの気配が感じ取れるが、それ以外は何一つ存在しない空間の中、彼女は手を組み目を閉じる。強い風にその長い金の髪が揺れ、ドレスははためく。
「何かが」
「来る」
そしてリースが何らかの殺気を感じ拳を握り、カインはその目を細めた。
やってきたのは、悪魔か、天使か。この世界に伝わる神話の一つに、銀の翼を持つ少年が登場する話が存在する。その翼の美しさを妬まれ、人間達に全てを奪われたその少年は、やがて決意するのだ。
「カイン」
マリアを無視してカインの前に降り立ったシンの目には、はっきりとした憎悪の色があった。
「ルナを!」
「リース、マリアを」
カインの声に、リースがすぐに言われたとおり行動を開始する。マリアをそのまま抱えて離脱する彼女を確認して彼は力を解き放つ。
「よくも!! 全てを!!」
「シン聞け!」
カインの言葉を無視してシンは遥か上空へと飛び上がる。ここまでの憎悪を向けられるとは思っていなかったカインの呼び掛けも無視して、彼は銀の翼を開く。
「お前のせいで!」
話にならないと判断してカインも彼を追い上昇する。三つの気配はその場に留まったままだったが、いつ出てこないとも限らない為、カインは一気に勝負を決めるべくトライデントをその場に展開させる。
「六槍」
シンの上空にトライデントが瞬時に移動し、彼目掛けてその全てが落下していく。
自身の上空に出現したトライデントを睨みつけ、彼は怒りに震える。
「こんな」
シンはその両の手に鎖を出現させ、トライデントをまとめて絡め取りカインの方へ思い切り投げつけた。
「こんなもので!」
「早い!?」
カインの想像を遥かに越えるスピードとで放られたトライデントを下降してかわし、カインは距離を取るべく沖の方へと進路を向ける。これ以上この場で戦闘を続けては周囲にまきぞいにしかねない。
「逃げるな!」
放たれた鎖に一端がカインの足を捕らえ、彼はそのまま海へと叩き付けられる。
そのまま振り回されるカインに、もう一端の鎖の先端が迫った。
「お前さえいなけりゃ!」
時間は、レイブンの演説前にまで遡る。
「相変わらずだな、ここは」
シンはげんなりした表情で、本部に続く道路の込み具合を眺めていた。流石にあの本部の近くまで飛んでいけるとは思っていない為、彼は前日から高速バスに乗り込んだのだが、やはり道路は大渋滞だった。
「空路の方が早いんだけどな」
だが堂々とそんな所に行くのは気が引けた。前回の苦い教訓も相まって、彼は一人バスに揺られてゆっくりと流れる景色を眺めていた。秋に差し掛かったばかりだからか、木々はまだ青く、空もまだまだ秋の日差しからは程遠い。あちこちでクラクションが鳴り響き、怒声も飛ぶ中、彼はそれを眠り歌にすやすやと眠りについていった。
「ここ、よろしいですかな」
「え? は、はい!」
突然声をかけられシンは慌てて席を空けた。空はもう日が沈み始め、赤く染まっている。恐らく目的地に着くのは今日の深夜になるだろう、とい彼は頭の中で計算を立てた。
「実は、ロイヤルナイツの者なのですが」
シンは思わずまじまじと隣に座った男を眺めた。着ている服は何てこと無い普通のスーツ姿、そして胸には鷹の紋様が刺繍されていた。如際無い笑みを浮かべる彼に、シンはその居住まいを正す。
「何か?」
「いやいや、もしかしたらと思ってね」
「はあ?」
シンは相手の言っている意味が分からず顔を傾げる。てっきりカインに知られたかと思って内心どきどきしていたが、どうも様子が違うらしい。
「実は、カインの事でお話がしたくて」
「さっさと言え」
シンの問いかけに彼は持っていた鞄から一枚の資料を取り出し、彼に手渡す。受け取った彼は、その資料を見て凍りついた。
「何だよ、これ?」
「それがあの日の真実です。信じるか信じないかは、ご自由に」
目的地途中のバス内が急に減速し、停止する。開いた扉から彼は早足で駆け下り、何事も無かったかのようにバスは再び発車した。
シンは資料に記されている文面を事細かく読んでいく。もしこれが事実なら、ハムレスやカノンに関わっている場合ではない。
「だけど、本当なら」
彼の脳裏にルナの無残な死体と、綾香の顔が思い起こされる、もし事実なら放っては置けなかった。
「あいつが!」
少しづつ、彼の脳裏にあの日の情景がありありと浮かび上がってくる。あの漆黒の羽を持つあの男。心の温かさも何一つ持ち合わせていないのは知っていたが、まさかその裏に曲者がいるとは思っていなかった。
記されている内容は、どこから流出したのか、あの日の作戦内容の詳細だった。カノンの事に一切触れられていないのが気にかかるが、とりあえず分かったのはフェイトの正体だった。
「異世界から派遣されて、いいように俺達を弄んで!」
少なくとも自分達のしていることは正しいのだと、そう信じて疑わなかった。だから今まで戦って、血を流し続けてきた。その結果がこれだった。少なくとも、このままでは全てが終わりかねないのは分かっている。明日になれば、全てを終わらせかねないなら、自分がやるしかなかった。
「カインがフェイトの言いなりになって、マリアも?」
彼女がハムレスを肯定してしまえば、全てが終わる。結局、ハムレスはまだこの世界を諦めてはいなかった。作戦指揮をフェイトが取っていたと言う事実に誰一人気付かなかったというだけで、あんな惨事が起こったのだろう。
黒部すら手駒に過ぎなかったのかもしれない。密かに自分達だけでこの世界を支配しようとフェイトの嘘を信じたのが全ての始まりだ。
「あの鏡が?」
神器『式根鏡』その地に代々伝わる巫女の中でも、特殊な力を持つものにしか扱えないと言われている。沙耶香がそれに当てはまるのならば、シンの読みは的中している事になる。狙いはあの鏡と巫女の確保。なら何故住民やシンまでもが狙われる事になったかと言うと、そこにフェイトの嘘がある。その力の発動には誰かの命を犠牲にする必要があるという。その言葉で彼はあの島の全てを犠牲にしようと考えたはずだ。その結果得られたものは何て事は無い、カインに自我が宿っただけだ。
考えて見れば、フェイトはどこかカインに気を掛けていたような気もする。大して興味を持つこと無く放っておいた自分に腹が立って彼は拳を握り締める。
全てはカインを守る為、カインがこれ以上殺人マシーンとならない様、カインがこれ以上ハムレスに従う事が無いように。そして今がある。ロイヤルナイツに入ったのは、自分が頂点に立つ為だ。この世界の全てを手中に入れれば、もうハムレスといえども迂闊には手が出せなくなる。そのために邪魔な自分は始末してしまおうということだろう。全てのピースが重なり合って良く事に彼は軽く興奮を覚えていく。誰であろうと、個人の意思で世界が動く事に彼は嫌気がさしていた。
「だったら、討ってやるよ。カインも、フェイトも」
彼の瞳に狂気が宿る。もう暗くなったバスの中、彼は一人薄ら笑いを浮かべた。