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第三章 第四節 祭典(1)

「凄い人だな」

 当日、朝から凄まじい喧騒に包まれている様を見てカインは目を丸くする。例の如く隣にいるアーバンがカインに声をかける。

「お前は午後からだろ?」

「ああ、また後で」

「おう」

 お互いそれぞれの仕事の為に別れる。アーバンはこれからハムレスからの来客を迎えなければならいし、カインは午前中からマリアの部屋の前に陣取って警護に当たる。午前中はただ立っていればいいだけなので特に問題もないはずだったのだが、彼が中庭への扉の前に来てから数分もしない内に、招かれざる来客があった。

「こんにちは」

 一文字ずつ区切るようにして発音された言葉にカインは顔を顰める。明らかにまだこの世界の言語体系に慣れ切っていない発音だった。

「お仲間か?」

「何だ、つまらん」

 いきなり口調が変わると共に、先ほどまでの発音が変わった。無造作に髪を掻き上げながら彼はカインの方に近づいてくる。黄色に赤みを帯びた髪と強気に彼を見つめるその視線に、カインは何ら表情を変える事無く告げる。

「お前が来るべきところじゃない」

「そんな事は分かってるさ。ただ何となく興味があったから来ただけだ。違法じゃないぜ」

 許可証を首からぶら下げている上、着ている服はナイツの物だ。カインは正直げんなりしながらも、許可証を確認してからため息をついた。

「リースに運転させたのは誰だ?」

「ああ、乗せたって言ってたな。まさか素直に乗るとは、お前嫌いじゃないぜ」

 カインの言葉に彼は思わず微笑む。

「お前に好かれたって何とも思わない」

「寂しい事言うなよ」

「何しに来た?」

 彼の言葉に取り合わずカインは以前の様に相手に何の感情も悟らせない口調で話す。一般人ならばそれだけで言葉が詰まりそうなものだが、ジャスティは大して気にすることもなく、自身の目的を告げた。

「シン殺しても恨むなよ」

「のこのこ現れるとでも思ってるのか?」

 シン、という名前を聞いて一瞬カインの表情に動揺が走る。その心の動きを面白そうに眺める彼の顔に、少しの殺気が混じる。

「来る。お前も気付いてんだろ?」

「さあな」

「こっちにはこっちの都合もある。リースから何も聞いてないのか?」

「何を目の前にしているか分かっての発言だな?」

 あくまで挑発的な態度を崩さない彼に、とうとうカインは自身の殺気を解き放った。

「だから、邪魔するなよ。あの子がどうなってもいいなら、この世界滅ぼしちまえよ。何度もやってきたことだろ?」

「だからここに俺を送り込んだのか?」

「はあ? 何言ってるんだよ? ここに来たのはお前の勝手、俺達が何するかも俺達の勝手」

「貴様」

 両者の間に殺気が漲る。と、彼はそこで軽く両手を挙げて降参のポーズを取った。

「なーんてな、冗談だ冗談。ま、仲良くやろうぜ」

「だから、俺はお前らみたいなのが嫌いなんだ」

カインはさっきまで纏っていた殺気を解き、時計をちらと見た。そろそろレイブンの挨拶が始まる時間だ。

「何だ、知ってるのか?」

「昔、な」

 リースとの戦いから彼らの正体に気付くまでに大して時間は掛からなかった。

「へえ、先輩がいるって言うのは聞いてるけど、さすがだな」

「他にもいるのかもしれないし、会ったこともあるのかもしれない」

「お前、何を知ってんだ?」

カインの的を得ない回答に彼は焦れったい思いを抱きながら尋ねる。が、返って来たのは淡々とした答えだった。

「教えるとでも思ったか?」

「じゃあ最後に一つこっちから教えておく」

気紛れだったが、面白い物が見れるかもしれないと思い、彼はカインに最新の情報を告げた。

「ルシファが死んだぜ」

彼はふと自分の生み出された時を思い出した。その頃にはもうルシファもライトも存在していたはずだが、何かが自分の頭から抜け落ちているような気がして、彼は唇を噛んだ。

「何故だ?」

 返答を返すのに、数秒必要だった。初めて見せる彼の動揺に、ジャスティは満足げな笑みを見せる。

「さあな、どっちにしろ俺達には関係の無い話だ」

カインの問いに、彼は何の表情の変化も見せないまま振り返り去っていった。取り残された彼は、その場でじっと自身の掌を見つめる。

「セイバーか」

彼は名前しか知らない者の名を呼ぶ。おとぎ話だと思っていた世界が、急速にこちらに近づいてきている気がした。

「お前も逆らったのか? 力で」

 彼は今はもう亡き者に呼び掛ける。自分と近い存在である事は知っていた。以前はそれでも何の興味も沸かなかったが、そんな自分が少し嫌になって、彼は天井を見上げた。


「時間ですね」

「はい、こちらへ」

 扉が開き、マリアがその扉から一歩足を踏み出した。彼女の周囲に注意を向けながら、カインは彼女の傍らに立ち、本部前に止めてある車までの道を確保する。

 彼女が姿を見せた瞬間、凄まじい歓声が沸き起こった。先ほどから歓声は彼の耳にも届いていた為、臆する事無く彼はマリアの前に立ち歩き出す。

 車の中にリースの姿が見えるのを確認した後、彼はマリアの為に後部座席の扉を開き、自身もその隣に乗り込んだ。

「出発してくれ」

「了解」

 昨日の様な急加速とは打って変わって、緩やかな音と共に、車はゆっくりと発進した。

周囲の観衆に笑顔で手を振っていたマリアの隣で、彼は気配を露骨に示す四つの気配を感じ取っていた。ミラー越しに運転手に視線をやると、相手は軽く肩を竦める。昨日の言葉の意味を理解した彼は、ひとまず落ち着いて、窓の向こうの景色を眺めた。

「もう宜しいですか?」

 道のりを半分も過ぎた辺りで、突然まりあが口を開いた。警護上の都合から、当日は聖地の周辺に入る事のできる人間は極めて制限されている。もはや人も外には見えない為、マリアがどうしようと勝手なのだが、いきなりの発言にカインとリースは面食らった。

「何がですか?」

「お話しても」

「ああ、はい」

 カインは動揺を隠して答える。リースが密かに笑いを噛み殺しているのが見えたが、そんな物を気にすることなく彼はマリアの言葉の続きを待った。

「お名前、聞いても?」

「フュイミアです」

 ミラー越しに視線を送られた事に気付いたリースは偽名を名乗った。カインは心の内で感心しながらも、彼女に注意を喚起する。

「あまり運転以外に注意を逸らすな」

「了解です」

「ハムレスの方ですか?」

 流石にこれにはカインとリースは本気で驚いた。

「知ってたのか!?」

「私がお願いしたんです。ぜひ、と」

 何でもありだった。カインは頭を抱え、リースは諦めたように息を吐いて、先ほどの嘘を訂正した。

「リースを申します、マリア様」

「はい、よろしくお願いしますね」

「いつから知ってた?」

 もはや自分を隠す必要も無くなった彼が口調を元に戻して尋ねる。ここならば誰かに聞かれる心配も無いだろう。

「カインがここに来た日に」

「レイブンか」

「はい、お祖父様に」

 彼はあのどこか食えない男の顔を思い出す。まさかこの少女にそこまでの情報を与えているとは思ってもいなかった。

「守ってくださると窺いまして。ぜひ直接お礼を申し上げたいと思って今日ここに」

「もったいないお言葉です」

 リースが若干緊張した面持ちで答える。心なしか、先ほどよりも運転が更に注意深くなったように感じた。

「正式決定なのか?」

 ハムレスが今回味方だとは彼も知っていたが、それが今後も続く事に驚いた彼はリースに確認の為問いを投げかける。

「みたいだね。私も知らなかったんだけど」

 そんなカインの質問にリースも驚いた表情で返した。そんな二人を微笑ましく見つめるマリアを乗せて、車は目的地までそのまま走って行った。


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