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第二章 第七節 それでも今は

「ここに住んでいるんじゃないんですか?」

 酢豚のニンジンを摘みながら、カノンが口を開いた。特に問題も無いまま、まずは穏やかな夕飯が始まっていた。

「式根島って知ってる?」

「ええ、確かここからすぐですよね」

「そこに住んでたの。ここと少しだけ雰囲気は似てるかな」

「今は、何故ここに住んでるんですか?」

「まあ、ちょっとね」

「カノン君は、これからどうするの?」

「何だかする事が多くて今は少し混乱してます。色々言われはしたんですけど、実感が無くて」

フェイトの問いに、カノンは困ったように頭を掻いた。神谷と白谷はさっきから口を閉じたままで会話を黙って聞くばかりだ。

「それでも、戦わなくちゃ駄目」

「そうですね、平和の為ですから」

ぼそっと放たれた声にカインは神妙な顔をして頷いたが、フェイトは気が気ではなかった。一歩間違えれば大爆発してもおかしくない爆弾の隣に座っている気分だ。

「明日もまた訓練ですか?」

「いや」

 カノンの質問は神谷に向けられたものだったが、口を開いたのは白谷だった。

「明日は少し実線に出てもらう」

「もう?」

 どこか反対のニュアンスが込められている様に聞こえるのは錯覚では無いだろうが、麻衣の感情よりも優先すべき物はいくらでもある。例えば、今この会話をポーカーフェイスで聞いている沙耶香も、間違いなくその内の一つだろう。

「早いほうがいい、正直上を焦らすのももう限界だ」

「………そうね」

「分かりました。大丈夫ですかね?」

「問題は無い、どちらかと言うとその後が大変そうだが」

カノンはまず問題はないはずだった。一般兵器が通用しない事はカインが既に証明している。

「でも、ひょっとしたらカインもシンも気付くかも」

フェイトはカノンの実線投入に賛成だった。動けばカインの様に間違いなく話題になる。そうすればカインやシンも当然のごとく反応して、上手くいけば合流する事も夢ではない。

「同時にハムレスも気付く。フェイニータルやキューアレが関わってきたら泥沼になる。公には動けん」

どちらもハムレスに表向き服従はしているが、いつ反旗をを翻してもおかしくない。それにカインやシンまで介入してきたらそれこそ戦争になる。そんな事になれば地力の無いこちら側は不利だった。

「気付いてないわけは無いでしょうけど」

「挑発か、誇示か、あるいはまた他の何かか」

あの件が完璧に隠せているとは思えないが、こちらとしては、今はそんな無駄ないざこざは避けたかった。

「フェイニータルは、確か」

麻衣が何かを思い出すかのように目を伏せる。ここの世界の出身では無い彼女は、白谷ほど事態に精通してはいない。

「最近だな、俺が若い頃だったから」

聖女の誕生の影響は確かに大きく、彼も最初その存在を知ったときは大いに期待したものだ。だが、事態は思った方向へ向かう事は無かった。

「もしかしたら」

「あそこも手を出し始めたのかもしれん」

そもそもハムレスが来るまではフェイニータルとキューアレは敵対関係にあったのだ。今は休戦中だが、裏で何をしているかは全くの不明だ。

「あの」

「ん? どうした?」

「あなた方は何を?」

「ああ、そうか」

思えば沙耶香には自分の素性を明かしてはいなかった。ついこの前まではハムレスの傘下にいたのだ。何故こんなとんとん拍子に話が進んでいるのか、彼女にとっては謎だらけだろう。

「元々は、この国の軍を母体とする集団だったんだが、いつのまにか対ハムレスへの組織へと改変されてね。最後まで抵抗した挙句滅ぼされたんだが、俺みたいにスカウトされたのがあちこちにいて、そんな奴らで作っていたのが、セイバーズ」

「セイバーズ?」

「その理念はハムレスをこの世界から追い出す事。君と利害も一致するだろう?」

「ハムレスさえいなくなれば」

「世界は一応の秩序は取り戻す。少なくとも奴らの都合でこの世界は動いたりしない」

「具体的には?」

「内のチームが何箇所か既にハムレスの支部を割り出してる。元々いた所だからな。引払ってる所が大半だが、情報の精度は中々のもんだろう」

「他の組織は気付いては?」

「まず無い。まあ、知られても簡単に撃退されるだろうが」

カノンやシン、ルーク等しか白谷は知らなかったが、他にも多数存在するのだろう。出なければあんな簡単に切り捨てるはずが無い。

「やられてもまずあいつらは隠す。というよりそれで諦めるかもな、別にここじゃなくても世界はたくさんあるようだし。何もここにこだわり続ける必要はどこにも無い」

「とは、思うんですが」

白谷の楽観論に反して麻衣の顔は暗かった。彼よりもハムレスの多くをこの目で見ていると言う事もあってその展望は暗い。

「何か?」

「どうでもいいとは思うんです。他にも世界がたくさんあるのは事実ですから。でも」

「でも?」

「そもそも何故このプロジェクトをここで立ちあげようと思ったのか。確かに本部からは近くて時間の誤差もそんなに無いので管理は容易なんですけど」

「だったら問題も無いだろ?」

「その、素体のデータから製作したはずの彼らが、こんなにも早く成長しているのもそうですし。何より実線訓練を積ませるだけなら彼のように世界を渡らせたほうが手っ取り早い」

「それが?」

色々突っ込みたい話題は出てきていたが、今はそんな事を聞いている場合でも無いだろう。彼は腕を組んで続きを待った。

「なら。何故この世界でちまちまとこんな事をさせているのか、その理由が分からない。無駄な事はしないはずなのに、何故こうも、この世界に固執しているのか」

「何か、あるって?」

「かも、しれません」

「それも含めて、明日いいか?」

「分かりました、場所はどこですか?」

 問われたカノンは頷く。これで彼の明日の方向性は決まった。出来るだけ素早く制圧した後、できるだけ情報を稼ぐこと。スピードが要求される上、彼と同じような翼が多く存在するかもしれない。それでもあっさりと頷いた彼を白谷はたくましく思った。

「ここからすぐだ」

「すぐ?」

これには沙耶香やフェイトも驚いた。それが本当ならこちらが見つかる可能性も多分にある。色々な意味で放って置ける場所ではなかった。

「驚いたさ、けれどこのすぐ近くにあるらしい。頼む」


「どうでしたか?」

「まだよく分からない。いい子だし」

沙耶香の部屋にフェイトが訪れたのは夕食も済み、後は寝るだけとなった深夜になってからだった。今頃隣の家でカノンは詳しい情報を聞いて作戦会議を練っているはずだった。

「彼を恨んでも仕方が無いのにね」

 電気も点けていない室内は暗く、ベッドに腰掛ける彼女の表情は良く分からない。フェイトは机の椅子に腰掛けて、彼女の様子を探るように目を細めた。

「これを言ってもずるいんですけど、彼もまた被害者、なんです」

「あなたもね」

「まあ、それもそうなんですけど、私は自業自得ですから」

「何かしたの?」

「まあ、少し」

「分かった。少なくとも今は何もしない、というか出来ないけど」

結局頼るしかないのなら、それでも構わなかった。妹はどこかできっと生きている。それなら、自分がこんな所で暗い顔をしていてもしょうがないではないか。

「そんな事無いです。少なくとも私は嬉しいですし」

「私といて?」

「はい、きっとカノンも」

「勘弁してよ」

 彼女は苦笑して手を振った。


「任務終わったか?」

「来たか」

 任務という名の雑談を終えたカインは、昼食を取るために食堂に足を運んでいた。

広く明るい食堂内は隊員だけではなく一般市民にも広く開放されており、市民の姿もあち

こちに見る事が出来る。

そんな空気の中で静かに一人うどんを啜っていた彼の肩が叩かれた。振り向かなくても

誰だか分かるその陽気な声に彼は冷たく声を返した。アーバンのお陰でカインの評判は割りと好評ではあったが、それは色々な人物から声をかけられる事を意味しており、カインからしてみればいい迷惑だった。

「何でそんな顔するのかなあ? カイン君」

「分からないならお前は試験を受けなおせ」

「何だあ? 君と違って僕は満点だけど?」

 ちなみにカインが試しに受けた筆記は二割しか正答できなかった。身体能力も純粋なものなら同じ年代の子供に遥かに劣る。純粋な能力だけではカノンに勝てない事は痛感した彼は、他の隊員に混じってトレーニングも行っていた。

「だったら、分かるだろ」

「ふぁにが?」

 口の中に物を入れたままのアーバンの背中を思い切り叩いて、彼は席を立った。驚いてむせ返る彼を尻目に午後の予定を聞くべく彼は食堂を出る。

「カイン!」

「何だ?」

 アーバンに大声で呼ばれ彼は渋々振り返った。確か彼の家系は相当有名だと他の隊員に聞いていた。それに、これ以上無下に扱うのも大人気ないのかもしれない。

「午後、お前と俺一緒に実習!」

「そうか」

 痛めつけてやろう、本気でこの時、彼はそう思った。


「まだまだだね」

「うるさい」

カインはようやくトラックを走り終え、膝をついた。呼ばれたのは隊員達の訓練場、他にも空いた時間を利用してやってきている隊員達の姿もちらほらある中、カインはアーバンに彼の言うところの訓練を受けていた。

「千五百メートルを八分切れないのは痛いなあ」

飛べばそんな距離一分もかからない、という反論が出来ないのはもどかしかったが、もし空を飛べない状況に追い込まれればそんな言い訳も通用しない。渋々立ち上がり彼は黙々とメニューを消化していく。

「もう少し筋力が欲しいが、まあゆっくりやるしかないか」

 実の所カインとアーバンでは振り分けられる任務が全く違う。カインは勿論レイブンから直接命令は下りてくるはずだったし、アーバンも危険な任務には赴かない。その理由を知った時カインは本気で驚いたものだった。

「王族だったらこんな所に入らなくてもマリア様には会えるだろ?」

「守る、っていう響きが大切なのだよ、カイン君」

 メイル王国第八王子アーバン・ジュ・ギルス。それが彼の正体だった。王位に直接関係は無い身分だが、それでも王族である事に変わりは無い。

「あの国に収まっているのもどうかなってさ」

「ふうん」

「さ、次行こうぜ」

「どこ行くんだ?」

 訓練場から出て行く彼の後を追いながら、カインは周囲をきょろきょろと見渡す。本部に併設されている訓練場の外は森に囲まれている。もう日も暮れかけているため一般市民の姿も無く、辺りは静けさに包まれていた。

「ちょっとな」

 安全面を考慮して、市の中心部から離れた所に建設されたこのビルの周りは自然豊かな森林地帯となっている。保護動物の姿も三権出来る中アーバンはある場所で足を止めた。

「ここなら問題なし」

「何をするんだ?」

「ちょっとした勝負を」

「勝負?」

 そう返した彼に、アーバンは銃口を突き付けた。手にあるのはナイツでも一般的に使われている拳銃で、携帯性に優れた世界でもポピュラーなものだ。実際彼も戦場で何度かお目に事もあった。

「悪魔の子供カインって、お前だろ?」

「知ってたか」

「親父に聞き出した。俺の国の内戦終わらせたんだってな」

「しろと言われたからしただけだ」

 カインが彼の正体を知って驚いたのは、まさにこれがあったからだった。もしかしたら自分の正体もばれているのかもしれない。

「あの時俺は五歳だった。おかしいよな? 何であの時俺とそう変わらない筈の子供だったお前はまだ子供なんだよ?」

十三年前に起こった王族への反乱、その原因はハムレスによる情報操作が引き起こしたものだった。王族の一人が当時敵対していた国と通じているという情報が流れた途端、王党派と反王党派との間で内戦が起こったのだ。それを偽りであると否定し、カインを投入して内戦を終わらせたハムレスは一気にこの国の民の支持を得た。何の関わりも無いのにわざわざ国の平和のために力を注いでくれた平和の組織、そういった評判が世界中を巡るのにそう時間はかからなかい。勿論彼らの目的は自分達の都合の悪そうな人物達を始末するための自作自演の劇だったわけだがそれに気付いたものは弾圧され、結果ハムレスの世界の支配は実質的な物となった。

「さあな、眠ったり成長したりの毎日だったから」

「どういうことだ?」

「俺は何も知らない。レイブンに聞いたほうが話は早いだろう」

 関わっていないはずが無い、十三年前は丁度マリアが生まれた年だし、彼女の出身国でもある。何らかの介入は当然していると推測できた。

「お前があの戦いを終わらせてかららしいな、親父の性格が変わったのも」

「変わったのか、変わらざるを得なかったのかは誰にも分からない。少なくとも俺には」

「お前は何者だ?」

「お前が今言ったじゃないか。悪魔だって」

 そう告げた後彼は翼を開く。息を呑む彼の背後に静かに舞い降りて、トライデントの刃先を首にそっと触れさせた。

「どうする? 俺がハムレスの手先で、マリアの暗殺を命令されているとしたら?」

「だったら午前中に殺してるだろ」

「ああ、だからもう死んでいるかもしれないな」

「お前!」

「冗談だ、殺さないさ」

「お前」

 ふとその口調は冷たい悪魔からただの少年へと戻る。その変貌振りについていけず、アーバンは間抜けな声を漏らした。

「俺も分からないんだ。ハムレスも俺にとってはどうでもいい。けれど、死んで欲しくは無かった」

少しだけ、彼の表情に痛みが走った。初めて見る彼の表情の変化に、アーバンは彼がまだ自分より幼いのだと改めて認識した。

「誰が?」

「彼女を。だから、もう誰も死なせない」

少しの邂逅は、確実に彼の心を変化させていた。カイン本人も気付かない、ほんの少しの変化が、今彼の拳を強く握らせる。

「彼女?」

「だから今度は守る」

 もう何も失わないように、少しの後悔もしなくて済む様に。

「何を守るんだよ?」

「彼女を」

 だから、あの天使だけは失ってはいけない。世界のために。




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