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第二章 第九節 夢ならそれで

「シン」

「何だよ、いきなり」

 夜、式根島と隣接している名も無き島に彼は降り立った途端声を掛けられ、驚いて振り返った。時刻は時計の針が丁度真上を指す深夜、こんな所をうろついていていい様な時間ではない。

「偶然だよ、島も一段落したから」

「どう、だった?」

「落ち着いてるよ、まあ」

 彼女の表情から察するに色々あったのだろう。島の人口の半分以上が一夜にして消え失せ、遺体もどうせ残ってはいない。シンから見れば意外と家屋の損害もありはしない為、確かに事後処理から言えば大した手間は無いが、問題は島民の心だ。

「カインの居場所は、まあ分かった」

 シンは丸二日探し回って得た結果を報告する。彼女に言う義務など無いが、何となくそうしなければ行けない気がして、自然と口は動いていた。

「本当?」

「でもすぐに会える様な所じゃないし、何か変だ」

 知った時はすわ宣戦布告かと恐怖したものだが、冷静に考えればそんな事はありえない。どちらもこの世界では穏健派で売っているのだ。こんな身勝手な戦争をすぐに始められるわけが無い。とはいえ、シンが容易に接触できる場所でもなかった。

「会えないの?」

「会えば戦いになるし……っていうか、いる筈のない所にいた」

「どこ?」

「フェイニータル」

 フェイニータル、と一般人が聞いて連想するものは一つだ。

「確か、マリア様って人がいる所だよね?」

 シンの予想通り綾香は彼女の名前を出した。シンはああいう考えがイマイチ理解できない。否定的に教えられてきた事もあるが、それを鵜呑みにしているルーク達にも何だか違和感を覚えて、どうしようもなくもやもやした気持ちになるのだ。

「キュー……いや、知り合いの人に教えて貰ったんだけど、何か公開されてた」

「駄目なの?」

「駄目じゃないけど、あいつ元々戸籍も無いから違法じゃないし、っていうかこの世界の法律で裁ける存在でもない、これは俺もそうだけど」

「えっと、それで?」

「フェイニータルはあいつみたいな存在をとことん嫌ってる。俺達以上にこの世界かき回してるし、多分セイバーズとかはああいうのを一刻も早く始末したかったんだと思う。負けたけど」

若干、踏み込んだ表現からソフトないい方に変えながら説明している自分まで状況が分からなくなってくる。まるで最初から完成しないパズルを解かされている気分だ。

「殺されちゃうの?」

「それはそれで俺は構わないし、見つけたらそうすると思ってた。なのに、ロイヤルナイツにまで加入させてる。ハムレスと戦う気かもしれないけど相手はカノンだから、一人じゃ厳しい」

そもそもハムレスを相手にしても勝負は見えていたからこそ、この世界は彼らに服従したのだ。カイン一人でどうにかできると思う方がおかしい。

「シンは?」

「俺は、もし戦うならって前提に立つのなら」

 幾度も頭の中でシュミュレーションを重ねた上で、彼は一つの答えを出していた。

「漁夫の利を狙う」

「二人とも?」

「それしか無いと思う。俺じゃ多分まともにやりあっても勝てない」

  本当にそうかは戦ってみないと分からないが、彼にそんな気は起こらなかった。彼らが死にさえすれば誰が殺そうと構いはしない。だからこそ、フェイニータルの選択には彼は納得がいかないのだ。あそこも確か彼によって少なからず……。

「でも、ロイヤルナイツに行ったら、シンも入れるんじゃないの?」

綾香の言葉によってシンの思考は中断される。当然の如く誰もが思いつくその提案はシンによって却下される。

「それは、考えたけど」

「何で行かないの?」

「ここ攻めろって言われたら、俺できないし」

 狙いが何なのか今でも分からないのだ。巫女が狙いならあの島は既に安全圏だが、島自体が狙いならまたいつ狙われるとも限らない。少なくとも自分からあの島がまだ落ちていない、と言う気はさらさら無い。

「でも、平和組織だよね。あそこ」

「そうなんだけど、そうじゃないかもしれない。カインが何考えているのかも全く分からないし」

救出されたのか、洗脳されたのか、ハムレスの命令か。自分から入ったとはシンには到底思えない。ハムレスの命令と言うのが一番自然な考えだが、それでは素直に迎え入れるフェイニータルがおかしい。両者が繋がっているのならその疑問も氷解するが、もしそうならますますカインを送り込む理由が分からない。どうどう巡りになる頭を振り払って、彼はとりあえずその考察を頭の隅っこに置いた。

「シンはこれからどうするの?」

「少し、協力して貰っているところがあるから、そこで働いてる」

口が裂けても、とある武装組織に厄介になっているとは言えなかった。明日も恐らく軍事的な援護を要請されるだろう。情報の見返りにしては少々高いが、文句を言える立場でもない。自分の存在を隠して貰っているのだから、あちらも賭けではあるだろう。

「大丈夫?」

「平気、俺こう見えても結構強いんだぜ」

「強くても、死んじゃったら終わりだよ?」

誰の事を言っているのかシンには簡単に想像がついて、右腕に力瘤、そして顔には笑顔を作った。

「死なないって、大丈夫。無理はしないから」

「うん」

 いつまでこの世界に居られるか分からないし、そもそも他の世界に自分が行く事があるのかも分からないが、少なくとも、この島だけは失いたくなかった。

「あのね」

 海の方へ足を放り出して腰掛けて座ったシンの隣に彼女も腰掛け、そっと口を開いた。

「何だ?」

「ありがと」

「俺は何もしてない」

 守ったのは自分ではない。守れたものは隣に座る少女だけ、それも彼女の姉を犠牲にしてだ。彼女に謝られる立場ではない。

「でも、ありがと」

「まだ、死んだと決まったわけじゃない」

「……うん」

 様子のおかしい彼女にシンはふと尋ねた。いつもの様な明るさが無く、どこか沈んでいる表情は、明らかに何かあった事を示していた。

「何、言われたんだ?」

 答えを聞くまで、長い時間が掛かった。やがて絞り出された言葉は、少しの涙を含んでいた。

「裏切り者だって」

「お前が?」

「あの場にいて生き残ってるなんて、おかしいって。ただでさえ、あそこにいなかった人達は、あんまり儀式とか興味ない人達だし」

確かにあの場所に裏切り者はいた、他でもないシン自身だ。その結果彼女は生存し、共犯関係も疑われて、だからこんな所にいて。

「……必要なら、俺の首でも持って行くか?」

「冗談でも、嫌」

 はっきりとした拒絶にシンはこれ以上何も言えなくなる。自分が庇ったところで、それは彼女への疑いを強めるだけだろう。否定できるの人物は命令した当事者だけだが、その人物は現在行方不明だ。

「明日、また来るね」

「ああ」

 そう言い置いて彼女は立ち去った。その背中を見送りながら、シンは静かにため息をついた。


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