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第二章 第十節 それぞれの思いと共に

 翌日、シンは打ち合わせ通りにしていされた場所へと赴いた。所はレイアーデラ大陸北方にあるとある小国。世界最大の面積を誇るこの大陸を、他の三つの大陸が取り囲むようにしてこの世界は構成されている為、この国は主要国の丁度中間地点に位置している事になる。そのため交通機関が発達しており、この国の空港は世界の中でも有数の規模を誇っていた。

「ったく、人が多すぎ」

 シンは空港内での混雑に顔を顰めた。目立たぬ様にと支給された白のTシャツとジーパンに身を包んだ彼は、かれこれ一時間以上待合室で待たされていた。自分で探しに行こうにもこの人では返って自分が埋もれてしまう。国際線ロビーはスーツに身を包んだビジネスマンからどこぞの公務員まで、多種多様な人間がごった返している。

「すまないな、遅れた」

「いえ」

 ようやく現れた男に、シンは居住まいを正して手を差し出した。初めて見る顔だったが、人目でその道の者と分かる。ただ、一般人から見れば、周りのビジネスマンとの違いは見つけられないだろう。完璧にこのロビーの空気に溶け込んだ彼は時計を一瞥してから、シンの手を握った。

「よろしく。名は明かせないが、暫く俺が相棒だ」

「どこへ?」

「車を用意してある」

 そのまま空港出口へと向かい、シンはセダンの助手席へと乗り込んだ。

「なあに、今日して貰う事はそう大変な事でもない」

 流れ行く町の景色に目をやりながら、彼の言葉にシンは耳を傾ける。キューアレと最初に出会ってから早数年、ハムレスと利害が一致する時に限り協力関係を結んできた。彼らの主な活動は、早い話が麻薬、人、兵器の取引だ。つまり公には決して後悔で着ない裏の取引を彼らは受け持つ。それがつい十数年ほど前まで続いていたのだが、ハムレス、フェイニータルの台頭で彼らは一挙にその影響力を消滅させられた。抵抗しようにも相手側との戦力差は如何ともし難く、彼らが現在扱っている取引量は全盛期の七分の一にまで落ち込んでいた。シンの申し出を快諾したのも、この様な苦しい懐事情によるものだった。

「ある物をある場所まで運んで貰う。何かなんて聞くなよ」

「ああ、大丈夫」

 どうせ聞いても答えてくれない事は彼も十分理解していた。何かしら法に触れるものである事は間違いなさそうだが、そんな物に彼は興味は無かった。

「ここだ」

 彼が車を止めたのは首都から大分外れた海岸のすぐ傍だった。寒冷地帯に属する為、この国の海風が身に染みて、夏にも関わらず彼は少し肌寒さを感じた。この辺りには住民も住んでおらず、この様な取引をするには絶好の場所とも言えた。

「運ぶのは、これ」

 車のトランクを開け、彼が小さな紙袋を一つ取り出した。それを受け取って彼はその中身の意外な重さに、慌てて袋を持ち直した。

「どこに?」

「地図はこれだ。じゃあ、頼む」

 その言葉を予期していたように、彼がポケットの中から一枚の紙切れを取り出した。

「了解」

 そのまま過ぎ去って行く車を見送って、彼は貰った袋を空高く放り投げた。

「俺の能力を知らないから、こうなる」

 上空で爆発した花火を見上げて、彼はぽつりと呟いた。売られた相手はハムレスか、フェイニータルか、はたまた別の組織か。自分の生存がばれたのは正直痛かったが、何よりこれで情報源が消失したのが致命的だった。

「どうすっかな」

 途方に暮れた彼は、ふと握り締めていた地図に気付いた。白紙かと思われたが、中には一応それらしい住所が記されていた。

「実在すんのか? これ」

 出鱈目だとは思ったが、もしかしたらという事もあるかもしれない。藁にも縋る思いで、彼は記された場所へと赴くべく、翼を開いた。


「任務?」

 同日、カインは早朝からレイブンに呼び出されていた。目の前で相変わらず微笑を浮かべるその男の前で、カインは一応、形ばかりの敬礼をした。いくつもの監視カメラが設置されているこの場所で、ぶっきら棒に振舞うわけにもいかなかった。

「待望の情報、聞きたくはないかな?」

「何だ?」

「実はハムレスから依頼があってね、人探しだそうだ」

「ハムレスか」

「驚かないのだね」

「子供でも分かるだろう」

 自分の情報が公開されている事は彼も知っていた。理由は彼に問うまでも無く、ハムレスとの交渉材料にしたいのだろう。今すぐ殺されるとは思わないが、これでようやく彼がこの場に立つ事を許されている理由が分かった。

「まあ、そういう事だが。この場所にシンという少年がやってくるそうだ」

「誰だ?」

「おや? 交流は無かったのかな」

「知らないな」

 表情を変えないまま返答を続けるカインの脳内には、まずシンの生存に対する驚きがあった。あの島では結局顔を合わせる事は無かったが、どうせ死んでいるだろうと思い込んでいた。だが、良く考えて見れば彼は単独で飛行が可能なのだ。逃げようと思えばいくらでも逃げる事は可能だ。寧ろ、逃げたという事実こそ驚くべき事だろう。

「会った時、始末して欲しいらしい」

「殺せと?」

「そういう事だ」

 これで少なくとも、彼がハムレスに反抗した事ははっきりした。行けば自分の身を保障してくれるものは無いが、もしかしたら彼は敵ではないかもしれない。

「了解した」

 彼は頷き、そのまま部屋から立ち去り屋上へと出る。既にヘリコプターが用意されており、彼は黙ってそれに乗り込んだ。近くまではヘリで近づき、ある程度の所で空中から飛び立ち、指定の場所へと向かう。

「一応、発信機はつけさせて貰います。何かあり次第報告を」

 同乗している隊員が彼の襟に小型の発信機を取り付ける。これでヘリからも彼の居場所の特定が可能になり、シンと交戦になった時、素早い援護が可能となる。

「カイン・クラウディス、これより任務に入る」

「了解、どうぞ」

 ヘリの扉が開き、カインはそのまま飛び降りる。すぐに翼を展開し、そのまま空高く上昇した。目指す先は、一つ。


「ここか」

 シンは目的の場所を見つけて降り立った。実在するかどうか心配だったが、地図で調べるとあっさりと同国内に目的の場所を確認できた。山間部特有の険しい傾斜が続く地肌を眺めながら、彼は手ごろな山の頂上部に降り立った。この山脈の中では大して標高も無い為、山頂部は木々に鬱蒼と覆われていた。

「何も、無いか」

 外れなのだろう。そう思って帰ろうと翼を開いた途端、後ろから声が響いた。

「いらっしゃいませー」

 シンは振り向きもせず自分と相手との位置関係を図った。丁度真後ろ、約五メートルの距離に何かが存在するのはすぐに把握できた。人を小馬鹿にしたような少女の声は尚もシンへと向けられる。

「本当に来るなんて、あんた馬鹿?」

 相手は未だ場所を変えてはいない。慎重にタイミングを図りつつ、シンは掌にそっと鎖を出現させる。先端は鋭利に尖り、捕縛にも戦闘にも耐えうる彼の能力は、その力を最大限発揮できる様、空間把握に特化していた。

「それとも焦ってるわけ? だったら最初からわがまま言わずに残ればいいのに、お陰で私がめんどくさいじゃん」

攻撃してくるまでも無く言い返すでもなく固まったままのシンに飽きたのか、その者の軽薄な空気が消えた。

「何だ、ただの意気地なしか」

瞬間、彼の後ろから彼女の気配が消える。真上に現れた気配を見るでも無く、シンは無造作に右腕を振り上げた。

「うるさい」

 螺旋状に展開された鎖が彼女を取り囲み、そのまま包みこんだ。

「ざーんねん」

 声を聞いて上を見上げると、想定していたよりも遥か上空で彼女は腕をこちらに向けていた。

「はっしゃー」

 フライトユニットの様な翼を取り付けた彼女の右腕が不自然な方向に曲がり、変わりに銃口が現れる。かわすべく飛び上がったシンに対して、激しい爆発音と共に小型ミサイルが、彼に標準を合わせた。

「追ってくる!?」

 二基の小型ミサイルから逃れるべく上昇するが、ミサイルは彼の急激な旋回や降下に対抗してくる。仕方なく彼は向き直り、両腕から一閃ずつ鎖を飛ばす。

「しつこい!」

 絡め取ったミサイルをそのまま真後ろで衝突させ爆発させ、彼はその勢いのまま、先端を彼女の方へと飛ばす。

「すごいすごい」

 ひらりひらりとかわしながら感嘆の声を上げる彼女の声にはまだ余裕があった。シンは戦法を変え、彼女の翼を絡め取るべく、鎖の数を数十本規模へと一挙に増大させ、網のような形状とし、彼女の頭上から叩きとした。

「まじ?」

 初めてしっかりと見た彼女の姿は、黄色のポニーテールに、やはり人を小馬鹿にした様な眼、この世界の物で無い事は、彼女に使用されている技術を見れば容易に想像が付いた。

「何なんだよ、あんたは?」

 叩き落し、そのままシンは彼女を捕縛する。鎖でがんじがらめにされた彼女は先ほどの様子とは打って変わってしょんぼりしていた。とはいえ、ここで力を緩めるほどシンは馬鹿ではない。そう、馬鹿ではない。

「馬鹿だな、俺の力も知らずに一人で来たのか?」

「さてねーって、痛い痛い痛い!」

 それでもなお抵抗の素振りを見せる相手を、シンは容赦なく締め上げた。先ほどから人を舐めたこの視線に、シンはいい加減ぶち切れそうだった。

「答えろ、そのままウインナーにでもしてやろうか?」

「ういんなー? 何それ、おいしいの?」

「ああ、とっても」

 シンの気味の悪い笑顔に、急速に彼女の顔は暗くなっていく。その間も辺りへの警戒は続けていたが、まだ何の気配もなかった。

「あ、遠慮」

「心配すんな、多分お前不味い」

「失礼な!」

「名前、所属、それから任務内容」

「言うと思っていたいいたいいたいたい!」

「答えろ」

 シンに執拗な責めに、渋々ながらようやく彼女は口を開いた。

「シルヴァ、ハムレス、お前の捕縛」

 名前は聞いては見たものの全く知らない名だ。所属はこれも予想は付いていた。意外なのはその任務無いようだった。

「捕縛? 抹殺だろ?」

「そんな命令知らない」

「本当だろうな?」

「嘘ついてどうすんの?」

「ふう、それに何だよその趣味の悪い服は?」

 首から下が全身水色の何かに覆われている格好を見てシンは顔を顰めた。見た事も無いそのスタイルは見ていて滑稽にさえ映ったが、彼女の視線にはシンと同様の者が宿っていた。

「服? ああ、そっか知らないの?」

「何をだ」

「暴力はんたーい」

 締め上げたシンに彼女は軽く抗議した後、一つ咳払いをして答えた。

「人間じゃないから」

「………は?」

「あんたは一応生命体でしょ? マーダライクでも、機械でもない」

「……お前は?」

「ロボットで通じる?」

 腕からミサイルを発射し、空を飛ぶ。誰もが一度は想像する空想の産物が突然目の前に現れて、シンは一旦考えるのを止めた。

「ビームでも出るのか?」

「見たい?」

「出した瞬間ウインナーだ」

「そう、残念」

 本気で残念がる彼女に、シンはどうしようか思案に耽る。このままハムレスまで連れて行かせるのは無謀だ。こんなロボットを相手にできるほどシンは強くは無い。かといってここで一体始末してもそれでは意味が無い。一番いいのは彼女を交渉材料にする事だが、恐らくハムレスにとって彼女の価値などゼロに等しいだろう。

「お前、仲間は?」

「時間切れ、まあ頑張ったんじゃない」

 突然遥か上空から何者かが急降下し、シルヴァを取り巻いていた鎖を切り裂いた。

「キュラス遅い」

「何をしている、すぐに離脱だ」

「どんだけいるんだよ………」

 紫の髪を後ろにたなびかせた、いかにもなクールな雰囲気を漂わせる彼はすぐにシルヴァスに指令を出す。両腕からは剣のような物が彼の髪と同じ紫に光り輝いていている。同じコンセプトの元に製作されているなら、恐らくはビームソードかそれに類する何かだろう。

「サンキュ」

 そのまま上昇し掛けたシルヴァの足を絡めとり、シンはこちらに引き寄せる。もう一閃放った鎖はあっさりとキュラスにより引き裂かれた。

「さて、取引だ」

「ほう」

 お互い向かい合う中、シンは交換条件を持ち出す。

「あんたらの狙いを教えて貰おうか」

 聞きたい事は山ほどあるが、何より彼が知りたいのはあの島を襲わせた理由だった。

「答える義務は無い」

「へえ、どうなっても―」

 あっさり断られ、シンが冷酷な笑みを見せた瞬間、下で場違いなほど元気な声が響いた。

「シルヴァビーム!」

「っな!」

 突然足元にいたシルヴァが光り出したかと思うと、その刹那シンの足元が揺らいだ。

「ぐっ!」

「やっぱり残念でした」

 地面に向けて撃たれたそれは一帯を振動させ、シンの足場を砕いた。バランスを砕かれたシンはその場に尻もちを付き、その隙を付いてシルヴァはそこから離脱し、あっという間に上空へと退避する。

「待て!」

 慌てて飛ばした幾重もの鎖は大概が撃ち落されるか、キュラスにより切り裂かれ、標的に中々届かない。

「くそ!」

 最後に駄目元で飛ばした鎖がシルヴァに命中するも、当たりが悪かったのかすぐに振り切られ、彼らの気配はそこで途絶えた。

「逃げられた、か」

 そのまま呆然と立ち尽くすシンの頭上から、何かがひらひらと舞い落ちてきた。

「紙切れ?」

 体内に収納していたのか、こんな物を彼女は隠し持っていたらしい。しっかりとちぇっくして置くべきだったと悔やみながらも、彼はその紙切れを開いた。

「何だよ、これ?」

 書かれていたのは僅か二文字、どこかで見た事ある文字だと彼が気付き、思い出すまでそんなに時間は掛からなかった。そこにはこう書かれていた。

「静岡」


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