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第一章 第二節 選ばれし子供達

「カイン、来い」

 いつもと同じ時間に彼は例のごとく呼び出される。ただいつもと今日は少しだけ違った。

「フェイトもだ」

「え?」

 突然自分の名前が出てきた事に彼女は困惑した顔でカインを見つめる。無表情のままその視線を受け続けた彼は、やがて扉の方に歩いて行き、彼女に手を差し伸べた。

「行こ」

「うん」

 彼女はすぐにその手を取った。暖かいその手を、もう離したくはなかった。

「予想通り」

「最悪です」

 手を取り合って門まで出てきたカインとフェイトを見て、白谷は顎に手を当て興味深そうに彼らをじっと見つめ、麻衣は彼らから目を逸らした。

「これも見越してたんですか?」

「麻衣、人は何故戦うんだと思う?」

 質問に質問で返された彼女はあくまでこの世界の常識で答える。

「はい? それは自分の信念とか利益とか」

「それはあくまでトップにいる人間の考えることだ。現場は違う」

 だったら、と彼女は思い直して答えを個人の価値観に合わせる。

「守りたい人がいるからでしょう。簡単なことです」

「ああ、守りたい人がいれば、人は簡単に人を殺せるんだ」

 彼が何となく何を言おうとしているのか分かった気がして、彼女はその目を険しくさせる。

「彼にとって、それが彼女だと?」

「最高の人質の出来上がりだ。最近は鎖もしていなかっただろう?仲良くなっただろうさ」

 微笑を浮かべながらさらりと述べていく彼に、彼女はどうしようもないほどの違和感を覚えた。何か、何かがこの男の中で壊れている。でなければこの世界の住人が全て彼のような考え方をしているという事になる。彼女は、そんな世界を恐ろしく感じた。

「悪魔ですよ、やっぱり貴方は」

「生まれてくる場所を間違えたみたいだ」

 カイン達がここに到着するのと同時に、上空で爆音が響いた。

「お子様方、お引越しだ」

「移動するんですか?」

 フェイトが意外そうに彼に尋ねる。ここに来てから一年ほどになるが、彼女がこの施設から出るのは初めての事だった。

「ああ、ちょっとしたパーティーだ」

 降り立ったヘリコプターに彼らは乗り込み、すぐにその施設を後にする。後に残ったのは、さびれた建造物だけだったが、すぐにそれも炎に包まれ、後には何も残らなかった。

「どこに行くんですか?」

「着いてからのお楽しみだ」

 フェイトの質問に白谷ははぐらかすばかりで何も答えようとはせず、カインは黙って外の景色を見るばかり。麻衣はその彼の隣に座って物憂げに俯くばかりで、機内は沈黙に支配されていた。

「あれ?」

「見えてきたな」

 フェイトが指差した方向にカインを覗く全員が視線を向けた。今までいた施設とは比べ物にならないほどの大きな施設が島一面に広がっている。

「島!?」

「そう、麻衣は見るのは初めてだったな」

「ええ、こんな物があるなんて」

「極秘だったからな」

 驚く麻衣に彼は簡単な説明を付け加えていく。ここは本来は無人の島だった物を国が買い上げ、自分達の組織に支給している事。そしてここにカインを含む候補者達が集められて、これから選抜試験を始める事。それまでの準備に一週間ほど要すること。

「到着、忘れ物無い様に」

 降り立った彼らを数人の研究員らしき人物が出迎えた。白で統一されている建造物は正方形の構造となっており、その中で四つに分けられ、それぞれがある役割を担っていた。

「こっちだ」

 白谷の歩きだしその後に麻衣達が続いていく。

「大きい」

「近くで見ればこんなもんだ」

 見上げるフェイトの背を押し彼らは建物内に入る。中の構造は思ったより複雑で、至る所に人がごった返しており、初めて来た麻衣は途方に暮れた。

「凄い」

「まあ、この世界最大の研究施設だからな」

 彼らはそのまま研究員に案内されて進み始める。途中で麻衣はどこかへ連れられていき、三人は大きな部屋に辿りついた。

「ここが君達の新しい部屋だ。気に入ると思うが」

「明るい」

「広い」

 フェイトは電気がついている事に感心し、カインはこれなら翼出してても大丈夫だな、という思いの下に感想を漏らす。

「それじゃ、俺はこれで」

「あの!」

 フェイトの言葉を無視して彼はその場を去っていく。取り残された形となった彼らは周りを見渡した。と、二つの視線が彼らに向けられていることに彼らは気が付いた。

「誰?」

 一人は赤い髪のカインやフェイトとそう変わらない背格好をした少年。その隣に立っているのはこれまた赤い髪のかれらよりも少し幼く見える少女だった。新しく現れた彼らにどう反応していいか、困っている顔をしていた。

「フェイトっていうの。こっちはカイン。貴方達は?」

「カイ」

「リューエ」

 少年と少女がそれぞれ名前を言っていく中、フェイトはおかしなことに気が付いた。

「ねえ、ここどこか知ってる?」

「ううん」

「私も知らない」

「へえ」

 フェイトは驚いていた。ここに集められた目的は知らないが、彼らがカインと同じような存在であろう事は一目で知れていた。だからこそこんなに感情豊かに会話する彼らに彼女は心底驚くと同時に、カインもいつかこんな風に話せる日が来るかもしれない事に、彼女は喜びを覚えた。

「よろしくね。フェイト」

「こちらこそ」

 笑顔で差し出されたその手を彼女は握った。カインにも差し出され、彼はそれが危険であるかどうかじっくり吟味した後、恐る恐るゆっくりと握った。

「よろしく」


「揃いましたよ」

「そのようだな」

 白谷は目の前に立つ男にカインのデータと共に報告書を渡した。他には誰もいない狭い室内で、モニターを見つめていた男はその書類を手に取って目を細めた。

「中々優秀だな」

「ええ、実績も充分ですし」

 データを無造作に置き、その男はモニターにその目を戻す。

「ま、それもこれから次第だ」

「シン達は?」

「別室だ。彼らの出番はまだ先の事」

「ですね」

 彼らはそこで会話を打ちきり、白谷は部屋を出て行く。煙草に火を点けながら部屋に一人残る彼は立ち昇る煙を見つめる。

「一週間後、か」

 試験の日まで、しなければならないことは山積みだった。


「これも知らないのか?」

 カイのなすがままに部屋中を振り回されているカイン。翼も最初は仕舞っていなかったが、こうまでされるといい加減邪魔に感じたのか、今は体内に収納されていた。

「仲いいね」

「ほんと」

 それを見つめるフェイトとリューエもそれを見て顔を綻ばせた。まるで強大のような二人の言動に、彼女達は今の現状も忘れて笑い合った。

「今までどこにいたの?」

 次はこっちと言って広い室内を引きづられていくカインに目を向けながら、フェイトはリューエの過去に踏み込んだ。そんな彼女の覚悟にも気付かず隣に座る少女もカイ達に目を向けながら淀みなく答えていく。

「正確な場所は分かりませんけど、どこかの山の中に」

「何、してた?」

「毎日のように人が運ばれてくるんです。私達はそれを毎日壊して、壊して、壊して」

「殺してたの?」

 その言葉の意味を読み取ったフェイトが尋ねるが、彼女は首を横に振った。

「いいえ、殺すんじゃないんです。あくまで私達がしていたのは壊すこと。その人の意識を消さないように、どこまでその人を壊していけるか。何のためかは教えてくれませんでしたけど」

 拷問、私刑、懲罰、フェイトの脳裏にその行動の意味する言葉が並ぶが、それを口にだしていう事は控えた。あまりにも明るいその口調と発せられる言葉の暗さが全く合っていなかった。そのギャップに、つい想定外の疑問までがついて口に出た。

「辛くなかった?」

 その質問の意味するところが分からなかったのか、最初は目をパチクリと開いた彼女は言葉を選ぶかのようにして答えていく。

「辛いかそうじゃないかと言われても、分かんないんです。楽しくはないですし、かと言ってつまらないかと言われても、カイと一緒ならそうでも無かったですし。何でそんな質問を?」

「あ、ううん、何となく」

 答えになっていない答えを返しながらフェイトは在りし日を思った。あの頃があるから今の自分はこうして笑ってもいるし、耐えていられる。半端に自由を与えられた偽りの姉の末路は知っていたし、兄がその後魔女と脱出した事も彼女は知らされていた。だからこそ、もう一度会いたいと思った。妹としてではなく、本当に一人の人間として、改めて彼の本質を見てみたいと思った。彼女があそこまで魅かれた理由をまた、彼女も知りたいと思ったから。

「こんな事思う時点で、駄目だったのかもしれない」

「フェイトちゃん?」

「え、いや何でも無い」

 急に顔を覗きこまれて慌ててフェイトは顔を明後日の方向に向けた。そんな彼女にリューエは呆気に取られながらも、当然のように同じ質問を彼女に返した。

「フェイトちゃん達は何してたの?」

「殺してた」

「え?」

 フェイトが答えるより早く、カインが口に出す方が先だった。カイが、手にしていたピコピコハンマーで彼の頭を叩く音が虚しく室内に響いた。

「全部、壊して殺した。煩かったから」

「カイン…」

「一人で?」

 頷いた彼にカイは静かに尋ねた。今までのやんちゃぶりが嘘のように、真面目な声で。

「寂しくなかったのか?」

 答えを返すかのようにカインはフェイトを指差した。それでは言葉が足りないと思ったのか、彼は一言付け足した。

「いたから」

「私?」

 指差されたフェイトが驚いたように声を挙げた。

「大丈夫」

 二人だったから、という意味に取ったのかカイとリューエは目を合わせて微笑み合った。それにつられてフェイトも少しだけ、感謝を込めて本当の笑みを彼に送った。


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