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第二章 第八節 強すぎる力

「用意はいいか?」

「はい、いつでもいけます」

「こちらは所定の場所で待機している。終了次第連絡を」

「了解しました」

 彼女達の住む家から車で四十分程西へ走らせると、大きな山脈地帯へと出る。日零本紀共和国、一般的に日本という名称で呼ばれるこの国の最大の特徴の一つに、その国土の大半を山脈が占めている事が挙げられる。

 大きく分けて四つのブロックで構成されているこの国の、丁度中央にある第二ブロックにカノンはいた。このブロックの特徴はまずハイテク工業に特化している事と、数々の研究所が集まっている事にある。それに応じてレベルの高い教育機関や、政府の省庁もここに集中していた。

「集中しろ」

 カノンはそんな研究施設の遥か上空を通過し目標へと猛スピードで向かう。この世界には異能力者を相手に効果的な兵器は未だ存在しない。ハムレスが頂点に立つこの世界構造に不満を持つ者はその開発に躍起になっていたが、実用レベルには至っていない。

 やがて見つけたのは誰も決して立ち入る事の無いここ一帯の山間地帯の中心部にある、一般の地図には決して載る事の無いとある研究施設。一見するとこの国の政府の機関かと見間違えそうになるが、こんな所に政府が施設を設置していない事は確認済みだった。

 彼はその施設の入り口に降り立った。こちらを見てくる者もいて、カノンは静かに身構えるが、彼らは彼を気にする事も無くそのまま目の前を通り過ぎていく。

「本当にここにいたんだ」

 今は無き記憶を思い出そうとするかのように唇を噛んでも、何も思い返す事は出来なかった。彼は気持ちを切り替えて、入り口の扉を開けた。

「どこに行っていた?」

 彼はここで沈黙を決め込んだ。そうする様言われていた事もあるが、何となく自分の目の前に現れたこの男の雰囲気が気に入らなかった。

「ふん、こっちに来い」

 まだ若く見える男の胸には、ハムレスである事を示すバッジが付けられている。格好はこの国の公務員と大差は無いが、それだけでこの世界では待遇が全く違うものとなる。

 あまりにも横柄な態度にカノンは流石に不思議に思う。白谷の言葉が本当なら自分はこの世界のハムレスの最高戦力の筈だ。何故こうも無下に扱うのか、その理由が彼には分からなかった。

 狭い部屋に通された彼は扉に鍵が閉められた事に驚愕した。

「任務が入るまでここに入ってろ」

 中はまるで囚人部屋の様な暗く窓も無い室内。常人がこんな所に入れば二日と持たず発狂してしまいそうな空間の中、カノンはどうしようか途方に暮れた。

「出れるには出れるけど」

 それは簡単だから別に構いはしない。ただ、それをしてしまえばもはや穏やかな交渉とは行かなくなる。自分の能力が常人相手にどんな影響を及ぼすかは分かりきっていった。

「どうしよう」

 試しに小型無線機で呼び掛けてみたが、特に何の声も聞こえない。恐らく通じていないのだろうが、それではどう動けばいいのかさっぱりだ。

「白谷さん達の言うとおりにするなら」

 彼は行った。情報収集と、素早い制圧。

「あ、そうか」

 なら迷っている場合ではなかった。彼は、翼を開き、全力全開でその施設を吹き飛ばした。


 もの凄い音が響いた。施設から五キロ離れた仮設基地においてなお、カノンの力はこちらにまで届いた。

「あーあ」

「凄い」

「ほお」

「おいおい」

 白谷の耳には同僚達の呆れとも賞賛とも取れる声が次々と届いた。

「流石ですが」

「全力か」

 麻衣が白谷をきつく睨み、白谷は合わせる顔も無く明後日の方向を向いた。まだ戦闘未経験の彼には荷が重かったのか、カインしか知らない彼らには予想外の展開だった。

「終わりました」

「戻れ」

「はい」

 元気な声が響き、白谷は機関命令を出した。それに応じて視察隊が施設跡で情報収集のための出発のための準備に取りかかる。こんな暴風はカインでも無理だろうが、いくら何でも限度がある。

「でもまあ、普通の子供なんだよなあ」

「持っている力が大きすぎます」

「だよなあ」

 本人の覚悟がイマイチ鈍いのが気にかかった。麻衣に言われずとも、巨大な力の危険性は認識しているつもりだ。その上で使わなければこちらがやられてしまうという悪循環。自分が殺人兵器だったと言う事を知ってなお彼は平静だった。最初は実感が沸かないからと納得していたが、本当にそうだろうかと気になり始めていた。

「何であいつ、あんなに元気なんだろうな」

「え?」

「死者数の推定は?」

 麻衣が手元の資料を探る。膨大なデータの中から彼女は漸く目的の資料を探り当てた。

「恐らく、十人前後かと」

「全滅か」

「壊滅しているでしょうから」

「殺しているという実感が無いのかもしれん」

 白谷はカノンがどういう思考回路であの様な行為に出たのか理解した。純粋なのだ、あの子供は。それは子供が親に言われて何の疑いも無く出来るかのように、言われたとおりカノンは実行したのだろう。子供は残酷だというのも今では頷ける、まさに彼がそれだ。

「戻りました」

「ご苦労、すぐに撤収する」

 戻ってきたカノンに一抹の不安を覚えながらも白谷はすぐに指令を出した。残っている他の者数名が既にあらかた片付けてあった用具をトラックに詰め込み出発して行く。他の組織の者に気付かれたかどうかは分からなかったが、この力を耳にして真っ向勝負を挑みにくる者等見当が付かなかった。

「大丈夫ですか?」

「いや、出るぞ」

 白谷と麻衣、そしてカノンを乗せた車が帰還するべく発進する。満足げな表情をしているカノンの顔をちらと見た後、彼はアクセルを踏み込んだ。


「白谷、ちょっと」

「ん?」

 一度セイバーズの支部に立ち寄った彼は一人の隊員に声を掛けられ、そのまま机の方まで呼ばれる。パソコンの画面を見る様促された彼は、そこで固まった。

「おい」

「うちの情報収集能力を舐めるな」

「馬鹿、これ公の情報だろう?」

 冗談めかして胸を張った同僚の胸を軽く小突き、彼は再び画面を注視した。

「こんな所に、だが」

「聖人の考える事は訳分からん」

 眼鏡を外して大あくびしている同僚を尻目に彼は必死で状況の把握に努める。

「ロイヤルナイツか」

「まあ、戦力的にはこれでここがトップじゃないか? 使い勝手はいいだろ、カインは」

「カイン」

 そこには、ロイヤルナイツに最年少記録を更新して新たに隊員が一人追加された事を示す文章が表示されていた。名をカイン・クラウディス、僅か十三歳でその地位を得た少年の顔は、間違いなくあのカインの物だった。

「っと、電話だ」

 突然同僚が鳴り響いた受話器を持ち応答する。最初は気軽にさくさくと受け答えしていた彼の声が急速に重くなっていくのを聞いて、白谷はその顔を険しくさせた。

「どうした?」

 ゆっくりと受話器を置いた彼に、白谷は急かすように問う。彼はゆっくりとこちらのほうを見て、静かに告げた。

「ハムレスが動き出したぞ」


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