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第二章 第五節 天使と悪魔

 正規の隊員ではないと本人が思っていても、周りはそうは受け取らない。本来ならエリート中のエリートしか立ち入る事を許されない本部の管理エリアで、彼は今日の自分のスケジュールを言い渡されていた。

「アーバンに気に入られたんだって?」

「別に」

「そんな嫌がらなくてもいいじゃない? 一番歳が近いんだし」

 アーバンの年齢は十九歳、昨年入隊した彼は当時の最年少記録を打ち立てたものだが、それをカインはたった一年で更新した事になる。この事実は瞬く間に隊内を駆け巡り、アーバンに目を付けられたという訳だった。

「はい。君は中庭の警備だって、運いいね」

 少し驚いた声で彼女はカインに今日の任務を告げる。

「中庭?」

「そう、マリア様の騎士役。でも歳変わらないんだよねえ。どっちも今年で十三歳だっけ」

「検査の結果が正しいなら」

ついさきほど受けた結果、彼の身体年齢はそれ位だという。どの道ルークから言われていたのと大差は無いので、大して驚きも無い。

「ふーん。で、何者?」

意味ありげに視線を向けられカインは警戒心を強める。どうせ聞かれる事は決まっていたからだ。

「はい?」

「只者じゃないでしょ」

「失礼します」

カインはそう頭を下げてその場を後にした。最年少入隊者に、いきなり与えられた初任務は誰もが夢見る中庭警護。マリアを除き中庭に入ることのできる唯一の機会をこうも簡単に手に入れた彼に羨望の視線が向けられるのは当然の事態だった。

 一階にあるエントランスルーム、広く豪奢な室内には信者が常に何人かは来訪している。挨拶に来る政治家や、企業家。当然の事ながら、純粋な信者もここには多数訪れる。

 中庭へと入る手段は二つ、マリアの部屋から直通で通っているエレベーターを利用するか、一階奥にある隊員専用口から入るか。前者の方法を利用できるのはマリアだけであり、緊急事態にもならない限り、隊員は通用口を利用する。通用口とは入っても、セキュリティは厳しく、何重もの照合を潜り抜けた上、マリアの許可を得て初めて入る事が可能になっていた。

「こらこら坊や、ここの先には何も無いよ」

 通用口に入るための最初の関門で予想通り彼は引っ掛かった。彼の存在は有名だったが、本人が大して目立たない事も合って、容姿の認知度は低かった。

「任務です」

 平然と告げる彼に警備員は不思議そうな顔をして、まさか、こいつ。いや、だが本当にこんな子供が、という顔をしてからようやく端末を取り出し彼のデータを取り出した。

「行け」

 憮然とした声で告げられ、カインは黙ってその横を通り過ぎた。それからはパソコン管理の為、容易に潜り抜け、彼は扉の前に立った。

 仰々しい飾り付けが施されているその扉には鷲の文様が刻まれている。ドアノブも何も無いためどうしようかと彼が思案し始めると、上から声が響いた。

「どちら様でしょう?」

 どうやら誰かが来たと言う事はあちらにも分かるらしい、分からなければ許可の使用も無いが。

「カイン」

「どうぞ」

 柔らかな声で迎えられたが、カインの心は憂鬱だった。極秘裏に呼び出されれば気配でも何でも消して近づく事も出来るのに、こうも大々的に呼び出されれば必然的に注目を浴びるのは必死だった。

 中庭は本部から見て上へせり出すようにして設計されている、前面ガラス張りで、外には木々が生い茂り鳥が飛び交っているが、外から中の様子を窺う事は出来ない。中は奥の方に何か石碑のような物が建っている。後は適度に芝生や花が一面に敷かれている、その中にマリアはいた。瞳を閉じ、石碑に向かって祈るように手を組み合わせ、跪いている。

「何かやらせたい事でもあるのか?」

 わざわざ自分を呼び出した理由に付いてカインは予想がついていた。私事で何かさせたい事があるか、カノンについての情報が入ったか。

「昨日の内に言えばいいのに、何でわざわざ呼び出したんだ?」

「ふあ?」

「ふあって」

 惚けているのか天然なのか眼前で微笑む少女にカインの勢いは急速に萎んでいった。

「少しお話できないかと思いまして」

 カインはここで彼女への認識を大幅に塗り替えた。自分とはあまりに世界が違うため気付かなかったが、彼女にとっては恐らく、自分の存在はかなり遠いはずだ。そんな自分と話したがるのはよほどの変人か、聖人かだ。

「お話?」

「いけませんでしたか?」

「俺の正体がばれたら、お前の信者は怒り狂うんじゃないか?」

「大丈夫です。皆さんお優しいですから」

 多分そういう事なのだろう。彼女にとっての世界は自分が想像も出来ないほど優しい物なのだ。だから平然とこういう事が言える。

「俺が何か知ってるよな?」

「悪魔さんとは」

「お前は天使だろう」

 純粋無垢過ぎるのはカインもまたそうだったが、彼にとって彼女はただ、異質な物としてしか受け止める事が出来なかった。

「はい、皆様そう言って下さいますから」

「だったら、俺とは関わるな」

「何故?」

「違い過ぎるだろう?」

 彼は羽を開く。この場に最も似合わない、漆黒の翼を。

「綺麗ですね」

「そうか」

 やはりそうだった。闇も光も全てが彼女の味方なのだ。血にまみれた手を見せた時どんな反応をするか試してみたい気もしたが、無駄だろう。

「なあ」

「はい?」

 無駄だと思いながら彼は幾度と無く自分に問いかけ続けてきた質問を彼女に向けた。

「どうして人は殺しちゃいけないんだ?」

「殺したいのですか?」

「どっちでも」

 本当にどっちでもよかった。誰が死のうと生きようと彼には関係の無い話だ。それでも躊躇ったのは、彼女の言葉があったからで。

「殺すのはいつでもできますから」

「おい」

「いつでも人は殺せますから。けれど人を生かすのは難しい。どうせなら難しいほうに挑戦するのが男らしいのでは?」

「本当にお前は天使なのか?」

あまりにもイメージとは掛け離れた言葉に彼は彼女のイメージが全く掴めなくなった。前回もそうだったが、何か弄ばれているような気がして面白くない。

「そう呼ばれていますけれど、私は私ですから」

 そして午前の業務の終わりが鳴り響き、最後に彼女は彼に告げた。

「あなたは、あなたでしょう?」


「ここも違う」

 レイアーデラ大陸北方にあるエリアルス王国、シンもかつて良く訪れたこの国に、かつての面影は無かった。以前訪れたときはまだ施設内にも活気があふれていたものだが、今は人影一つ見つける事も出来なかった。

あれからシンはすぐさま行動を開始していた。手始めに行ったのは自身の記憶の中にある施設を片っ端から潰していく事。場所を詳細には記憶していない事と、数が膨大な事から時間がかかり、未だ記憶にある内の十分の一も回れてはいなかった。

 無人の室内を彼の足音が響く中、彼は考える。

「どこにいる?」

 このまま施設を虱潰しに探してよいものか、彼は考えあぐねていた。もしかしたら全て新規に作りなおされて、既存の施設は全て廃棄されているかもしれない。

「情報が必要か」

 場合によっては、どこかと人脈を作る必要もあった。以前作戦を共同で行った経験のある武装組織は幾つか知っているが、場合によっては彼らの力を借りる事になるかも知れない。

「今は行動だ」

 彼は飛び立つ、更なる情報を求めて。


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